●6月29日(月)
6月臨時市会もいよいよ明日が会期末。10時から議員会。理事から諸々の状況報告。自民、公明から交通局は地下鉄四条駅での駅空間を改修して駅中ビジネスなどを始める事業について付帯決議案が出されているので対応など議論。賛成をすることに。そして予定されていた討論結了の普通予算特別委員会と公営企業予算特別委員会が予定通り、午前中に開会。「慎重に審議した結果、民主・都みらい京都市会議員団は付託されていた議案について賛成します」と天方議員が発言。共産党もすべての補正予算に賛成だった。地下鉄と上下水道の公営企業の補正予算も全会派賛成。紛糾することもなく淡々と終わるなあ。
午後、京都市立美術館に。「ルーブル美術館展―17世紀ヨーロッパ絵画」のオープニングセレモニー。主催者は、京都市立美術館と読売テレビと読売新聞社。テープカットの後、場内に。レンブラントの自画像など71点の名画が展示。芸術に親しむ夏。京都市美術館では9月末まで開催中ですよ。
永田町の自民党は右往左往。「麻生降ろし」の動きがどうのこうの、末期症状かなんか知らんが、早いこと選挙日程だけ決めてくれよ!
●6月28日(日)
午前中、民主党京都府連・連合京都の合同選対。風雲急を告げてきた政局で、日本の歴史を決める解散・総選挙、政権交代に向けて闘いを進めようと気合を入れる会議。投票日は、8月2日か30日かのどちらかになるのだろう。 1区から6区まで各選挙区の担当者から選挙区情勢やこれまでの取り組みや準備状況について報告。1区の平智之候補もがんばっているし、5区の小原舞さんも舞鶴を中心に健闘している様子。2区も油断は禁物、必死のパッチでがんばろう!暑い夏になるぞ!
午後、気温は34度。午後、出町で民主党の大型宣伝カーに乗り込む。デッキで手を振り、またマイクを持って岩倉方面を駆け抜けて、高野イズミヤ前で前原議員が街頭演説。政権交代は日本を良くするため、目的ではなくて手段と演説。立ち止まって聞く市民も多い。
夕方、比叡平のとある友人宅でバーベキュー。そして夜は、梨花苑交流の集い。昨年3月に朝日テレビ系で深夜放映された「幸せの指標―世界が注目するキューバ医療」が上映されて、映像作家の中野健太君を囲む会。新潟生まれで若かりし頃、キューバに渡った100歳の島津老人を描くことで、高齢者介護や予防医学の取り組みなど淡々と描いた映像。キューバの医療費は無料なのだ。人々は貧しくとも健康に幸せに暮らしているよ。かってマルクスボーイだった人もいて喧々諤々。放送界の裏話も聞けて面白かった。
●6月27日(土)
朝、部落解放センターへ。「きょうと教組」の第20回定期大会に。共産党系の全教が圧倒的に強い京都で、教員組合の本流である日教組の組合として「きょうと教組」が結成されて20年。感慨はある。友人も多く、いつもながら家族的な雰囲気での大会。連帯の挨拶をして退席。
京都駅から新幹線で東京へ。飯田橋で下車して神楽坂を歩く。40年ほど前、この神楽坂にベ平連の事務所があったなつかしいところ。デモをしに上京したらいつも立ち寄り、小田実さんや吉川勇一さんらと喋っていた。どこのビルであったかもう思い出せない。近くの日本出版クラブ会館で京都府立鴨沂(おおき)高校の関東支部の第7回同窓会。高校同窓会長として出席。開会に遅れて行ったので、すでに桶谷校長の挨拶も終わりかけ。早速、神楽坂の思い出と今、ぼくが住んでいるのは吉田山麓の神楽坂であることを披露して、この間の京都での同窓会の運営について挨拶をさせていただく。関東在住の諸先輩や同期のメンバーらおよそ70人の参加者。昔は「東の日比谷、西の鴨沂」と呼ばれていた時代もあった。今はあかんな。
支部長の川崎さんのご縁で、今やジュエリーデザイナーとして有名な「青春の城下町」を歌っていた梶光夫さんが、「宇宙の女神」と名付けられたロールスロイスの先につける装飾品を持ち込んでの講演。ぼくの目の前に13カラットのダイヤモンドが輝き何億円とするといわれるものに目が眩んだ。異次元の世界やな。ルパン三世が登場したらたいへんなことやった。その後、14期の先輩やわが同期の19期や若い20期、23期のメンバーらと今後の同窓会のことや仕事のことや定年後のことなど懇談。東京でみんなようがんばってきたね。午後9時前の「のぞみ」に飛び乗って帰京。おみやげは東京バナナ。
●6月26日(金)
10時から各会派は議員会。山岸理事より今後の日程などの報告の後、それぞれの議員から各予算委員会で審議された補正予算の事業について報告がある。政府の緊急経済対策ということで降って沸いたような話で、民主党は、国会では棄権したということで、民主・都みらい市会議員団としては、交付金を財源とした予算に積極的に反対もすることはなく、賛成をすることに。付帯決議も付けず、討論にも立たないことになった。諸事業をいかに実効性を高めるかが、京都市の課題だろうと思っている。意見書の提出を巡っては、某会派から出されるという話もあったが、臨時市会では今まで前例もないことであり、結局見送られたようだ。諸々の調整も順調に進み、月曜日の午前11時から討論結了の委員会が開催されそう。議員会は3時過ぎ、解散。
夕方、久しぶりに行きつけの「ひげ床」で散髪とマッサージでしてもらいながら、解散総選挙はいつか、民主党は政権奪取できるのか、東国原知事はどうなるのか、床屋談義。
●6月25日(木)
昼前、上高野の葬祭場建設を巡って、地元住民が市会請願に。請願の取り扱いを巡る今後の市会の日程などについて説明をして紹介議員としてサインをする。趣旨は、指導要綱が100平米以下にも適用されることと話し合いで合意されるまで行政の指導を行うことの2点。臨時市会の最終本会議の30日に上程されて、今後、まちづくり消防委員会でこの請願が審議されることになるが、それなりの効力はある。粘り強い住民運動が必要だろう。
昼は、聖護院消防分団の後援会の総会が例によって蕎麦で有名な河道屋で。地元の各種団体長さんらが集われる。聖護院ではこの3年間無火災。吉川分団長は、鴨沂高校の同級生。地域の防災・防火活動にほんまにご苦労さん。
午後、議員団室に戻って資料の整理などなんやかんやで右往左往。 解散・総選挙を巡って橋下大阪知事らが、なにやらかき回し始めている。これもなんやようわからんよ!
●6月24日(水)
各常任委員会が開かれる。教育福祉委員会では、まずは保健福祉局。この春発覚した京都市保育園連盟の不正な補助金の流れについて、市長の要求に基づく特別監査が行われていたが、監査の結果が提出されたので、その審議。冒頭、局長からお詫びの発言。京都市の保育行政はプール制を堅持することで民間の保育園が運営されてきたが、援護費も支給されて、保育園連盟から各保育園に配られていた。亡くなった某市会議員が長らく理事長だったが、事務局長だった人が個人的にも流用していたと思われる部分もある。公金の処理の不備も指摘されて、テンヤワンヤ。どう改善するのか、また責任の所在はどこにあるのか、明らかにされたい。
またこの間議論されてきた、京都市立看護短期大学の4年制化の取組に関して、門川市長と学校法人佛教教育学園が確認事項を結んだということで、市立看護短期大学の4年制化に対する透明性等の確保についての陳情と共に審議される。要は、市立看護短大が廃止され、佛教大学に移管されて4年生になるのだが、あまりにもその発表が唐突過ぎた嫌いもある。教員の処遇や授業料が高くなるので奨学金制度をどうするか、などが課題。
教育委員会とは、教育条件の改善の請願は取り下げられたと報告があり、一般質問では御所南小学校の放課後対策や教員の処分についての判決について質疑がされた。
ニュースは宮崎県の東国原知事が自民党の総裁選になんじゃかんじゃと騒がしい。喜劇じゃあるまいし、ようわからんよ。
●6月23日(火)
普通予算特別委員会が二つの分科会に分かれて、また公営企業予算特別委員会が開催。ぼくは、普通予算特別委員会第2分科会に所属。保健福祉局は、25億円の補正予算。女性のがん検診、不妊治療、保育所整備など。ぼくは新型インフルエンザ対策や緊急雇用創出事業として就労移行支援事業に支援員を、発達障害に関わる早期療育支援事業に心理士を雇用する事業について質疑。午後は、都市計画局では地上デジタル対策や崇仁地区の緑化、西京区のバス停の設置などに質疑。公共施設のデジタルテレビへの買い替えなどにも予算措置されている。
建設局は、無電柱化事業や国直轄事業負担金の問題、歩道と車道の間の段差解消のバリアフリー対策など質疑がされた。。消防局は、消防ヘリコプターの夜間運行体制の整備として、横大路の基地の照明施設の設置や夜間飛行のできるパイロットのライセンスの取得費用にかかる費用が予算化された。教育委員会は、校庭の芝生化や学校ICT化としてデジタルテレビや電子黒板や太陽光発電の設置について議論があった。みっちりと5時過ぎまで議論。
麻生政権の経済対策と銘打った思いがけない補正予算。反対するわけにはいかんよね。いかに市民生活の向上のために有効に使うか、それが問題。
夕方、法然院に。「京都からCOP15へ。つくろう気候保護法」をスローガンに地球温暖化防止展が開催されていて気候ネットワークの浅岡弁護士と梶田住職が対談。静寂な法然院の方丈には、「猪おどし」のポコン、ポコンと音が響いてええ感じやった。帰途、ホタルが飛んでいたよ。
●6月22日(月)
6月の臨時市会は52年ぶりだという。政府の経済対策で補正予算が成立して、京都市では306億円の補正予算が組まれたので、それを審議する臨時市会の冒頭の本会議。会期末を6月30日の9日間の会期を決定。門川市長が冒頭に簡単にコメントをして、以下、星川副市長が、インフルエンザ対策や京都経済活性化、雇用対策や、安心安全子育て支援・学校教育充実、環境モデル都市の推進などを柱とした補正予算の主な事業について提案説明。共産党の若手の議員が質疑に立ち、答弁もあったが、民主も自民も公明も質疑はなし。委員会付託の動議が出されて散会。その後、本会議場で普通予算特別委員会の正副委員長の互選。
携帯電話には、上高野の葬儀場建設のことで、地元の友人から工事が始まっているという緊急電話。昼前、現地に走る。場所は、花園橋を上がって白川通に面したところ。鉄骨が立ち上がっていて、大阪の業者のようだ。工事の請負業者と十数人の住民が押し問答をしているところ。名刺を渡して、今日のところは工事をストップしなさいよ!と責任者とやりとり。途中、京都市の担当者とも電話でやりとり。指導要綱では、100㎡の建物では説明会を義務付けていないところが盲点。業者もそれを立てに強引な姿勢が見られる。しかし社会常識として、説明責任は当然のことだ!強引なやり方に頭にくる。2時間ほどやりとり。
夕方、新築なった上高野の自治会館での、急遽呼びかけられた「上高野に葬儀場建設を反対する集会」に参加。自民、公明、共産の議員も出席。会場は満員で70人ほどの参加者。町内会長さん等らからこの間の経過報告があり、業者の強引なやり方に怒りの声。下鴨の葬儀場問題で活躍された脇田弁護士と藤原さんもそれぞれの経験を話された。まちづくりとして、どう考えるかがポイント。
●6月21日(日)
小雨模様の日曜日。地元吉田のハイキングクラブのリーダーの大江さんらと大文字山へ。雨で気持ちがイマイチ乗らないが、今年5回目かな。吉田山を越えて銀閣寺前から登る。雨は上がったが、じっとりと蒸し暑い。みんなにさほど遅れることなく歩けたのが収穫。大文字の火床で一服。京都の街の上空をどんよりとした雲が覆っている。雲の中か、ガスっている中を歩くのも雰囲気がある。山頂についてしばし休憩。この夏は白山にみんなで行くという、ええなあ。彼らは三井寺まで歩く予定だったが、ぼくだけ途中で下山。若王子神社に向けて歩く。途中、小さな沼を発見、幽遠な雰囲気の中で暫したたずむ。そして新島譲が眠っている同志社の共同墓地を抜けて若王子神社から無事に帰宅。
午後は、知人の紹介でモラロジー生涯学習セミナーに。2回目の参加。参加者の中には近所の親しい人も。「あなたはどういう生き方を選びますか」と題して講師の方が講演。夫婦や親子関係のことなど自分の家族のことも話されて身近に感じられた。廣池千九郎というひとが創始者だという。
夕方は、この夏初めて鴨川の川床での自治労音楽家組合の懇談会に。この4月から京都市交響楽団が京都市の直営から京都市音楽芸術文化振興財団に移管された。予算市会では、楽団員の処遇のことや財団移管へのメリット、デメリットを議論した。多少不安はありそうだが、新たな出発だ。京都市交響楽団のみなさんの今後の活躍を期待したいし、市民のみなさんの応援もよろしく!
●6月20日(土)
午前中、民主党府連で常任幹事会。このところ日本郵政の西川社長の続投問題での鳩山総務大臣の更迭問題や党首討論の結果や千葉市長選挙のことなどで麻生政権は末期症状で民主党の支持率が上昇していることで、安堵感がある。未だ解散総選挙がいつになるか確定しないが、議事は淡々と進んだ。
午後は、市民環境研究所の講演会。京エコロジーセンターの館長で長年京都でごみ減量問題などに取組まれてきた高月絃教授の講演。ハイヌーンというペンネームで書かれるマンガも素敵ですよ。「御用学者」と笑わしながら、ゴミ問題の先達として、過去の京都市での取り組みや農業、環境教育について講演。参加者には、もう30年前かな、空き缶デポジット問題に火をつけられた長尾憲章さんのお元気な姿も。
懇親会にも参加したかったが途中で失礼して、京都鴨沂会の理事会に。会誌の編集・発行のことなど協議。夕方は、とある知人と総合支援教育のことや医療現場のこと。帰途、演劇集団「笑いの内閣」総裁の高間君がスタッフでがんばっているナギサクラブというカフェバーでラムを飲む。真面目な青年だね。8月の西部講堂は参戦するぞ!
●6月19日(金)
ちょっとサボっていたので久しぶりに歯医者に行く。例のごとく歯石を取る作業。二日酔い気味で口をあけているのがつらいよ!
午後、議員団室分室で成年後見人制度について保健福祉局の担当者と、認知症や高齢者などを狙う悪徳商法や財産侵害など事件が多発するなかで成年後見人制度をより身近なものにしようと取り組んでいるNPO法人「成年後見センターきょうと」の代表者内藤健三郎さんらとの勉強会。京都市の高齢者・障害者の権利擁護に関する取り組み状況について説明。高齢者虐待防止のセミナーの開催、権利擁護事業として成年後見セミナーなども開催されているが、大津市では成年後見人制度利用支援条例、川崎市や北名古屋市では後見人制度の利用支援事業もされている。他の市町村でも地方自治体が運営しているところもあるが、さて、京都市はどういう取り組みを進めるか、これからの課題やな。
その後、都市計画局の担当者と葬儀場問題について懇談。京都市では、頻発する葬儀場問題について住民との紛争を未然に防止のために平成17年に京都市葬祭場の建築等に関する指導要綱を策定しているが、対象になるのは100㎡以上で、上高野に建設が予定されているのは、なんと98.82㎡!の小規模なので指導要綱の枠外になるという。だからといって業者が説明もせずに工事を強行するのは許せんぞ。
●6月18日(木)
昼前、市民相談ごとで八瀬に。国民健康保険料のことや土砂の搬出での粉塵公害の苦情等お聞きする。八瀬の国道に367号線の拡幅工事もほぼ終わって走りやすくなった。大原にも立ち寄り「里の駅」で昼食。大原田園風景を見ながら食べた親子丼は絶品。社民党の衆議院候補の宣伝カーにも出くわした。久しぶりに会う社会党時代の知人もいてエールを交換。また帰途、上高野に計画をされているという葬儀場のことで現場を見に行く。色々と市民からの苦情の声を聞いて動かないかんよ。 また叡電交差点下ルの韓国民団左京支部にて在日の李夫妻が描いた風俗画展を鑑賞。市場の風景が活き活きと描かれていた。6月中開催とのこと。事務所には、某新聞社の記者が来所。衆議院選挙のことなど四方山話。
夕方は、鴨沂高校の同期生7人組で懇談。ラグビーでならした油君、テニスの真下、中尾、前原事務所の井上所長らと久しぶりに百万遍は「門」で飲む。親の介護の話や第二の仕事の話、病気の話、同級生のジュリーこと沢田研司のことなど。面白いメンバーだった。
●6月17日(水)
補正予算の勉強会で議員会の2日目。環境政策局は、京エコロジーセンターの展示の新設、「DO YOU KYOTO?」環境モデル都市京都のシンポジウムの開催、太陽光発電普及促進事業における人材養成など。上下水道局 加圧式給水車2トン2台の購入や下水道幹線整備など。総合企画局は、キャンパスプラザのリニュアル、元安寧小学校を学生祭典の実行委員会の会議・練習場にしたり、留学生への支援として電子掲示板の設置や国際交流会館のイベントホールの改修など。教育委員会は、電子黒板やデジタルテレビの整備、学校に太陽光発電の設置、理科教育設備の整備、校庭の芝生化などに予算をつけた。
政府の地域活性化交付金を財源に、いわば、この際前倒して事業を進めようということ。なんやこれは、という事業もあるように思うが、麻生政権のお陰ですね!
午後、市役所のOBで月刊「きょうの論談」に毎回「京都に生きて、京都を愛して」を連載中の梶宏さんたくを訪問。わが鴨沂高校の大先輩で、彼の連載記事にはぼくのこともよく出てくる。介護保険にかかわる会の理事長もされていて意気軒昂。京都市政の諸々のことで四方山話。
夜のニュースで麻生対鳩山の党首討論を観戦。鳩山さん、なかなかやるではないですか。
●6月16日(火)
10時から議員会が開催されて、304億円の補正予算について各局から説明と質疑。産業観光局は、中小企業支援や新型インフルエンザの風評被害による緊急融資制度の創設などの預託金の上乗せの金融対策に200億円、修学旅行など誘致活動、松くい虫防除対策、「京の時待ち食」(なんやろ?)や緊急雇用対策で春に続いて着物でエコ観光キャンペーンや伝統産業の展示品の製作など。
文化市民局は、わかさスタジアム(西京極球場)のグランド全面改修や埋蔵文化財資料の電子作業、地上デジタル対策アンテナ設置やテレビの更新、区役所の施設のバリアフリー化や美術館の収蔵庫の整備など。保健福祉局は、女性のがん検診、新型インフルエンザの発熱相談センターの応対員、マスクなど対応物資の確保、子育て家庭への特別手当、不妊治療の助成費の拡充10万円から15万円に。
消防局は、消防ヘリコプターの夜間運航も可能な24時間体制にするために照明施設やパイロットの養成の費用。この春に総務局と理財局が統合された行財政局からは、補正予算の概要と雇用対策として臨時的任用職員の雇用3ヶ月35人分の予算などの説明。交通局は、烏丸四条駅に賑わいのある公共空間の創出と駅ナカビジネスの創出に向けて改修をするという。
都市計画局は、東福寺駅の交通バリアフリーや崇仁の空き地の活用事業、歩行者優先憲章(仮称)の普及、洛西バス停の環境改善、屋外広告物の現状調査など。建設局は、銀閣寺道や宝ヶ池通などの1キロ7億円かかる無電柱化事業、国道477号の補修や橋梁の延命化の調査など。各議員から簡単に質疑も。
夕方、5月市会の代表質問者の慰労と安孫子副議長の就任を祝って議員団の懇親会。若手の議員がハツラツだ!
●6月15日(月)
6月臨時市会が告示。10時から議員会。山岸理事から今後の日程の報告など。長いこと議員をしているが、6月に臨時市会が開催させるのは異例のこと。政府が15兆円なにがしかの補正予算が成立し、京都市にも地域活性化・経済危機対策臨時交付金が交付され、一般会計の補正予算と緊急雇用創出事業も提案されて、雇用対策事業特別会計に補正予算が組まれた。総額306億円の大型補正。そのうち、新型インフルエンザや景気対策として市内中小企業金融対策に融資制度の預託金が200億円だ。いつもは議案書として印刷製本されて告示の日に議員に配布されるが、時間がなかったのか、製本されずに議案書が提出された。夕方は、事務所で雑務。なんやかんやしないかんことがあるのだよ。
●6月14日(日)
朝刊を見て衝撃。ノアの三沢光晴選手がリングで試合中に死亡の記事。なんやて!嘘やろ!愕然とする。ノアのリングを見に行ったことはないが、10数年前醍醐グランドームで全日本の試合で三沢選手を見たことがある。その後馬場さんが亡くなってノアを立ち上げ激しいプロレスを展開してきた。深夜のテレビでたまにノアの試合も見ていたがーーー。夜のニュースで徳光アナが出演して三沢選手を偲んで話していたが、涙した。心よりご冥福をお祈りいたします。
毎年6月の第二週も日曜日は、吉田山を美しくする会の清掃活動。わが地元の吉田の各種団体のみなさんや住民、四錦小やボーイスカウトの子どもたちなど300人が参加して恒例の清掃活動。毎年やっているので綺麗になっている。春に植樹した桜も立派な葉をつけた。本殿境内からみな思い思いに大元宮から竹中稲荷、山頂の公園など森林浴をしながら散歩をかねてゴミ拾い。これが吉田学区の地域力だ。環境美化事業団の協力によってハンカチが手渡されたが、今までのパッケージは水引みたいな模様が入っていて市民から苦情があった。早速、協力企業などの名前を入れた素敵なラッピング包装に変わって好評だった。担当者の配慮に感謝。
夕方は、アラブ文学の研究者でパレスティナ問題で発言している京都大学の岡真理さんらを囲む会。千葉市長に民主党の熊谷氏が当選。なんと31歳だという。びっくりやね。
●6月13日(土)
朝、韓国は木浦市の丁鍾得市長と社会福祉法人こころの家族の尹基理事長と会食。市長は、尹氏のお父さん尹致浩氏と日本人の母、田内千鶴子さんが木浦市で共生園という孤児院を設立されていたという縁で、尹致浩氏の生誕100周年記念事業の記念講演に来日。朝食をともにして二条城をしばし散策。
午後の集いに行くことを約束して、西京極の作業所に。利用者の家族会に出席。清掃に励む作業所のメンバーの風景や音楽療法で活き活きと楽しく太鼓を叩く子どもたちの姿を見て涙ぐむお母さんも。今後の運営方向や要望などをお聞きする。
午後は、東九条にこの春オープンした「故郷の家」に。ホールにて尹致浩生誕100年記念の集い。記念礼拝の後、尹夫妻の生涯を描いた映画「愛の黙示録」が上映される。日本の植民地時代から解放、朝鮮戦争、そして軍政時代の歴史に翻弄されながら孤児たちを育てる日本人の母、田内千鶴子さんを石田えりさんが演じている。また尹基さんの少年時代や青年時代が描かれている。感動する。共に生きる精神―共生主義が故郷の家の原点。そして、木浦市長が「東北アジア時代の木浦の未来と役割」と題して講演。木浦市は人口6万人の港町だが、光の都市として近年注目されているという。また国際空港の開港や港湾の整備にも取組まれていて、料理も美味しそう。ぜひ行きたいね。
夕方、KBSホールで新日本プロレスの試合。満員の盛況。第3試合は6人タッグマッチ。わが中西学選手が登場するということで、ぼくは花束贈呈でリングイン!リングに上がるのは5回目ぐらいかな?いつも興奮するよ。試合は、リターンマッチで挑戦するイケメンの棚橋選手と火花が散る。ベストバウトは、獣神サンダーライガーと若手の飯伏幸太かな。
●6月12日(金)
朝、左京区役所移転のことで近隣住民と担当者との協議に同席。ほぼ合意が得られてほっとした。
昼、新快速で山陽線を西へ。西明石での乗り換えて土山駅で下車して川崎重工播磨工場へ。新今電会のメンバーと低床電池駆動LRV(次世代路面電車)実験車両SWIMO-Xの説明を受けて試乗会。この車両は、ニッケル水素蓄電池ギガセルを設置して、架線がなくても走れる優れもの。札幌で走行試験もされていて床面の高さは33cmの低床式で乗りやすい。説明を受けた後、工場内に設置された実験線を颯爽と時速40キロで走る。デザインや塗装などにも配慮されて、台車に大きな工夫がされて低床式が可能になった。新今電会のメンバーは興味津々。日本の技術力を生かした、こういう次世代型路面電車が今出川通を颯爽と走るのはいつのなるのか。ロマンと夢を実現したいね。
とんぼ返りで、夕方は同志社今出川キャンパスへ。同志社大学院総合政策科学研究科の今里先生の経営哲学の講座で「経営プロフェショナルが語る文明転換期の企業経営」というテーマで環境ビジネスなどに取組んでいるアミタの熊野英介氏が講義。持続可能な社会の実現のためにいかに企業理念はあるべきか、京丹後での森林の牧場の試みなども説明しながら熱弁。若い受講生も目を輝かして聞いていた。ぼくも7月21日(火)に伊多波先生の事業評価論で体験的政策評価論を講義する予定ですよ。ぜひ聴講に来てください。
世界保健機構は新型インフルエンザの警戒レベルをフェーズ5から6に引きあげた大流行を意味する「パンデミック」になったが、市長は平常どおりの生活を送ってくださいとメッセージ。マスコミも大騒動はしていないね。
●6月11日(木)
梅雨入りしているのに雨が降らないね。アジサイの花がきれいな季節。
朝から事務所には来客。入札制度のあり方について懇談。京都市では、不良事業者を排除して優良事業者の優遇をするべく、経営事項の審査点数や工事における実績等を基本評価して、さらに環境に配慮したISO14001やKECの取得者、障害者雇用、女性技術者の雇用なども加味して、総合点が付けられ業者のランクが付けられるが、その公開性をどこまで広げられるかまだ課題はあるなあ。
また政府の補正予算が成立し、京都市では300億円の補正予算が組まれることになり、6月臨時市会が開催されることになるのでその概要の説明に担当者が来所。夕方は、とある病院に見舞い。そしてとある福祉施設の運営について相談ごとも。
●6月10日(水)
教育福祉委員会が開催される。まずは教育委員会。請願審議は共産党議員が紹介議員の「教育条件の改善」は、請願者と連絡が取れないということで、留保。各委員から、不登校生徒の高校入試枠のこと、環境学習プログラム、学校預かり金制度と滞納、分限免職の取り消し判決についてなど質疑がされる。
そしてぼくは、旧同和地区にある現在は学習施設と呼ばれる旧学習センターの今後の活用についてと、右京中央図書館がオープンしてほぼ1年、図書館のあり方について質疑。特に指定管理者制度導入への危惧を主張しておく。正午を過ぎていたので、ゆっくり時間をかけて質疑を出来なかったのは残念でした。
午後は保健福祉局との質疑。共産党の議員が保育園の待機児、市立看護短大問題などについて次から次へと質疑に立つ。印象に残ったのは、前立腺癌の検診について、松井医務監が答弁に立って、保健所などの調査で罹患率は1パーセントになると答弁。ぼくも気をつけないかんかな。
夕方は、久しぶりに京都高野川ライオンズクラブの例会に。左京小学生バレーボール大会の今後の運営などについて指導者の小林先生と懇談。ちょっと改善すべきこともありそうだね。
●6月9日(火)
入梅。うっとおしい天気になってきた。明日の教育福祉委員会で質疑をするべく、旧同和地区に開設されていた学習センターの活用について総点検委員会の報告書を読んだり、図書館行政の現状を調べたり、5月市会のことを市民派議員レポートに書くべく準備を始めたり。補正予算を巡って6月臨時市会も開催されるので、その報告も一緒にして発行は7月に入ってからになるかな。終日事務所で雑務。
夜は、ハングル詩人の金里博氏らと「炎の火」で一献。
●6月8日(月)
昼前、左京図書館に。「図書館友の会けやき」の懇談会に参加。横山館長から図書館の利用者の実績などの報告がある。左京図書館が移転開館してもうすぐ10年、夜間開館やインターネットでの予約など区民に喜ばれている。「図書館友の会けやき」は結成されて10年。ボランティアとしてニュースの発行など様々な活動を展開。図書館運営に指定管理者制度が導入され始めているが、いかに公共サービスとしての図書館を運営するのか大切で、効率だけで考えるのはナンセンスだとぼくは思っている。教育福祉委員会で議論をしてみようと思う。
午後は、友人の紹介で学校教育におけるパソコン使用のタイピングの手助けになるソフトを開発している人が来室、色々とお話を聞く。ぼくも練習をしようかな?
また連合京都議員フォーラムの幹事会に。毎年夏の終わりに開催している調査研究研修会をどうするか、が議題。三重県は青山の風力発電やごみ固形燃料発電所の視察に行くプランが企画されたが、解散・総選挙がどうなるかわからんので、今年度は中止にしようということになった。また自治体議員ネットワークの総会と研修会をどうするか、関係する府市会議員と協議も。
夕方は四条河原町での「連合京都組織拡大街頭行動」。「雇用を守る。入ろう!つくろう!労働組合」のティッシュ配り。ぼくも手馴れたもの。
●6月7日(日)
昼、南区は久世橋近くの上鳥羽の京都市消防総合活動センターの消防学校屋外訓練場へ。京都市消防団総合査閲が開催。消防総合活動センターは。災害時に全国からの援助隊などを受け入れることができる全国に誇る立派な施設で、消防学校も伏見から移転して、総合査閲は初めての会場。市内11行政区から代表の消防分団が結集。市会議員はほぼ全員、府会、国会議員も多く激励に参加。それぞれが各分団のテントに陣取り応援。市長訓示、消防音楽隊とカラーガード隊の演技の後、通常点検が始まる。
わが左京は、優勝候補の筆頭、鞍馬消防分団がこの間の訓練の成果を発揮。他の分団が20人前後の団員だが、45人の大人数の部隊がキビキビと行進や手帳の提示などをすると会場からどよめきと拍手が起こるほど、迫力のある見事な行動。小型動力ポンプの消防操法訓練も見事!地元鞍馬からバス3台で応援に駆けつけられたという家族や地域ぐるみの支援も素晴らしい。そして見事、ダントツで最優秀賞!おめでとう!昨年は北白川分団が優勝しているから2年続きで左京区に栄誉が。その他入賞分団は西京区の大枝、右京区の黒田、南区の塔南、上京区の待賢分団。京都市の火災件数が全国で最少なのは、これら消防分団のみなさんの日頃の活動の賜物だと実感する。ご苦労さんでした!
●6月6日(土)
午前中、地元のわが母校、第四錦林小学校で創立80周年実行委員会が開催。中島校長や教職員、卒業生やPTA役員、各種団体の方が集まり、吉田自治連合会会長で卒業生の山田栄一さんが進行役。2年先が80周年。実行委員長には同窓会長の福井晟さん。ぼくは1955年昭和30年の入学、36年の卒業か。一クラス50人ほどで7クラスあった。イモの子を洗うような時代。わが四錦の卒業生にはノーベル賞受賞の江崎玲於奈博士がおられるのでぜひ記念講演をという声。楽しみだ。
昼は、全日本屋外広告団体連合会全国大会のさよならパーティに。新型インフルエンザ騒動で中止されるかと心配していたが、北は北海道、南は沖縄まで全国から200人ほどが、ようこそ京都へ。京都市の新景観条例では、屋外広告物の規制があり、全国的にも注目されている。門川市長も公務多忙なとき駆けつけ、京都の景観を守り創造するという含蓄のあるメッセージ。ぼくも京都府屋外広告美術協同組合顧問ということで挨拶をさせていただく。
午後、円山野外音楽堂へ。京都は壬生で生まれ、わが40年来の友人、フォークシンガー豊田勇造の60歳6時間60曲フリーコンサート。各地のライブハウスで歌い続けてきた勇造のファンが全国から駆けつけて、さわやかな風が吹き抜ける会場で勇造の歌を堪能。歳をとることもいいものだ、という歌が身にしみた。同時代を生きてきた勇造、もうひとふんばりしよう!久しぶりに会う仲間と再会。信州は松本で「竜の子書店」を営んでいる中川基君との久しぶりの再会できてよかった。
夕方は、鴨沂高校同窓会の常任理事会。ホームページの立ち上げなど今後の運営について協議。
。●6月5日(金)
朝、アミタのスタッフが迎えにきてくれて、京丹後市は大宮庁舎へ。合併して3つの庁舎があるという。農林水産環境部の環境バイオマス推進課長からバイオ施設の運営や京丹後市の環境や農林業の取り組みについて説明を受ける。2004年に峰山、網野、弥栄、大宮、久美浜、丹後町が合併、人口6万人。峰山は、かの野村克也監督の出身地。小型風力発電の促進など環境循環都市を目指して色々な環境事業に取り組んでいて「こしひかり」の産地。バイオ施設の京丹後市への譲渡を巡って現在議会で審議中らしい。
その後もういちど「森林ノ牧場」へ。長靴に履き替えて、丘を登り始めると、昨日見た牛たちが、2,3頭の群れを作って牛道?を歩いている。昔は草が茂りうっそうとした山が、牛が下草を食べ、間伐がされていて、山が明るい。牛糞がところどころ落ちているが、臭気はしない。所々にはシイタケ栽培の原木や養蜂箱もあり、山全体が生きている感じがする。およそ1時間ほど放牧された牛たちに声をかけながら散策。8頭それぞれに名前がついているのだ。雨のときも雪のときも牛たちは山で過ごすという。森林共生型酪農というのだそうだ。鳥のさえずりも聞こえ、気分もいい。そして藁で作ったという「森林ノ工房」へ。この建物が自然にマッチしてすごくいい感じ。そこでは搾乳したての牛乳を手づくりでノンホモジナイズ(低温殺菌)の「森林ノ牛乳」が生産される。山を歩いて乾いた喉に最高の味。ソフトクリームも美味しかった!京都伊勢丹で販売されているという。いい体験をさせていただいた。
昼前、帰途に着く。与謝トンネルを越えて大江山の名物鬼そばを食べて、福知山市は、天座という谷間にある集落に数年前に移住、田舎暮らしをしている長谷夫妻宅に。田舎の家を改造して予約制の家庭会席料理を提供しているという。長谷さんは、長年京都は河原町三条下ルの「カリン亭」のマスターだった。23号台風では被害をこうむったらしいが、今では畑仕事も順調に行っているという。お元気で何よりでした。
それから、京丹波は瑞穂へ。わが民主・都みらい京都市会議員団の同僚だった石黒利雄元議員宅に。今は田舎暮らし、百姓をしているのだ。家の近くに畑では丁寧に耕作されて野菜が何種類も植えつけてある。サニーレタスや水菜に大根にかぶらを引き抜いて野菜鍋。自家製のポン酢とマッチして取れたての野菜鍋は最高のご馳走でしたよ!一泊二日の駆け足だったが色々と学んだ視察でした。
●6月4日(木)
京都は伏見生まれの新日本プロレスのIWGPヘビー級チャンピオン中西学選手が市長を表敬訪問し「ふるさと納税・大好きっ!京都」を寄付するセレモニーをするということで、勇んで11時前に市役所へ。担当者と打ち合わせをして、市長と暫し懇談。ぼくはマネージャーみたいなもの。そして第一応接室に入ろうとしたら歓迎の出迎えを受けて感激。そしてKBS京都のカメラが周り新聞記者がいる中で、ふるさと納税の寄付の贈呈式。IWGPヘビー級チャンピオンベルトは黄金に輝き重たかった。ぼくは「プロレスの味方」で、力道山時代からのファン。中西選手と獣神サンダーライガーとトークバトルをしたり後援会の立ち上げに協力したり結婚式にも出席したよ。デビューして苦節17年、彼も42歳か、この5月にベルトを奪取。おめでとう!創作中華の店「一之舟入」は中西選手の応援団のひとり。そこで昼飯を一緒して、今後の抱負など聞きながら親しく懇談。彼らはKBSラジオの生番組の出演に。
午後1時、ぼくは丹波路・京都縦貫道路を北へ。京都エコエネルギープロジェクトの視察で、うらにしは京丹後市の弥栄庁舎に着いたのは、高速道路ができて早くなった!午後3時40分頃。アミタ株式会社の担当の青年が出迎えてくれて、持続可能社会の実現を目指して京丹後市で地域デザイン事業としてバイオガス発電や森林ノ牧場の取り組みを視察。
緑豊かな山間のところにバイオガス発電施設が出現。説明を受けて施設内をまずは見学。コヒー、お茶、おから、もやしなど食品系未利用資源を投入してメタン発酵槽にてバイオガス化を図り発電をする。また脱水、熟成して発酵肥料を生産する施設。その大きさにいささか驚いた。独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の委託研究事業でアミタが運営団体として2005年から稼動しているという。色々と課題はありそうだが、壮大な実験装置だ。
で、ぼくの興味は、隣接地で行われている「森林ノ牧場」事業。夕方だったので、ちょうど乳牛の搾乳の時間。山を降りてきた茶色ぽいジャージ種の乳牛が待機。係りの人が丁寧に搾乳機をつけて作業。ぼくもそのまま手に受けて飲む。子牛には、哺乳瓶?のようなもので母親のお乳をあげるが吸引力はスゴイね。いやこれは初めての経験だ!搾乳が終わった牛たちは、山に帰っていった。(牛舎で寝るのではなくて山で寝るのだ!)明日の牧場視察が楽しみだ。
夜は、峰山にて案内説明をしてくれたスタッフと懇談。この仕事にかける彼らの熱い思いを聞く。解散した後は、30年ほど前、百万遍で門前小僧という共同保育をしていたメンバーと20数年ぶりの再会。近くのSIZUKA PAPAという洒落た店で歓談。髭を生やしたええ感じのマスターでした。手作りピザが美味しいらしいよ。
●6月3日(水)
常任委員会である教育福祉委員会が開催。過日亡くなった谷口賢治教育委員の後任に梶村健二氏が選任されたので紹介。請願審議は、共産党議員が紹介議員の教育条件の改善については留保、教育費の保護者負担軽減については、新年度予算が可決されたので、委員長の提案で審議未了になると予想していたが、共産が採択を主張したので、自民、公明、民主の多数で不採択。ちょっとややこしいかったが、共産党の作戦ミスや。一般質問では、新型インフルエンザ、中野議員は伝統産業副読本のことを質疑。
昼から、保健福祉局。介護従事者処遇改善臨時特例交付金の交付に関わる国民健康保健料の引き下げついて説明と簡単な質疑、811円の引き下げになるよ。
そして5月23日以降の新型インフルエンザへの取り組みについて報告と質疑。
4月27日にメキシコで発生してほぼ一月、京都では、5月21日に小学生が第一の感染者が発生し、翌22日には、教育福祉委員会が緊張感のあるなかで開催され、対応や中京、下京の小中学校や高校などの休校も発表され、前後して、政府の対策の見直しも表明され、25日には、市長らが厚生労働大臣などへ面会。財政支援、ワクチンの開発、観光業界などへの融資、風評被害への補償を要望、27日には、大阪、神戸、堺とともに4都市として、風評被害防止の情報提供、社会経済活動への損失への支援、医療体制の確保の要望活動。学校は26日から再開もされた。そして、6月2日には、ようやく警戒レベルもレベル3からレベル2へ。インフルエンザ対策危機管理本部の名称が「危機」が取れて対策本部になったと報告。この間、相談件数2万件、市立病院の発熱外来受診件数、約千件だった。ぼくは朝刊に掲載されたエッセイスト斎藤美奈子さんのマスク社会をSF映画として揶揄した「危機煽る社会の危うさ」を引用して、質疑をした。修学旅行のキャンセルなど、社会へ及ぼした影響は計り知れないが、この新型インフルエンザ問題、色々と教訓を残した。
請願審議は、上京区の議員が紹介議員になっている「地域あんしん生活支援員制度の創設」は採択。介護職員の処遇改善の要請は留保に。「市立看護短期大学のあり方の検討」の陳情については、改めてその経過と今後の方向性について、担当者から説明があり質疑。共産党は反対だとしても看護短大廃止と仏教大学への移行への道筋はほぼついてきたのか。その後、入浴サービスのことなど一般質問もあった。5時過ぎに閉会。
夕方は、京都造形芸術大学客員教授の仲尾宏さんの呼びかけで、前田憲二監督作品の「月下の侵略者―文禄・慶長の役と耳塚」の自主上映に向けての準備会。中国や韓国、日本でオールロケされたドキュメンタリー映画。2時間48分という長編。長い映画だね。12月に上映をしようということになった。また協力のほどよろしく!
●6月2日(火)
午後、自転車で左京区をウロウロ。修学院駅近くでは自転車駐輪場の設置の相談ごと一件。また前原誠司議員の事務所では井上雅茂所長と四方山話。彼は鴨沂高校の同級生。毎週の国政報告会の開催や解散総選挙に向けて大忙し。同輩よ、がんばろう!京都バスの高野営業所にも立ち寄り所長と四方山話。
そして、養正のコミュニティーセンターへ。同和行政終結後の行政の在り方総点検委員会の答申を受けて、この4月から市職員が引きあげて、民間の管理会社が貸館業務に当たっている。かっては同和行政の拠点ととでもいえる隣保館として地域住民の相談ごとなどにも対応していた。この予算市会では、コミセン廃止反対の住民等の署名運動もあり、大いに議論になり、ぼくはいささか拙速ではないかと危惧をしていた。それから2ヶ月、使用状況や住民の相談ごとの対応などどうなっているのか、気がかりだった。今まで職員の机がたくさんあったが、がらんとした部屋に受付の人が1人だけ座っている風景。ちょうど知人がいたので、色々と懇談。貸館事業としては、色々なサークルが利用しているようだ。また相談ごとなどでは混乱することもなく、または今ではほとんどないという。ようやく同和行政の行政責任と行政依存の自縛から解き放たれたかな。
その後、エコサイクリングの実行委員のメンバーだった2人の友人の見舞いにとある病院に。同じ病院に入院しているというのも何かの縁か。元気になったようでほっとした。
夕方、事務所には久しぶりに会う染原君。標的の細菌のみを容菌する「バクテリオファージ」なるものを活用してナス科植物の青枯病対策を防除するプロジェクトに携わっているという。ぼくは門外漢でよう分らんけれど、なにやら面白そうや。夜は、月二回の定例の剣鉾の練習。まったく上達せず。アカンな。
●6月1日(月)
エコサイクリングも無事に終わって、ほっと一息。快い疲れ。ちょっとバテ気味やな。京都新聞などにも大きく記事が掲載されてよかった!午後は、とあるところの造成工事を巡って相談。
夕方、韓国民団京都地方本部の王清一新団長等役員の方と京都市会日韓親善議員連盟の内海会長、津田事務局長、副会長の柴田議員とぼくとで懇談。実は、この6月1日から京都市会日韓親善議員連盟として、韓国は京都市のパートナーシティである晋州市とソウルへ視察を予定していたが、新型インフルエンザ騒動で延期にした。残念でした。そこで今後の議員連盟との懇談会を開催することを確認しながら、地方参政権問題や在日の人権問題、或いは多文化共生社会への取り組みや市民交流のあり方や光復節の記念式典の市長の参加など率直な意見交換。北白川にあった韓国学園が東山区は本多山に移転問題が起きたのは1970年代半ばだったか、移転反対の住民運動もあり、教育委員会との交渉に行ったこともある。その後、議員になって、「内なる国際化」という視点で京都市の職員採用に関わる国籍条項撤廃や民族教育を保障する外国人教育基本方針のことなど京都市会で取り上げたのはぼくが最初で、その後、外国籍市民懇談会の創設もされ継続されている。今後も多文化共生社会を目指して、もうちょっとがんばるか。
●5月31日
昨年末以来、準備を進めてきた「京都からコペンハーゲンへーデンマーク大使とエコサイクリングーCOP15サイクリングツアー」の日。朝、目覚めたら雨、天気予報は晴れになりそうだったが、7時過ぎ、雨はかなんな、と思いながら、裏方の一員としてチェックポイントの大覚寺と上賀茂神社へ机と椅子を運ぶ。
国際会館に立ち寄って準備の状況を見てから6月7日京都市消防団総合査閲に左京代表で出場する鞍馬分団の激励会に参加。雨が上がってほっとする。叡山電車が走る谷間のグランドで46人の鞍馬消防分団が規律正しい行進と通常点検。総勢46人の大部隊が見事に訓練の成果を披露。山間に掛け声のこだまが響いたのが印象的。がんばってください!
帰途、社会福祉法人「わかば」の評議員会。開所して丸2年、色々と課題はあるけれど、24時間ケアをするグループホームの知的しょうがい者の施設としてがんばってきた。この4月からは短期入所も始まった。関係者の努力に脱帽。
昼前には、エコサイクリングの準備状況を見に国際会館へもういちど立ち寄ったら救急車が来ていてびっくり。実行委員の1人が体調不良で病院へ搬送された。えらいっこっちゃと思いつつ、ひとこと声をかけて、ともかく市役所前に。市役所前では浅利美鈴さんの司会でパネルデスカッション「自転車と環境―COP3からCOP15へ」が始まっていた。大島仁地球環境政策監らがパネラー。市役所前広場はデンマークに関係する出店や環境省のクールビズのキックオフイベントとドッキングしたのでブースも多様。タレント?の井上和香さんらのコンサートもあったが、ふたたび国際会館に引き返す。
デンマーク大使が和歌山から無事に到着し、国際会館の茶室で山田知事、門川市長、谷垣議員らとお茶会。大使夫妻が正座をしていたのにびっくりした。そして予定通り、4時前、大使を先頭にエコサイクリングのパレードが出発。200人ほどのサイクリストが、緑に包まれた宝が池から狐坂、下鴨本通から河原町通をパレードして市役所前に無事に到着。ぼくも試乗を兼ねてサンヨーの電動自転車エネルーブバイクを準備してもらって気持ちよく走る。自転車は、環境に優しくて、健康にもいいし、最高だ。式典も盛り上がってよかった!
5時からは環境大臣も来られてクールビズのイベントが始まったが、ぼくは後始末でウロウロ。打ち上げは、デンマーク大使と市長をはじめ、東京からのスタッフに、京都のサイクリング協会のボランティアが集合して乾杯!市長も上機嫌でほぼ最後までいてくれたのも思いがけないことだった。みなさん、それぞれご苦労さんでした。
●5月30日(土)
5月市会定例会も終わって一息。昼、友人の工務店が主催する岩倉のとある住宅展示場に。トヨタのハイブリッド車の展示もしつつスパーウォールの住宅の見学会。この不景気な時代、元気にがんばる企業の心意気を感じた。
午後は、自立と協働の勤労者・市民ネットワークを目指すNPO法人「あったかサポート」の研修会。「働く前に知っておきたい基礎知識」の冊子を発行し、就職を控えた高校生等に社会保険制度や労働法、年金制度など知ってもらおうと出前授業などを展開。派遣切りや内定取り消しなど雇用情勢が厳しい時代に社会保険労務士や弁護士さんなど多様な職種の人たちがネットワークを作って社会貢献。京都府の非正規労働ホットラインなどにも従事。記念講演は、「メタボリックシンドロームを撃つー現代文明と新たな健康感獲得のために」と題して高雄病院の江部康二医師が講演。血糖値を上昇させる糖質の摂取がメタボの原因。生活習慣病にならないための処方箋を教えてもらう。メタボの典型であるぼくも自戒。京都市教育委員会の高校担当の課長も出席してもらって、今年の高校生の就職状況や出前事情の大切さを報告。健康や雇用問題に行政や議会ははどう関わるか、色々と学ぶことが多い。
●5月29日(金)
午前10時から5月市会定例会の会期末の本会議。補正予算が付託されていた普通予算特別委員会の委員長が審議内容について報告。討論に共産党と公明党の議員が賛成討論。焼却灰溶融炉の工事請負契約の変更については共産党が反対。わが議員団が提出していた付帯決議は委員長報告として議事録に残った。補正予算には、進捗状況と事業の目的が達せられるように取組むことという付帯決議が付けられた。
以下、新たな児童館の設置など、各委員会に付託、審議されてきた議案についてそれぞれの委員長報告があり、淡々と可決されていく。教育委員会委員には梶村健二氏が、京都市選挙管理委員には、国枝克一郎、山口幸秀さんの2人の前市議らが選出された。そして市会議員の夏期手当ての支給の0・15ヶ月凍結を決める条例については、共産、民主、公明が賛成起立。自民は反対して起立せず。わが家の家計に痛手の額面で20万円の減額になるのだが、このご時世、京都市も財政難だし、職員の夏期手当ての減額もあり、仕方ないかな。
意見書は、医師臨床研修制度の見直し(案)に対する意見書、北朝鮮によるミサイル発射及び核実験の強行に対し断固たる措置を求める意見書、国直轄事業負担金に係わる意見書、経済危機対策などに伴う地方負担の軽減を求める意見書、ハローワーク機能の抜本的強化を求める意見書、そして新型インフルエンザ対策に関する意見書が、提案説明や討論もなく全会一致で可決されて、閉会が宣告されたのは11時前だった。
午後は、社団法人京都市獣医師会のメンバーと市会議員との懇談会。30人ほどの議員が参加。約110名の会員がおられて、開業医や畜産振興や食品衛生業務、研究施設や製薬会社に勤務している獣医師の団体。「人と動物が共生できる街-京都-」の実現をめざして、
狂犬病など「人と動物の共通感染症」の予防、畜産振興・食の安全対策、動物診療・飼育指導や災害時の救護活動、犬猫の避妊・去勢助成事業への協力、盲導犬など補助犬の育成支援を行うとともに、「人と動物の絆」を基本とした社会福祉活動など多彩な活動を展開。夜間救急診療所や災害時の救護機能を備える動物愛護センター構想の検討、設立の準備を進めていることなど説明があった。
その後、31日のエコサイクリングの準備で西コースの大覚寺、北コースの上賀茂神社へ下見。なんやかんや手伝いしないかんのだ。日曜日は、ええ天気になってほしいな!
●5月28日(木)
明日が5月市会定例会の会期末。10時から議員会。冒頭、この間話題になっている京都市立看護短大の仏教大学との連携による4年制化の経過と取り組みについて保健福祉局から説明を受けて質疑。政策決定がされていく過程がちょっと疑問に思うところもあるのだが、23年春には、二条駅前に仏教大学の保健医療技術学部看護学科か開設され、24年春に看護短大が廃止されることになるのだ。
その後、意見書の調整など担当議員から随時経過報告が行われる。できるだけ4派でまとめるための文言調整が行われる。藤川議員が張り切って調整役。で、問題は、議員の夏期手当ての減額についてどうするか、わが民主は、やむを得ない!という判断。共産、公明もその方向だが、ところが自民は色々と議論があるらしいが、断固反対らしい。ちょっと遅くなるのかな、と思っていたが、午後3時には、その結論が出されて、討論結了の各委員会が3時30分から順次開催されていく。普通予算特別委員会では、共産党の委員の態度表明がちょっともたついたが、それぞれの議案が可決されていき、付帯決議の調整も行われる。焼却灰溶融炉に関する付帯決議は、他会派の賛成を得られなかったようだ。市会運営委員会のメンバーを残して5時前には解散。
●5月27日(水)
10時から議員会。昨日、各会派から意見書案が提出。自民は、医師臨床研修制度の見直し(案)に対する意見書、北朝鮮によるミサイル発射及び核実験の強行に対し断固たる措置の2本、共産は、新しい要介護認定制度の中止など3本とひとつの決議、公明は、国直轄事業負担金に係わる意見書、経済危機対策などに伴う地方負担の軽減、ハローワーク機能の抜本的強化、新型インフルエンザ対策などの4本の意見書を巡って調整が始まる。民主として賛成するか、反対するかの議論。また補正予算や付託された議案について付帯決議をつけるか、どうかの議論。補正予算の執行についてと焼却灰溶融炉の工事契約議案については付帯決議をつけることに。
議員会の途中、1時間ほど「中抜け」して、エコサイクリング実行委員会に。午前中のサイクリングコース、市役所前でのイベント、国際会館でのお茶会とデンマーク大使や市長、知事等とのパレードなど最後の詰め。サイクリングの参加者は300人ぐらいかな。クールビズのイベントとドッキングして大がかりになりそう。
議員会は、夕方5時に解散。
忙中閑あり、吉田神社で撮影されたということを聞いていたので、映画「鴨川ホルモー」を見に行く。葵祭から始まって、青龍会という得体の知れないサークルに集う学生等の青春映画。京大は勿論のこと吉田寮、百万遍、鴨川、夷川ダム、南禅寺など左京でロケされて、チッコイ鬼が無数に出てくる!奇想天外な摩訶不思議な漫画チックな映画。吉田神社で全裸で踊る彼らの歌が「レナウン娘」には笑ったよ!
●5月26日(火)
10時から議員会だと思っていつもどうり登庁したら、追加議案として「職員給与条例に一部を改正する条例」が上程されたので、当初には予定がされていなかったが、午前10時から本会議。手帳に書き込んでいなかったので忘れていた。危ない危ない!かろうじて間に合ってよかった!
星川副市長から簡単に議案の説明、人事委員会から意見のあった京都市職員の夏期手当て・ボーナスを0.2ヶ月分を減額するという条例。3分ぐらいの提案説明。8万円ほどの減額になるようだ。本会議はすぐに散会し、早速、その条例は委員会付託、審議する経済総務委員会が開催される。議員団室のモニターで審議を見ながら待機する。共産党の議員とわが民主の藤川議員が質疑していた。
委員会が終わってから各会派の議員会が開催される。安井団長の進行で、山岸理事から理事会で話題になった諸般の報告、また意見書や決議の提出について、また補正予算など審議された議案についての委員会での質疑内容や問題点について各議員から報告や議案のへの賛否を決める、会期末の議員会のいつもの光景。今回、民主としては意見書の提出を見送る。そして課題は、市職員の夏期手当てボーナスを減額する条例が出されたので、議員の夏期手当てをどうするか、これが問題だ!
●5月25日(月)
常任委員会は、まちづくり消防委員会と交通水道委員会、ぼくは属していないのでオフ。昼、吉田神社の総代役員会。今年の節分の当日祭が参拝者が少なくちょっと減額になっているのかな。宮司さんや長老のみなさんと懇談。
午後は、岩倉で信号機の取り付けや児童が増加しているので学校の増設など市民相談。夕方、福祉工房P&Pの総会。ぼくが議長となって議事の進行。伏見作業所と西京極作業所から1年間の実践報告や決算、またこの1年の運営について予算と運営方針が提案。障害者自立支援法の見直しもあり、運営も色々と困難な課題があるが、利用者が気持ちよく通える施設として最善の道を進みたいものだ。応援しまっせ!新たな気持ちになってがんばろう!
北朝鮮が核実験のニュース。4月のミサイル発射といい、国際社会をなめてるのか!被爆2世としても許せんよ!在日の人たちへのいやがらせなど起きないことを願う。日朝国交正常化はさらに遠くなった。
●5月24日(日)
朝8時過ぎ京都精華大学グランドでの左京消防分団の総合査閲。暑くもなく雨も降ることなくいい日和。27分団、588人の団員が、入場行進から始まって、手帳の提出など礼式の状況などの通常点検、圧巻は鞍馬分団、なんと46人の多人数の団員が見事な統率できびきびした行動。京都市の総合査閲に向けての猛訓練。さすがだ!優勝候補の筆頭だろう。各分団、女性分団員さんも増えてきた。小型動力ポンプを使用して3本のホースを延長して消火訓練も見学しながら知り合いの分団のみなさんを激励。
午後、東山青少年活動センターへ。<笑いの内閣 真剣20代しゃべり場>「どうなる?どうする青少年活動センター有料化」にラッシャー鈴木として参戦。
高間総裁のブログ日記を転載しておく。
「「有料化問題」の回は、事前の練習で、本当は全員反対派なので、どうしても議論が反対有利になりすぎることを考慮し、賛成派に強いパネラーを配置したら、本番では賛成派が勝ってしまうという迂闊な展開になりました。しょうみ、笑いをとりに行くところに傾けすぎた感はある。再び無料に出来るように、京都の財政不足を解消する案をみんなで考えようといって、鴨川の水をエビアンてことにして売るとか、金閣寺の金箔を売って変わりにラッカーで塗るとか、ふざけたことばかり言ったし。
そして、ラッシャー鈴木さんにはもってかれた。真面目な話もしたが、お馬鹿話もしたし、いきなりお客様として見に来ていた共産党・宮田えりこ市議を、プリティ宮田と呼んで前に出させて一言言いなさいよといいだすし。アンケートにあったMVPをかっさらっていってしまった。ここまで多くの演劇人がいて、練習に出てない市議会議員にMVPを持っていかれるのは情けないぜ!まあ、普段から悪ふざけしてる20代の演劇人と60過ぎた政治家が同じくらいお馬鹿をしてどっちが笑えるかというと、とてもかなわない(何年か前に名古屋であった芝居でも、ゲストの河村たかしが受けてたって話もあるしね)。こうなったら、ラッシャーさんにプロレスに出てもらうしかないと思う」
いやはや楽しかった。高間総裁!政治こそプロレスなのだよ!8月末には西部講堂で興行をする予定らしいが、もちろん参戦するぜ!
それから近くの会場で行われていた「新羅で出会う人々の集い」。テーマは「歴史認識―民族共生の未来を考える」と題して、パレスティナ問題で発言を続けている岡真理さんと滋賀県で日系南米人の学習支援に取組んでいる「子どもクラブたんぽぽ」の仲晃生さんが講演。パレスティナ・ガザでのイスラエル軍の残虐行為など訴え、仲さんは、南米からきた日系の子どもたちの教育保障の取り組みを報告。
最後までいたかったが地元のペスタロッチ保育園へ、糸井國雄園長がこの春勇退したので、卒園児の保護者会「ぶどうの会」の有志が集まり労う会。娘が世話になりました。在職28年かな?長い間ご苦労さんでした。孫が保育園に通っている人もいるよ。夏の終わりには、みんなで花脊の方面に行きましょう!
●5月23日(土)
朝、恒例の月末の勉強会「国益研究会」に参加者の3分間スピーチの後、西村吉右衛門さんが「共生の事業」というテーマでタイは東北地方の手織り草木染の服をにまつわる「うさとジャパン」の事業のことを紹介しながらご自分の仕事の話や「ちおん舎」のこと、京都の呉服業界のことなどを語られる。異業種交流の勉強会で興味深い。
10時過ぎ、民主党京都府連の常任幹事会に。鳩山代表・岡田幹事長の新執行部も発足して、ひと安心。ちょっと雰囲気が明るくなったかな?会長や幹事長から諸般の報告。党員・サポーター登録も各総支部目標のノルマを達成か。夏の解散・総選挙に向けていよいよ動き始めることになる。
午後、東山青少年活動センターでの、演劇集団「笑いの内閣」の「京都演劇界初!衝撃のディベート演劇―真剣20代しゃべり場―劇団の運営てなんだ?これでいいのか高間総裁」に。明日のディベートに参戦することになっているので、打ち合わせを兼ねて。高間総裁、自らを題材にした芝居としてのディベート。いや面白かった。ちょっとしたリハーサルもしたよ。
夕方は、吉田神社の参集殿での前原誠司議員の国政報告会。地元でもあるので前原後援会のメンバーと準備を手伝う。新型インフルエンザ問題で感染防止のためにマスクを用意、参加者に付けてもらうことに。またこの影響で参加者は、少ないのではないかと思っていたが地元吉田の人を中心に会場は満員。急遽椅子も出し150人ほどの参加者。ビラ撒きをした甲斐があった。冒頭に、ぼくが挨拶。マスクをした聴衆を前にすると異様な光景だ。5月市会の報告とインフルエンザ問題の報告など手短に挨拶。前原議員は、もちろん冒頭に小沢代表辞任問題に決着がついたので、その感想。その後、持論の防衛政策やアメリカとの安保、拉致問題も含めて北朝鮮の問題や食料自給問題などかなり硬派なテーマで語り、参加者との質疑。政権交代は、世の中を変えるための目的ではなくて手段。彼は政権交代がなったら防衛大臣に就任か?
●5月22日(金)
朝市役所に登庁したら、新型インフルエンザの感染者が出たということでざわついている。市長が緊急に記者会見をするということで、予定されていた教育福祉委員会の開会は、11時から、教育委員会の理事者も同席して新型インフルエンザの感染者の確認及び対応について報告。
昨日21日に夕方、京都市内の小学生が感染していたと確認し、危機管理対策本部も開催、その経過と学校、幼稚園などの休校措置や福祉施設の対応などを報告。各委員から対応につい質疑。京都は修学旅行シーズンだが、すでにインフルエンザ問題で5百校、8万人の修学旅行生のキャンセルがでたということも。政府の対応も見直しがされるようだが、社会的、経済的に深刻な影響が出てきている。感染して亡くなった方はいられないのが、不幸中の幸い。このまま終息することを祈るのみ。それに季節性インフルエンザと病状はそれほど変わらないということで、大騒動するほどのことはないと思うが。委員会に付託されていた議案は、錦林小学校や岩倉明徳小学校など7箇所に児童館を新設する条例など、3議案。ようやく開設されるということで、地元も喜んでいる。請願審査や一般質問は次回の委員会に持ち越された。
●5月21日(木)
補正予算を審議する普通予算特別委員会が開催。ぼくは第二分科会。保健福祉局とは、単年度では8億円の黒字だが、96億円の累積赤字があり、翌年度の繰上げ充用をする国民健康保険特別会計補正予算、都市計画局からは補正額7900万円の優良住宅地域住宅モデル普及推進事業について。建設局は、堀川通に匿名の方からの寄付を基金として、ケヤキを植樹する事業について。委員からそれぞれ質疑。3時前には散会。
4時過ぎ、「きょうと介護保険にかかわる会」の研修会に。「ハーモニーこが」の施設長角谷増喜医師の「高齢者福祉施設における医療と介護」と題した講演。医師として老健医療のうらおもてや介護保険改定の問題やデンマークでの市議会の情景など、現場におけるご自分の経験をもとに多岐にわたる切り口で講演された。療養型病床の廃止方針など将来高齢者介護は暗澹たる方向に向かっているようだ。
夜は、持続可能な社会の構築を目指しているアミタの熊野英介氏と一献。彼の書いた「思考するカンパニーー欲望の大量生産から利他的モデルへ」(幻冬舎刊)は示唆に富む。そして京丹後市で実践している森の牧場やバイオマス施設について意見交換。6月になったら視察に行きますよ。
帰宅したら、保健福祉局からファックス。京都市内でも小学生が新型インフルエンザに感染したと報告。緊急会議が開催されたようだが、冷静な対応が必要だ。
●5月20日(水)
5月市会定例会の各会派の代表質疑で、KBS京都放送のテレビ中継のある本会議。午前中は自民党の田中セツ子、加地議員、午後になって共産は西野、佐野二人の女性議員が、休憩後、わが民主の山岸、藤川そして公明の久保、津田議員が登壇。各議員、20分から30分の持ち時間。それぞれが各分野の施策について質問。印象に残ったのは田中セツ子議員の市立看護短大の廃校、仏教大学への4年制移行問題についてキツイ質問。新型インフルエンザ対策については、市長は「本日、大津市で感染者が出ました、嘉田知事から連絡がありました」との速報的な答弁も。議場は少しざわついた。
わが民主からは、この春市会運営委員会理事に就任して張り切っている山岸議員が、環境行政、市民税の分割納付、土木事務所のサービス向上、学校と地域の連携、放課後の学び教室について。自治労市職出身の藤川議員は、障害者の就労支援、ポイント制を利用した京都市施設の利用者増対策、そして監査制度のことで要望と、それぞれ提案型の質問。野次も飛ぶことなく淡々と終わった本会議でした。
●5月19日(火)
5月市会定例会の本会議。冒頭、富きくお議長が議長辞職の挨拶。そして投票で自民党の繁隆夫議員が48票で、第75代議長に選ばれる。行政への監視機能を高め、また議会の活性化を図りたいと挨拶。続いて、小林あきろう副議長が辞職の挨拶。わが民主・都みらい市会議員団のアネサン、安孫子和子議員が48票、共産党の北山議員が18票で、安孫子和子さんが第84代副議長に就任。議長の補佐役としてがんばりたいと挨拶。堂々たるものですよ。補正予算や議案など各委員会に付託することを決めて監査委員の選出。自民党の内海貴夫議員と公明党の日置文章議員が選任されて淡々と議事が進み散会宣告。
ぼくの後列の議場をふと見渡すと、ぼくより期数が上の先輩議員は、自民は今期、西脇、椋田議員が亡くなったので、高橋、井上、富議員、共産は北山議員(加藤弘太郎議員は欠席)、民主は今枝議員の4人だけや。同期の5期は、共産の山中、民主の小林、宮本議員。もう古参兵やの古狸になってしまった。ちょっと愕然としたよ。
午後、議員団室で雑務をして時間が空いたので、車で京都駅八条口へ。31日のエコサイクリングでデンマーク大使が新幹線で到着して国際会館まで地下鉄で行くかタクシーを使うか判断しなければならないので試走。渋滞になったことを考慮してゆっくり川端通から下鴨本通、狐坂を走って国際会館へ、32分だった。で地下鉄はどうかと、国際会館から京都駅を往復。駅改札口までの徒歩5、6分。乗車時間は20分。7、8分の間隔で日曜日はダイヤは組まれていることを知る。ということで、ほぼ32分。どっちも同じやね。地下鉄は確実、安い!
夜は、左京消防団総合査閲を控えて訓練に励む地元吉田消防分団を激励に第四錦林小学校に、また剣鉾の月2回の練習に顔を出すが、ちょっと気合が入らなくて見学だけでした。
●5月18日(月)
昨日は雨やったのに、今日はええ天気や。日頃の精進が悪かった。ちょっと疲れ気味。昨日の跡形付けでウロウロ。午後は、前原誠司議員の国政報告会の案内とわが議員レポートを配布。途中、入院中の友人を見舞いも。そして、毎年この時期に民主党党員・サポーターの再登録や新規登録が行われるのだが、ノルマ達成に向けて友人等に最後のお願い。名簿の整理などの雑務。小沢代表問題が一件落着になってほっとしたね。
夕方、来客は新日本プロレス共同企画の営業の友人。長い付き合いになった。つい先日の試合で京都は伏見出身の中西学選手が新日本プロレスのIWGP世界チャンピオンになったということで、話が盛り上がる。かって獣神ライガーと彼とぼくとでトークバトルを日伊会館でしたのは14年前か。そして中西学後援会にも参加し、元大洋ホエールズの近藤監督の令嬢との結婚式にも呼ばれて東京へ行った。でかい体で野人だが、苦節何年か、やっとIWGP世界チャンピオンになれてよかった!激励会をしようかと、いう話も。で、新日本プロレスは、6月13日(土)午後6時、京都はプロレスのメッカになったKBSホールで開催される。チケット、ちょっと安くでお分けしますよ。ご連絡ください。
●5月17日(日)
恒例の静原野外懇談会の日。今年も雨で中止。やっぱり朝から小雨模様。まずは出町柳駅の京都バスのバス停で静原行きの中止を知らせるためにバスが発車するまで待機する。その足で静原へ走り、関係者にご挨拶して中止のポスターを貼り、朝市で買い物。また雨ですね、と冷やかされる。
そして正午前には、ご近所に挨拶回りして、事務所前にテントを張って炭を熾してバーベキューの準備。小雨模様にも関わらず、多くの友人、知人等が三々五々、集まってもらえる。焼肉や焼きそば、そしてみんなの手づくりカレーを食しながら、ワイワイ。5月市会定例会の補正予算や議案についてぼくが報告して、話題は、特に新型インフルエンザの対策のことと民主党の鳩山新代表のことや新執行部のことと、政権交代の可能性など。門川市長も公務多忙の途中立ち寄ってくれてみんなと記念写真。ゆっくりしてもらえる時間はなかったが、参加者と京都の未来について懇談。感謝。小雨はずーっと降り続いたが、テントと事務所の空間でなんとか無事に午後3時前お開き。ちょっと疲れたよ。ご参加いただいたみなさん、手伝ってくれたみなさん、ありがとう!
夜テレビニュースは、新型インフルエンザの感染者が神戸や大阪で高校生を中心に広がっていて、神戸祭りが中止になったり、学校が休校になったりの報道。影響が拡大している。京都では、感染者はまだだが、時間の問題かな。冷静な対応が必要だろう。また民主党の幹事長に岡田克也氏。小沢前代表は、選挙対策の代表代行に。雨降って地固まるのか。
●5月16日(土)
午前10時30分に社団法人京都鴨沂会設立100周年記念総会に。黙祷をした後、八木会長が議長となって、事業報告や収支報告に監査報告、21年度の事業計画や予算案、さらに公益法人を目指すための定款改定委員会からの報告などあって質疑。京都府立第一女子高等学校の90歳ぐらいの大先輩もお元気に参加されていた。記念講演は、山鉾連合会会長の深見茂大阪市立大学名誉教授の「祇園祭と山鉾行事」と題したお話。平安時代に始まった祇園祭の縁起や歴史など京都生まれ京都育ちのぼくにとっては知らないことばかり。京都の自治組織として町衆(林屋辰三郎さんの作られた言葉らしい)の心意気を語られた。懇親会の冒頭に鴨沂高校同窓会長として母と愚息と三代お世話になったとぼくがひとこと祝辞を述べて、直ぐに退席。友人の森下信一氏の子息の結婚披露宴に走る。韓国の麗しい女性と結婚。宴はたけなわ、「キョロヌル チュッカ ハンミダ」とスピーチの冒頭で言って長渕剛の「乾杯」を歌おうと思ったが、途中で歌詞を思い出せなくてスベッタ!ごめんね!ともあれ、おめでとうございます。末永くお幸せに。
それから民主党京都府連の幹事総会に。ほぼ同時刻に両院議員総会での投票の結果、民主党の新代表に鳩山由紀夫氏さんがなったと知る。まあ妥当なところか。新味はないが、もめることなく挙党体制で政権交代に向けてがんばってよ!総会は、各委員会から報告や提案があり、淡々と終わった。夕方は、久しぶりに古川豪のコンサートを「拾得」に聞きに行く予定をしていたが、明日の静原での野外懇談会を昨年に続いて、ぼくの日頃の精進が悪いので雨の予報なので中止にして事務所にて開催することに決めたて、参加予定者に連絡の電話作戦。ほんまに残念!
●5月15日(金)
今日から5月市会定例会が開会。午前10時から本会議。冒頭に去る3月末に行われた下京区の補欠選挙で当選した下村あきら議員が紹介。自民党の会派に所属。その結果、本会議の自民党の議員の座席が変更になった。最後列に座っておられた椋田議員、西脇議員と2人の長老議員が亡くなり今までとは違う議会の風景。会期が決定された後、永年在職議員の表彰ということで、自民党の井上与一郎議員(右京区選出)が表彰されご挨拶。昭和54年、1979年の初当選。家業は農林業。山もちらしい。同志社の先輩でベンツに乗る紳士。おめでとうございました。その後、市長がひとこと挨拶した後、星川副市長から、5月市会定例会の補正予算やその他の議案について淡々と説明があった。30分ほどで延会宣告。
本会議終了後、議員会が開催。山岸理事から新型インフルエンザの対策を求める要望書が市長に提出されることや選挙管理委員の選出について報告。京都市の選挙管理委員には、わが民主からは梅林等元議員に代わって山口幸秀前議員が委員の候補者に、宇都宮前議員が補充員のリストにあがる。また副議長人事については、安孫子和子議員を会派としてお願いをする方向に決まった。
午後は、建設局の担当者と北山は大見地区のことについて現況と今後の方向性について懇談。残土投棄、過疎対策、市民の憩いの場づくりとして発表された大見総合公園計画。計画発表は、1980年だったか、その後様々な反対運動を展開、1987年、初当選した最初の本会議での質問が、北山の自然を守れと!大見総合公園計画反対の演説だった。計画が凍結されたのは、田邉市長の時代だった。そんなことを思い出しながら色々と懇談した。
その後、静原野外懇談会の準備で買出しや、市民派議員レポートと前原議員の国政報告会の案内ビラを地元を配布。さらに夜は、第三錦林小学校グランドでの左京消防分団総合査閲のための練習をしている浄楽消防分団を激励に。
●5月14日(木)
午前中、府庁の介護福祉事業課に。福祉工房P&Pの今後の運営のことなどについて懇談、また市役所でも障害福祉課の担当者とも懇談。午後は、5月31日のエコサイクリングのイベントのことで大島地球環境政策監や地球温暖化対策室のメンバーと懇談。環境省のクールビズのイベントとドッキングしたので大きな話になってきたので、人員の配置など色々と打ち合わせ。その後、連合京都へも出向き、エコサイクリングへの参加の要請などでウロウロ。夕方は、事務所でこの日曜日に予定している静原での恒例の野外市政懇談会の打ち合わせ。今年の参加者は70人ほど。問題は、雨や。週末の天気予報によれば、どうやら雨になりそう。バーベキューの材料の肉や野菜の買出し計画や当日運び込むテントや椅子など機材の調達のことを相談。雨のときは静原へ行くのは中止にして、その代わり事務所でささやかにしようかということに。
●5月13日(水)
午前中、吉田山は北山麓のとある知人の家に。京都市が管理している土地のうっそうと茂った樹木の剪定について担当者と現地で懇談。迅速な剪定と管理地のゴミの回収を要望。
午後は、5月31日の「デンマーク大使と走ろう!エコサイクリング」の実行委員会。環境省が主催するクールビズのイベントを市役所前でドッキングして開催するということで、環境省の国民生活対策室長やイベントを請け負う電通の関係者も参加して、大きな話になってきた。市役所前でのイベントは、パネルデスカッションも行われ、若い世代に人気のある歌手やクールビズのファッションショー、それに環境大臣も参加するらしい。また国際会館からは、デンマーク大使と知事、市長もサイクリングで市役所前までパレードすることが確定。ぜひご参加ください!
夜は、事務所で第5回「吉田の森」サロン。話題提供は、松ヶ崎は「おじゃこのたけのうち」の竹内功さん。「今どきの食品」と題して、ご自分の百姓の経験やお米の話し、呉服屋に勤めていたときの話、また「おじゃこ」屋さんとして、「じゃこ」や醤油、味の素やグルタミンソーダー、中央市場の話、添加物や化学肥料の怖さ、糖尿病に良い食品、山椒のこと、さらにご自分の家系のことなど、自在なお話で盛り上がる。人生の先達のお話として実に興味深かった。
さて民主党代表選挙のこと、とある新聞記者から電話。岡田さんか鳩山さんか、どっちを支持しますかといわれ、ぼくは菅直人さんや!と答えた。
●5月12日(火)
朝のテレビ報道では早速民主党の後継者問題が浮上し始めた様子。我々自治体議員の声は反映されそうにないな。
午後、左京区役所の移転問題で近接住民のプライバシー保護などの要望に対して担当者との現地での説明に立ち会う。いくつかの課題は前向きに検討、善処されることになったが、もう少し時間が必要かな?その後、部落史研究所などにぼくが発行した冊子「同和行政」を持参。四方山話。それから左京土木事務所にて先日市民相談を受けた側溝の改善やエコサイクリングの対応について要望に。
そして毎年この時期に民主党の党員・サポーターの再登録がされるのだが、電話でお願い。「党員になってもこの間代表選挙に投票できないではないですか!」という声も。今回も国会議員だけで決めるようだし、党内民主主義はどうなってんのんや!されど党員・サポータになってくださいよ!そして代表候補に岡田克也副代表、鳩山由紀夫幹事長の名前が浮上。元首相の吉田茂が祖父の麻生太郎氏、元首相の鳩山一郎が祖父の由紀夫氏、ジャスコの御曹司岡田克也氏、ええしのお坊ちゃんばかりですな。で国会議員による投票は、16日だとか。早く決着をつけるのもええが、党内闘争で有権者を失望させんといてよ!
●5月11日(月)
5月定例市会の始まり。議員会が開催されて議案についての勉強会。まずは総務局と理財局が統合された行財政局から次世代自動車普及促進事業など国の補正予算に関わり、5億7千億円の補正予算の説明。議案としては、地方税法の改正により、住宅ローン控除の拡充やITガバナンスを充実させるために任期付職員の採用など。環境局は環境政策局と名前を変えたが、東部山間埋立地に予定されている焼却灰溶融施設の工事施工が遅れていて、請負契約の変更の議案。この溶融施設、色々と入札から色々と変更されて、順調にいかんな。
総合企画局からは、次期京都市基本計画策定に向けて基本計画審議会の設置の条例、産業観光局の補正予算は、環境モデル都市の認定による森林バイオマス資源活用事業や「知恵と力の博覧会」(具体的なことがようわからん)の開催や雇用対策事業として東京に「きもの京都アンテナショップ」、農業サポート人材対策など。建設局の補正予算は、堀川通にけやきを植樹する事業や西賀茂の市バス車庫と中京区の御射山公園地下の駐輪場設置と市道の認定や廃止、都市計画局は長期優良住宅事業に計画に関わる手数料の改定、保健福祉局からは国民健康保険特別会計の繰上げ充用や児童館設置の議案など。この4月の人事異動があって各局の部長等も変わっていて紹介も。
その後、議員会が開かれて、5月市会で代表質問に立つ山岸、藤川議員から質問要旨の説明や理事から今後の日程などの説明。
そうこうしていると小沢代表が辞任を表明するとの情報。5時から記者会見の様子を同僚議員とテレビで見る。西松建設の献金問題で遂に追い込まれたな。今朝の世論調査でも説明責任を果たしていないと小沢氏への支持率が落ちたのも理由だろう。この間、閉塞感が漂っていたが、さて民主党はどうなるのか。夕方、エコサイクリングの打ち合わせ中にも新聞記者から電話。無念であろうが、ここから民主党はどう再出発するのか、見守りたい、と答えておく。
●5月10日(日)
ええ天気や!吉田氏子講社の春の大祭。地域の氏神さんとして吉田の住民が集う日。午前中、境内の石段で中尾写真館のスタッフと去年の京大正門前での神幸祭の写真の展示を手伝う。森のギャラリーみたいでええ感じや。
昼過ぎ、ハッピに着替えると心の高まりを覚える。近衛中学校の吹奏楽部の演奏が終わると、いざ剣鉾の出番。まずは二本の剣鉾を差すということで、ぼくは扇鉾。中学生の菊池君の次。緊張して天を見上げる。この間練習をしてきたのでエイヤと差し上げて、一歩一歩前に進む。剣鉾保存会の津田会長がマイクを持って市会議員の鈴木さんが差していますと、紹介してくれて、拍手をしてもらっている感じや。鈴がうまくならないし、腰がふらつくし、冷や汗ものだ。でも何とかやり切れたか。空は真っ青で初夏の陽射しが眩しくて差しづらいが、天空の剣先から神さんが降臨したのだ!還暦になって甦るのだ!第四錦林小学校の児童による子供剣鉾も和太鼓も披露されて賑やかな森の鎮守のお祭りだ。
剣鉾を差し終えてほっと一息。近くの須賀神社の神幸祭を見に行く。火災や雨で須賀神社の巡幸は中止が多かったが、6年ぶりか。疏水横の冷泉通に各町内の子ども神輿が13基並んだの壮観だった。新しく作られた「ご鳳輦」(ほうれん)は漆塗りで作られた立派なもの。神輿のように担ぐのではなくて初夏の陽射しが暑い中、学生のアルバイトだと思うが曳いていた。そして剣鉾が3基差されたのも祭りを盛り上げた。ともあれ久しぶりの巡幸、よかったですね。
夕方、山科の前原誠司事務所に。久しぶりの総合選対会議。前原後援会の役員さんや連合京都のメンバー、そして府市会議員が揃う。小沢代表問題やインフルエンザ、不景気と閉塞感のある状況を突破しようと、冒頭に挨拶する。前原議員からは、小沢代表問題について、民主党で5月に世論調査がされることになるのでその結果によるのではないか、また解散・総選挙は、投票日は8月盆前ではないかと予測。いよいよ気を引き締めて、選挙の準備をしないかんぞ!途中で退席して、吉田剣鉾保存会の直会に。無事に剣鉾を差し終えてみんなほっこりした様子。吉田剣鉾保存会が結成されたのは平成5年だった。津田正之会長から色々な苦労話を聞く。それから15年。京都まつりでも披露されたこともあった。鈴を鳴らして差せるには年月がいるし、奥が深いのだ。ぼくは始めたばかり、これからだ!
●5月9日(土)
カナダから帰国した大阪の高校生らが新型インフルエンザの感染しているとのニュース。また保健福祉局からは、同じ飛行機に同乗していた旅行者が京都でも市立病院に搬送、陰性だったというファックス。迅速にかつ冷静な対応がされているようだ。
昼、神楽岡の同級生の家に。豪雨になると吉田山から流れてくる水で浸水するということで、側溝の整備などについて相談ごと。
その後、天気もいいので自転車で九条山を越えて山科へ。蹴上からの坂道もスイスイ登って、事務所からおよそ30分で山科駅へ。民主党2区総支部として政治スクールの案内ビラを配布。自転車で行ったものだから同僚の議員もびっくりしていた。前原議員もマイクを持って街頭演説。さすが時の人や、立ち止まって聞き入る人も多い。帰途はもちろん自転車で九条山を引き返し、京都ホテルまで走る。
設立されてちょうど1年、日韓親善協会の総会に。千玄室会長が日韓文化交流についてのスピーチと決算や事業報告、新年度予算や事業予定などの提案。粛々と議事は進む。民団の団長も金有作さんから王清一さんに交代。竹島(独島)問題について金鐘泌元首相の言葉を引用して「現状を認めて未解決の状態で解決にしておく方法」というマルハンの韓会長のスピーチが印象に残った。ともあれ日韓の市民交流がこれからより大切なのだ。
午後8時過ぎには、吉田神社へ。明日の春の講社大祭に備えて剣鉾の最後の練習。ちょっとビールが入っていたが、エイヤで扇鉾を差す。小学生の児童も練習に来ていてびっくり。明日はぼくの勇姿を披露できるかな?
●5月8日(金)
5月市会定例会の告示、議員会が開催。安井新団長と山岸新理事が張り切っている。理事から今後の日程や理事会報告など。また新型インフルエンザ対策について万全の対策をとるように市会で決議をあげたいということで文案など協議。この市会では、正副議長交代や補正予算やいくつかの議案があるが、紛糾することはなさそう。ところで、今まで京都市会では9月市会は公営企業決算、11月市会は普通決算を審議してきたが、理事からの報告では、財政健全化法の施行で9月市会と11月市会の日程が全面的に見直しをされるとのこと。さてどうなるか。
午後は、後援会の収支報告のこことで府庁に出向いたり、市民派議員レポート春号の発送などをした後、伏見は京阪で淀駅へ、淀川沿いをヒバリの声を聞きながら安井新団長宅に。議員団が全員揃って庭でビールを飲みながらバーベキュー大会。日頃は寡黙な某議員、ビールが入るとえらく饒舌になって舌好調!ご馳走になりました。
●5月7日(木)
午前中、事務所にいると救急車と消防車が走っていく。なにごとかいな、と現場に走ると一人住まいの方の消息が掴めないとのこと、近所の人も駆けつけて見守る中で警察も来て家の中に入って捜索。残念ながら、2,3日前に倒れられていたととのこと。喋ったことはなかったが、時折事務所の前を歩いていておられた方。ご冥福を。
午後、左京区役所の移転・新築問題で市民から要望を受けていたことで、担当者が対策についての考え方を取りまとめたということで説明に。それなりに配慮されたていると了解。
夕方、とある人の紹介で循環型システムをつくる取り組みをしている京町家が事務所になっているアミタへ。代表の熊野英介氏と熱い議論。廃棄物の再資源化や豊かな地域づくりを目指す自然産業創出事業、環境ソリューション事業など様々な持続可能な経済を目指して多彩な事業展開。岡山県西粟倉村の木の里工房や京丹後市での森林の牧場のことなど実践していることを熱く語ってくれた。「森林の牛乳」は最高の美味さ。初対面であったが、久しぶりにインパクトのある人物との出会いだった。循環型社会モデルの実証という夢を京都のとあるところで実現をしたいということ、さてどういう風に道筋を作ろうかな?大きな宿題だ。ともあれ、一度、京丹後市での取り組みを視察に行きたいと思っている。今後ともよろしく。
●5月6日(水)
大型連休の最終日。新型インフルエンザ騒動も一段落かな。
昼前、今にも雨が降りそうだったけれど、まあまあの天気なので大文字山へ。途中、銀閣寺前の「私設図書館」へ。開設はなんと1973年(昭和48年)だ!日本で最初に梅棹エリオ氏らと熱気球イカロスを成功させた田中厚生と奥さんの園子さんが館主。午前9時から深夜12時まで開館している。読書、勉学、思索する人はぜひいちど行かれてみては。
それから、いざ今年4回目の大文字へ。銀閣寺山門から25分。途中、知人に出会うが、最後の階段も休むことなく火床まで30分を切った。どんよりした京都のまちをみながらおにぎりを食べて一服。それから山頂まで20分。雨が降るかなと思いつつ、如意が岳の尾根伝いに、地図は頭の中にあるので、1人山道を下りる。途中、広葉樹などが伐採されて整備されているところがあった、看板が立っているので見ると琵琶湖森林づくり県民税による里山リニュアル事業をしているところだった。そうか滋賀県は森林税を創設していたのか、と感心した。山頂からおよそ1時間半ちょっと、膝も笑うことなく、山科は新緑のきれいな毘沙門堂へ降りた。地下鉄で帰宅。
夜は、吉田神社での剣鉾の練習へ。ぼくより3歳年上の大角さんもがんばり始めた。足の運びがどうもうまくいかないが、新松という7メートルほどの長いのを初めてさせたのが収穫か。こうして大型連休もあっという間に終わった。
●5月5日(水)
どんよりとした天気。昼から事務所に出向いて雑務。市民派議員レポート春号を近況報告として、また冊子「同和行政」や「体験的政策評価論」を全国の知人の議員や友人らに等に送るための発送作業。またメールニュースの原稿書きも。そして合間にパソコンと将棋の勝負をするもなかなか勝てない!先がよめないよ!ボケてきたな。
夜は、吉田神社での剣鉾の練習に行くも雨で中止。残念だ!ドイツから来日して、わが町内に住み京大で外国語を教えているトラウデントさんは、昨年から剣鉾の練習を始めた外国人として初の剣鉾差しだ。彼の出身は京都と姉妹都市のケルン。17,8年前、ケルンにぼくは行ったことがあるが大聖堂が記憶に残る。確か5年ほど先が姉妹都市締結50周年になるのかな?50周年を記念して市民文化交流として剣鉾をケルンで差そう!と話が盛り上がった。
●5月4日(火)
朝、哲学の道にある大豊神社のお祭りに。お旅所から剣鉾を先頭に巡幸が始る。地元をはじめ、吉田や粟田や白川から剣鉾差しのメンバーが結集。3基の剣鉾が東山を背景に南禅寺の前でも天高く差されたのは壮観だ。また以前は、神輿はトラックに乗せられて巡幸したが、数年前から担ぎ手が揃って、勇壮に担がれるようになって活気が出た。祭りはこれでなくては!
午後は、事務所で資料の整理など雑務。パソコンの将棋にハマッテしまって仕事にならない。コンピューターは強いね。カミさんと娘は九州旅行に行ったので、夜は、浄土寺の仙人宅でビールを飲みながらナイター観戦。阪神やっと巨人に勝利!長いトンネルだったよ。
●5月3日(日)
今日は憲法記念日。今年は第25条を記しておく。
「第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」
このことを心に刻んで、議会活動を続けよう、と思う。
昼過ぎ、「つゆ草の会」のチャリティー歌謡祭。共同作業所などへの奉仕活動を続けてこられて21年、歌謡祭は6回目だ。歌姫、北岡ちはる京都府会副議長は、石田宗久府会議員と「カナダへの手紙」を唄うとか。ブラジル移民100周年で昨年ブラジルへ行ったら、本人曰く、タレントの上沼恵美子に間違われたとか。ほんまによう似ているよ。
午後は、吉田神社の境内へ。5月10日の講社大祭に向けて吉田剣鉾保存会の剣鉾の練習が始まる。ぼくは、昨夏から60歳前の手習いで剣鉾の練習を始めたが、なかなかうまくいかん。足の運びも難しいし、5メートルほどの長さの長柄の棒の先にある剣先、まねきを天に向けて差し上げ、鈴を鳴らしながら歩くのだが、年期がいる。中学生もがんばっているので、負けじとやるが、冷や汗をかく。上空に虹が架かっていた。
●5月2日(土)
なんとなく気だるい1日。ちょっとバテ気味かな。午後、三条京阪で民主党2区総支部の街頭行動があったがサボる。家でプロ野球を見ながら夕方までぼーとしていた。それにしても阪神は巨人に勝てんな。楽天は調子よく野村監督、絶口調や!
夕方、まちにでる。東九条に先日開設された特別養護老人ホーム「故郷の家」の建設に向けて苦労した面々でささやかに祝杯を交わす。とある縁で計画のときから関わっていたが、始まりは2004年のことだった。紆余曲折あったが、伊理事長のパワーと韓国民団の応援もあり、スタッフも色々な手続きなどほんまにがんばった。ごくろうさんでした。日韓交流の拠点になることを願っている。
●5月1日(金)
朝、ラポール京都で連合京都主催の第80回京都中央メーデーの式典。過日の植物園での集会は雨で寒かったのが残念。300人ほどの参加者で民主党の府市会議員が壇上に座る。京都府市の担当の部長等が来賓挨拶。「笑顔あふれる社会へ STOP格差社会」をスローガンにしたメーデー宣言が読み上げられ確認されて団結ガンバローコール。
午後は、歯医者に行ったり、デジタル放送化で電波が入りにくいとの相談や京都市が管理している公園敷地の樹木の剪定の事など相談ごと。またエコサイクリングのことで宝が池の公園事務所や国際会館の事務局長に挨拶に行ったりでウロウロ。
また百万遍で民主党2区総支部として前原議員を先頭に府市会議員が揃って政治スクールのビラ撒きと街頭での訴え。夜はサイクリング協会のメンバー等とエコサイクリングの人員確保のこどなどで打ち合わせ。明日から大型連休や。
●4月30日(木)
昼、知人に誘われて先斗町は歌舞練場に「鴨川をどり」の前日祭を見に行く。先斗町の歌舞練場に行くのは加藤登紀子さんの最初の「ほろ酔いコンサート」以来かな。鴨川の風が気持ちいい。舞台は、華やかな着物姿の芸妓さんたちが女歌舞伎をテーマにした新作舞踊劇「艶競べ女歌舞伎」と「京都四季ごよみ」の2部作。フィナーレは、アヤメを手にした舞妓さんらの踊りで舞台はさらに華やかに。今年の春までHKKの朝ドラの「だんだん」には「都をどり」が紹介されていたと思うが、ぼくも京都に生まれ住みながら行くことがなかったな。「鴨川をどり」は5月24日まで開催、普通席は2000円、予約が必要かな。京都の初夏の情緒をぜひ味わってください。
夜は、とある友人と愚息と3人で一献。これからの人生どう歩むのかな。帰途、ジャズ喫茶「YAMATOYA」にも立ち寄る。開店して35年ぐらいかな?
作家の五木寛之さんもよく行ってお店。
●4月29日(水)
好天の休日。今日は雲ケ畑の志明院の春の大祭の日や。去年は車で行ったが、思い立って午前11時過ぎ、ママチャリ自転車でサイクリングだ。柊野まで鴨川を北上。市原バイパスのところまでは順調に走ったが、さらに源流に向かってそこからちょっと勾配がきつくなる。ところどころにある産業廃棄物業者の施設が沿道にあり気分が悪いね。汗をかきながらエッチラオッチラ、新緑をみながらペダルをこぐ。京都バスの終点から志明院への最後の道は、押して行く。家からおよそ15キロぐらいかな、2時間でようやく鴨川の源流にある岩屋山志明院に着く。新緑と石楠花が綺麗。住職は田中真澄さん。行者さんらが護摩木を燃やし、その燃え尽きた護摩木の炭の上を歩く火渡りの行事。参拝者に混じって昨年同様ぼくも靴下を脱いで歩いた。これで無病息災だ!
暫し庵で休憩して、帰りは下り坂、ママチャリでもスピード満点。初夏の風だが冷たい。そして大岩から夜泣峠を越えることを決意。山岳部時代に北山はよく歩いたから地図は頭の記憶にある。最初は林道でママチャリをぼちぼち押しながら歩いたが、峠の手前はキツカッタ。息も絶え絶え、ちょっと無謀かなと思いつつ峠に着いたら、新緑も最高でウグイスが鳴いていた。タバコが美味かった。北山を歩いた?のは何十年ぶりだったろうか。他のハイキンググループに出くわしたが自転車で行ったものだから驚いていたよ。峠から慎重にママチャリを押しながら二の瀬に下りる。帰途は市原、岩倉経由、およそ40分。5時過ぎには無事に帰宅できた。ビールが美味かった!
●4月28日(火)
昼過ぎ、議員団室へ。20年度分の政務調査費の収支報告書を提出。ほっと一息やな。
夕方、わがホームグランドの京大会館で「鈴木マサホ・春の市政懇談会」。京都府議会副議長の北岡ちはる府会議員もゲストで駆けつけてくれて新型インフルエンザの京都府の取り組みなど府政報告、また東京から帰京したばかりの前原議員は、忙しい中、駆けつけてくれて、解散・総選挙や景気対策、そして小沢代表問題など国政報告。そして、ぼくは門川市政2年目を迎えて、未来まちづくりプランのこと、新型インフルエンザ対策のこと、定額給付金のこと、同和行政のこと、財政問題など京都市政の課題や左京区役所移転問題などを報告。色々とご意見もお聞きする。
そして友人の紹介で特別ゲストは、落語家の桂福車さん。郵便局勤務の経験者で、師匠は桂福団次。冒頭に社会派ネタを披露して会場を沸かし、早速ぼくが出版した冊子「同和行政」にも触れて人権問題についてもマジにお喋りをしてくれて、そしてサイコロ博打のことを題材にした愉快な「看板のピン」を演じてもらう。労働組合や食品問題、教育問題などのネタもあるという。おもろいで!出席していただいた方は60人。女性映画監督の山崎博子さんも大阪から来てくれたし、最高齢の方は89歳。カクシャクとしておられた。和気あいあいとしながら駐輪場の設置のことや高齢者医療のこと、障害者福祉のこと、市民参加のこと、屋外広告物や新景観政策への注文など宿題もいただく。ご参加いただいたみなさん、ありがとう!
●4月27日(月)
メキシコで発生した豚インフルエンザがメキシコでは死者100人を超えたという報道。米国やカナダでも感染者が出現し、米国では緊急非常事態宣言が出された。鳥インフルエンザの恐ろしさは、京都市会でも議員研修会で聞いたし、委員会でも対策について質疑をしたこともあるが、日本にもどういう影響が及ぶのか、京都市でも早速対策室を設置するとファックスが流れてきた。冷静な対応が必要だろう。
心の病のことでちょっと気が重い相談ごと1件。関係者に当たってみたいが対処はしにくいな。それから、この4月に赴任された鴨沂高校の山岸副校長先生が来所。社団法人京都鴨沂会の高校生への奨学金制度のことや学校評議委員に就任の承諾書を手渡し、同窓会長として同窓会の役割やわが高校時代のことや現状について四方山話。
そして明日提出予定の政務調査費の再点検をして、書類を仕上げる作業や明日の「鈴木マサホ・春の市政懇談会」の参加者のリストを作ったりレジメを書いたりで右往左往。
●4月26日(日)
雨のメーデー、第80回京都中央メーデーは、昨年から京都府立植物園で開催されることになった。自転車で行こうと思っていたら雨、寒いよ。会場の植物園の広場には傘をさした組合員が結集。来賓は山田知事、門川市長、山井民主党京都府連会長、「笑顔あふれる社会へ、STOP
THE 格差社会、労働・平和・人権・環境・共生に取り組み、労働を中心とする福祉型社会をつくろう!」がメーデー宣言。なにしろ寒いよ!地元北大路商店街方も挨拶され、抽選会も。雨のメーデーは意気上らず。されどご苦労さん!
ちょっと時間があったので下鴨の散髪屋「チョキチョキ」へ、同志社総合政策学科の山谷教授も常連さんでバッタリ、暫し大学院の現状など喋る。冊子「体験的政策評価論」を送ろう。
そして昼は、民主党京都府連の常任幹事会。先月の常任幹事会は、下京区の補欠選挙直後だったので、出席せず。春の嵐も過ぎ去ったので、今回は出席。前原議員から、国会情勢についての報告。解散総選挙はいつになるのか、補正予算が通過する5月中旬がひとつの目途と予想、また小沢代表辞任問題については、微妙だな。早く辞任したらええのに!各委員会の報告があり、山井会長からは下京区の補欠選挙の総括案が示される。色々と混迷したが、短時間で連合のみなさんを中心によくがんばったという総括。みなさんご苦労さんでしたね、「今回のことを教訓に」、と一言ぼくは発言しておいた。
午後は、「チェルノブイリ23周年・京都の集い」。チェルノブイリ原発で事故が起こったのは1986年、87年に初当選した1期目は、原発事故の防災計画のことでよく質問をしたものだ。冒頭にドキュメントビデオ「サクリファイス・犠牲」が上映された。事故当時、消火活動や石棺の建設作業に当たったリクビダートルといわれる事故処理作業員の当時の生々しい映像と、放射能汚染によって、その後、肉体と精神が壊れ行く姿を家族や当事者のインタビューのビデオ。衝撃的な映像だった。作業に当たった人々は80万人といわれ、自殺者は1万人を超えるという。精神科医でノンフイクション作家の野田正彰さんが「今苦しむ人を決して忘れずに」と題して、キエフで診察されてきた事例を紹介しながらの講演。敦賀原発から大阪万博に電気を送ったのは1970年だから40年経つ。老朽化した原発が事故になったらどうするのか、50数基の原発が今日本では稼動しているのだ。
●4月25日(土)
午前7時過ぎにパレスサイドホテルに。鴨沂高校の先輩の庄司さんが主宰されている毎月一回の朝の勉強会「国益研究会」に参加。朝寝坊のぼくはつらいが、今朝はぼくが報告者ということで遅刻は出来ない。参加者が3分間スピーチのあと、ぼくが「京都市政四方山話」と題して、平成の時代のこの20年間の京都市政の移り変わりから始まって、門川市政のこの1年、予算書を示しながら財政問題や同和行政、新景観政策、定額給付金のことなど報告。古都税のことや市政協力委員のあり方や地下鉄のこと、ごみの有料化問題など参加者のご意見をお聞きし10時過ぎまで議論。
そして11時からは同じ会場で日韓親善協会の理事会。昨年再結成されてほぼ1年、理事長の二之湯参議院議員の進行で決算や事業報告、また新年度の予算と事業計画が承認される。この5月9日が総会だ。韓国民団の団長さんも金有作さんから王清一さんに代わられた。今後も日韓友好のためにぼくもがんばるよ。
午後は、事務所にて「さくらんぼの会」という高齢者のための介護予防の会。折り紙や歌を唄って健やかに老後を送ってほしいものだ。
夜はまちなかの錦水館に、店主は同世代の友人の田村精太郎君。同志社大学文学部文化学科文化史の竹田聴州ゼミと民俗学研究会のメンバーの恒例の同窓会。ぼくは竹田ゼミにも民研にも属していなかったが、キューバに一緒に行った渡辺、ぼくの選挙用のポスターを撮影してくれる音喜多、そしてラジオ関西でがんばっている田下ら1968年に入学した悪友たちがいる。15人ほどが集まりワイワイ。出会ったのはもう40年前や!元気でがんばろう!
●4月24日(金)
事務所への来客は元古代学研究会で現在は京都府立大学の文学部特任教授 の考古学者、堀内明博氏。この春『日本古代都市史研究--古代王権の展開と変容--』を刊行したという。話題は、伏見くらし考研究会を立ち上げて、伏見の文化を再発見し、文化の活性化を図るために、歴史や文化財、もちろんお酒のことなど文化講座やワークショップを開こうという企画。面白そうやないですか。色々と行政との協力関係のことなどアドバイスをする。がんばってや!
もう一組の来客はグリーンアクションのアイリーンスミスと中央市場で働いている高野君。青森県は六ヶ所村にある核燃料再処理工場から排出される放射性物質から食の安全・安心を守る為に、放射能大気・海洋放出規制法の制定を求める意見書の提出を求める請願をこの5月市会に出すということで文面が出来上がったのでアドバイスをする。また市会の各会派への説明の方法や日程などを説明。ぼくは紹介議員になるよ。
夜は、福祉工房P&Pの伏見作業所へ。新しく理事になってもらうメンバーが参加して現状や今後の運営について懇談。大手筋界隈は活気があるな。
●4月23日(木)
朝から事務所にこもってひたすら20年度分の政務調査費の支出の報告書づくり。18年度分の支出について住民監査請求の結果や市会改革委員会での議論や他都市の議会の判例など参考に市民に理解してもらえるように、また目的外支出がないかどうかを点検したり、今までは5万円以上の領収書類の提出が義務付けられていたが今回から全ての領収書を支出調査書に添付することになった。政治活動と政務調査活動との按分も必要になり煩雑な作業。エクセルに打ち込みをして依託調査費、事務所費、通信運搬費、資料作成費、調査旅費、人件費、広報広聴費などの項目ごとにパソコンに向かってエクセルに打ち込みの作業。算盤の時代だったらたいへんだったろう。1日かかってなんとか目途をつける。疲れたよ。
●4月22日(水)
午前中、幡新守也さんが昨年5月に亡くなったということを知って、下鴨は高野川の西にある幡新さんの庵を訪ねる。幡新さんは、かって京都市長選挙にも立候補されたことがあり、「知命」という冊子に世の中を憂いて寄稿されていた。7、8年ほど前から、たまに庵を訪ねてお話を伺っていた。仙人の風貌で、官僚政治の腐敗など鋭く批判されていた。線香をあげて奥さんと暫し思い出話。心よりご冥福をお祈りいたします。
午後は京都府庁へ。京都府教育庁の建物を尋ねて田原教育長と面会。社団法人京都鴨沂会の高校生の奨学生制度の説明や鴨沂高校同窓会長として鴨沂高校の現状や今後の展望、また京都の高校制度などについて色々と懇談。同世代なので親しみがある。今後ともよろしく頼みますよ!
その後、京都サイクリング協会の会長と理事長と5月31日に企画しているデンマーク大使と走るエコサイクリングのコースの人員配置など打ち合わせ。7、80人のボランティアスタッフの手伝いが必要なのかな。参加申し込みはここをクリックしてね。
夕方は、京響音楽家組合、埋蔵文化財研究所、ユース協会ら自治労傘下の市役所関連労組のみなさんの交流会。京響は財団に移管されることになったし、埋文研は財政的に厳しいし、ユース協会は指定管理者制度の導入で四苦八苦している。それぞれが公共サービスに必要な事業であり、大事なメンバーだ。
色々と現状報告などがある。
●4月21日(火)
わが家から徒歩で3分、事務所に入るのは毎朝9時。メールのチェックをして、雑務。電話応対したり、この間送られてきた行政資料を読んだりでして時間がすぐ過ぎる。来客があったり、出かけていったり。委員会など市会のある日は9時30分ごろ出る。雨の日や市内をウロウロするときは車で行くこともあるが、自転車で10分もあれば市役所に着くし、疏水べりや鴨川の河川敷を歩いても30分。二条や丸太町の橋から見る鴨川を見ると心が和むよ。いい季節だね。
午後、事務所への来客は大原の簡易水道の京都市への移管のことや公共下水道敷設のことで相談ごと一件。夕方は、民主・リベラル京都労組懇談会の春季研修会。前原議員と福山議員が講演。さて解散総選挙はどうなるのか、小沢代表問題はどうなるのか。注目だな。
●4月20日(月)
午前中、地元を市民派議員レポートの配布。歩くのがいいよ。日伊会館の地下にあるルームマーケット内のギャラリーを覘くと中国は上海出身の高潔君の「恒河少年―アジア悠久を流れて」と題した写真展。インドやネパール、ベトナムなどアジアの人々の活き活きとした生活ぶりが写されている。ぼくは韓国と台湾に行ったことはあるが、アジアを旅したことがないのだ。行って見たいな。
また、先日、鶴見俊輔先生のNHKでの対話番組でチラッと映っていたが、インタビュアーの黒川創氏の編集グループ「SURE」も泉殿町にある。妹の北沢街子さんがいたので暫し喋る。その近くには、金平糖で有名な緑寿庵清水やわが同級生で、テレビ化もされた料理屋「梁山泊」も直ぐ近く。いつかわが地元の吉田のマップをつくりたいね。
午後は、議員団室で産業観光局の農林振興室のメンバーとふるさと雇用再生特別事業について説明を受けて懇談。雇用対策として色々と取り組みが進んでいるが、間伐などの森林整備事業や松くい虫対策などにも雇用対策として実施される。それらのことを聞き、また里山対策や八丁平の鹿害のことなども話題に。
●4月19日(日)
快晴の日曜日、午後、西陣織物会館に「京都・今出川通りにLRTの実現を推進する会」の総会と「京都・今出川通へのLRT導入をめざして」という報告書が出来たのでその説明と報告会。冒頭に、会長で元市会議員の国枝克一郎さんがこの間の取り組みなどについて報告。そしてこの4月に京都市副市長に就任された由木文彦氏が「国内におけるLRTの動向についてー路面電車からLRTへ」と題して講演。さすが、元国交省の都市計画課長であっただけに、富山市などの各地の取り組み状況やLRTの意義や国のLRTの総合整備事業の概要や国の支援について詳しいのはもちろんだが、「国のLRT導入補助は今後も拡充される。LRTは金の卵で、ふ化すべき時にふ化するよう温めていくべきだ」とえらく前向きな発言。その後、遠山事務局長が報告。東から京大、同志社、立命を繋ぎ、また吉田神社、下鴨神社、北野神社と社寺がある今出川通を銀閣寺前から等持院までの区間、6・3キロの運行を計画、工事費の見積もりなども積算、車両のデザインまでかなり具体的な提案となっている。概要版もできた。ぜひ参考に読んでみてください。ぼくは、バスでの交通社会実験にも参加したし、昨年行われた意見交換会にも出席するなどしたが、今後も積極的に推進したい。実現する会のホームページには今出川通を颯爽と走る次世代型路面電車LRTが載っている。ぜひアクセスしてみてください。
●4 月18日(土)
午前10時前、岡崎の京都市動物園に。類人猿舎が新しくなって「4人」のチンパンジーのお披露目式。 昨年4月から京都大学との連携が始まり、今回「チンパンジー・サンクチュアリ・宇土」から男性1人、女性3人が京都に来たのだ。松本京大総長やゴリラの研究で有名な山極氏、保育園園児らが見守る中での式。10メートル近い「プリズムタワー」で早速遊び始めていた。野生動物の保全と環境教育、研究に大きな成果が上がることを楽しみにしている。ぜひ見に行ってください!
その後「みやこめっせ」での市役所退職者の会である「春秋会」の文化サークル記念作品展を覘く。絵画サークルはぼくの弟のヨメさんが指導しているのだ。書道や能面、写真などが点字。あの人、こんな趣味を持っているのかと、ちょっとびっくり。
昼前、韓国茶道協会京都支部5周年記念の会に。伊道心さんが支部長。とある人の紹介で、ぼくは伊さんには数年前に出会っている。地道な取り組みで日韓文化交流を続けられてきた。挨拶をする。ぼくのカミさんも「冬ソナ」から始まった韓流ブームにハマってからか、習いに行っているのだ。ゆっくりしてお手前をいただきたかったが、時間がなくて残念。
午後は、社団法人京都鴨沂会の評議委員会。府一や鴨沂高校の諸先輩が評議員。八木会長が議長となって、会計報告や事業報告、今後の活動方針や予算が説明されて承認。総会は5月中旬。それから、同志社は今出川キャンパスに。総合政策科学研究科の同窓会「総政会」の役員会。今後の日程や会誌 の編集方針など決める。
夕方は、「きょうと教組」の組合員で今年退職した教員のご苦労さん会。小学校、中学校、高校とずーと一緒で、結婚式の司会をぼくがしたコッケちゃんが定年退職。感慨無量?だな。ようがんばってきたよ!
それから福祉工房P&P西京極作業所の新職員の歓迎会。新年度を迎えて素晴らしいスタッフが揃って喜んでいる。朝から動き回ってちょっと疲れていたが二次会も付き合う。作業所の運営は色々とたいへんだけれど、がんばってね!
●4月17日(金)
午前中から昼過ぎまで、市民派議員レポート春号を地元を配布。知り合いに出会うと色々と話も弾む。一石二鳥のええ運動になる。
午後、議員団室で、保健福祉局の年金の担当者と宇治市在住の友人の被爆者と懇談。京都市では、原爆被爆者健康手帳所持者には、国民健康保険と京都府後期高齢者医療制度については、所得に応じて減額措置がされている。国保の減額は、府内で京都、宮津、亀岡、向日市、長岡京、大山崎だけという。宇治市はやってないのだ。後期高齢者医療の減額は京都府だけだという。わが親父は、ヒロシマで被爆しているが、後期高齢者医療の保険料がどうなっているのか、聞いてみないと。
夕方、あったかサポートと福祉工房P&Pのメンバーが集まり、NPO法人としていかにネットワークを広げるのか協議。大学時代からの友人のメンバーの1人は、社会保険労務士で歌人で、同志社ベ平連の立ち上げのときの仲間だが、北海道へ引っ越すとのこと。元気でね!
●4月16日(木)
午前中、某小学校の校長と発達障害児のバックアップ体制について懇談。午後は、5月31日のエコ・サイクリングの実行委員会。サイクリング協会や京都市、京都府、KBS京都、国際会館や各関係団体にメンバーが集まり協議。かなり煮詰まってきたかな。当日は、10時前に市役所前で出発式。午後は市役所前で色々なイベントが行われ、午後4時前に国際会館からデンマーク大使、知事、市長らが参加者と市役所に向けて疾走する!申し込みをよろしく。
夕方、事務所で、わが応援団のみなさんと「春の市政懇談会」開催や5月17日に予定している静原での野外懇談会のことの打ち合わせなど。そして京都市政に関して、水族館のこと、また定額給付金の手続きのことなど、色々な質問が。定額給付金、僕自身は、受け取るかどうか、悩んでいるよ。
●4月15日(水)
新年度になって2回目の常任委員会、教育福祉委員会が開催。冒頭、津田委員長から請願の取り扱いについて、共産党の議員が紹介議員になっている 妊婦検診の充実、プール制への補助金削減の撤回、国民健康保険料の値上げ撤回など、いずれも新年度予算が可決されたことで「審議未了」ということで了承。地域安心生活支援員制度の創設や向島地区での敬老乗車証の使用区間拡大については、理事者から請願の趣旨と京都市の取り組み状況について説明の後、質疑があったが、いずれも留保。一般質問では、わが議員団のホープ、中野議員が、ユニバーサルデザイン条例が外国語で分りにくい点について質疑。その後は、共産党の議員が、次から次へと市立看護短大問題や介護保険や国民健康保険、後期高齢者医療制度、保育行政について延々と議論。
ぼくは、京都市立看護短期大学が仏教大学で4年制として移行する問題で資料も出たので 質疑をしたかったが、次回にすることに。問題は、議会も含めて、いかに関係者と協議がされていったのか、政策決定される過程がいささか拙速だと思っているのだ。次の委員会でも質疑をしたい。5時前に近くになって教育委員会との質疑が始まる。共産党の議員がハッスル、ハッスル。就学援助制度の周知や学力テスト、35人学級、給食調理の民間委託のことで質疑。いやはや座っているだけで疲れたよ。
夕方、京都サイクリング協会の会長と宝ヶ池公園に。5月31日のエコサイクリングのコースの下見。国際会館から勾配の急な狐坂あたりをどう通過させるかが課題やな。
●4月14日(火)
久しぶりの春雨じゃー。久しぶりの二日酔い。市民派議員レポートの追加分を地元の吉田郵便局で発送。若い中川局長は、吉田剣鉾の仲間で色々と世話をしてくれている。郵政民営化になってたいへんみたい。
午後、左京土木事務所に。市民から色々とドブ板相談をうけていた諸々の懸案事項について所長と懇談。とある箇所の用水路の側溝の整備とガードレールの改修、また水はけの悪い市道認定道路の雨水枡の設置、また長年の市原野の住民の要望事項である鞍馬街道のとあるところの道路拡幅に向けての進捗状況、ようやく土地の買収にかかり、2年先には目途がつきそう。また地元の道路で通行量がそれなりに多いのにも関わらず認定道路ではなくて、私道になっているので2,3年にいちど簡易舗装材を掘り込んでいるところの舗装についての助成についてなど懇談。
夕方、事務所でメールニュース4月号の送付の作業。そして明日の教育福祉委員会の資料読みなど。
●4月13日(月)
初夏の陽射し、暑いよ。監査請求を受けている政務調査費のことで書類の提出や議員団室で資料の整理など。またNPO法人「あったかサポート」のメンバーが出前講座のことで教育委員会の担当者と懇談。
夜、愚息、穂人と久しぶりに飲む。32歳になったのだ。大学の学部を出てから、大学院に入りなおして3年、苦節?10年近いのか、とある試験に奇跡的に合格して現在奈良で研修中、11月にもうひとつ試験があるようだが、その後、東京で就職するという。業界のことやこれからの人生について色々と語る。たまには息子と一献傾けるのもいいものだ!
閑話休題、この際、愚息の名前をつけた由来を書いておこう。正穂の「穂」に「人」と書いて「ほひと」と呼ぶが、トルキンの「ホビットの冒険」と「指輪物語」をご存知だと思うが、その名前は、わが青春時代に岩国にあった反戦喫茶「ほびっと」から命名した。娘の名前は「奈々」だが、「ほびっと」の仲間の児童文学作家の岩瀬成子さんが「ほびっと」を舞台にしたデビュー作「朝はだんだん見えてくる」の主人公、「奈々」からもらった。
帰途、ブラブラ春風に吹かれながら歩いていたら、仕事帰りの環境職の若い友人に出会い、また一献。飲み過ぎた!
●4月12日(日)
わが親父、鈴木正武の誕生日は4月16日だが、今日は日曜日ということで昼過ぎ兄弟らが集まりわが家で「卒寿」のお祝。90歳。1919年、大正8年の生まれ。学徒動員のときヒロシマで被爆。戦後、京都大学図書館に奉職。広島大学や山口大学にも転勤し、京大退職後は、京都学園大学でお世話にもなっていた。クラシックや読書が趣味で、ガサツなぼくとはえらく違う。退職後は絵を描いていたこともあった。小さな頃、我が家にロンという雑種犬がいて、その後、コリー犬のチボーもいた。バイオリニストのロン・チボーから名付けたらしい。父は、歯も丈夫で入れ歯はなし。70歳代に入院したこともあったが、近年は風邪で寝込むこともあるが、たまに散歩に行くし元気だ。小学校6年だったか、剣岳・立山に登ったのが一番記憶に残っているかな。次は「白寿」を目指すかな。母はサホ。大正15年の生まれ、ちょっと耳が遠くなってきているが、元気。今もライトハウスの点訳や民話の語り部をしているようだ。
午後、京都市美術館の南画院展に。墨で描かれた風景や人物などに多くの作品に圧倒される。前の事務所のメタボ岡崎の前の部屋が南画院の事務所だったので町田理事長さんらと親しくなってお付き合いいただいている。桜が散り始めた疏水には十石舟が行き来して風情がある。
夜NHKテレビで「哲学者鶴見俊輔―戦後日本 人民の記憶」を見る。生い立ちからアメリカ留学時代、「思想の科学」の発刊、ベ平連と反戦脱走兵援助、小田実さんのこと、9条の会、そして「もうろく」のことなど。聞き手は故北沢恒彦さんの子息、作家の黒川創。鶴見先生は86歳か。同志社にぼくが入学したのは1968年だったが、鶴見研究室によく出入していて、色々と学んだ不肖の弟子の1人か?!反戦脱走米兵とも行動をともにしたこともあった。わが地元の近衛でポールことダニエル・デニスが逮捕され川端署で抗議行動をしたのは1969年5月だったな。あれから40年。鶴見先生お元気で。ええ番組やった。ビデオをとった人がいたら送ってください。
●4月11日(土)
午前中、社団法人京都鴨沂会の監査。ぼくは監事ということで、事業監査。昼から理事会。諸般の報告や来週の評議員会に向けての準備など。過日ホームページも立ち上がった。京都鴨沂会は鴨沂会館での様々な文化教室を開催、貸館事業として色々な合唱団などが利用されている。また教養講座として講演会も続けてきているし、5月には設立100周年記念総会がある。深見茂祇園祭山鉾連合会理事長の記念講演がある。高校生への奨学金制度も作って現在奨学生を募集中。
社団法人京都鴨沂会が設立されたのは、なんと明治20年、1887年のこと。前身は明治5年に開校したわが国最初の公立女学校「新英学校及び女紅場」で、明治9年には「京都府立女学校」、大正12年に「京都府立第一高等女学校」と改称された。戦後、昭和23年に学制改革により京都府立鴨沂高校になった。諸先輩が築いて来られた歴史と伝統のある京都鴨沂会のこれからの発展に寄与したいと思っている。詳細は、ここをクリックしてください。
帰途、障害者の作業所などを運営している新明塾のみなさんが、東山通新門前に「彩ギャラリー」を開設。「ひとりひとりの光の響き」展の藤橋貴之色鉛筆画の世界に引きこまれる。細密なヨーロッパの絵が素晴らしい。塾長の松村夫妻と懇談。
夕方、事務所で雑務。夜、テレビで阪神・巨人戦。昨夜はアニキ金本選手が3本ホームランを打ったが負けて今日もアカン。昨シーズン以来9連敗だとか。こら今年もあかんなあ。
●4月10日(金)
4月は入学式の季節。第四錦林小学校、近衛中学校、鴨沂高校と出席して今日は吉田幼稚園の新しい園舎での初めての入園式。若いパパとママがカメラを持って華やかな雰囲気。吉田神社の澤井宮司さんや金桝園長がご挨拶。各組の担任の先生が新入園児を点呼すると小さな手を恥ずかしそうに挙げる園児たち。可愛いよ!来賓ということで挨拶。聴いてくれるかな、と心配だったけれど節分の鬼の話をしたら、ざわついた子どもたちも静かに聞き入ってくれたかな?「今日から幼稚園」の歌を在園児が79人の新入園児たちに歌って閉会。桜満開の入学式でした。
午後1時から議員会。新団長の安井勉議員の進行で開会。市会事務局と総務局議会担当の職員で4月の人事異動で転出した課長、係長らが一言づつ挨拶。民主の会派の担当だった竹田君には、特に感謝!そして新任のメンバーが紹介。みなさんよろしく!新理事になった山岸議員が、理事懇談会の報告。今後の議員団の運営や今後の日程などについて協議。
夕方、先月急逝された給食調理員で学給労の組合の役員もされていた萩崎さん宅を弔問。学校で倒れられたとのこと、心よりご冥福をお祈りいたします。
●4月9日(木)
京都府立鴨沂高校の入学式。同窓会会長として来賓席に座る。新入生は5クラス183人。制服はない。卒業式のときはド派手な服装の生徒もいたが、さすが新入生、おとなしい服装。茶バツの女子生徒が3人ほど。桶谷校長から入学許可が宣言されて、校長式辞の後、新入生代表の女子生徒が規則に従いと宣誓。担任らの教員紹介があり粛々と式が終わって、2部では在校生の生徒自治会の女子生徒が歓迎の言葉を述べてみんなでスクールソングを披露。「波ひかる鴨の河原辺、陽は踊り風もうららか 鳴り響く鐘の調べに若き日の血汐なみうつ、ああ母校鴨沂の園にあまたたび鐘鳴り渡る」もぼくは唄えた。みんな勉強しないかんよ!ぼくのときは普通科と商業科14クラスだった。そして校門の桜の前で新入生のクラス写真を見ていて微笑ましい。
午後は、事務所に保証協会の融資のことや消えた年金と還付金のことなど相談ごとで来客多し。また冊子や議員レポートの発送作業も。
●4月8日(水)
新年度最初の京都市会常任委員会教育福祉委員会が開催。ことしぼくはこの委員会に所属。まずは保健福祉局。浅野局長から各部長ら理事者の紹介と事務事業について概要説明。児童・高齢者・障害者の福祉に、医療、保健、衛生と分野が広い。それから京都市立看護短期大学が仏教大学との協力により4年生大学になるという取り組みの報告。
これは大きな問題になる、と思っていた。というのも予算市会では、仏教大学との連携や廃止のことは一切答弁がなかったが、それが2週間後に市長から発表されたのだから、共産党の議員らが怒るのは無理もない。議会軽視と言われて当然だろう。ぼくも挙手して、市立看護短大の現状や市内の看護学校の実態などの資料を提出を要求し、他大学との協力・連携は良としても、いささかの苦言を呈す。今後様々なことが委員会で論議されることになるだろう。
教育委員会からは、教育委員と委員会の各部長等理事者紹介と事務事業概要について説明。部長級等50歳前後の若手が多くなった感じだな。一般質問は来週の委員会から。昼過ぎに閉会。
午後、COP15サイクリングツアー京都大会の第2回実行委員会。ここにきて京都での日程が固まってきた。京都サイクリング協会とKBS京都事業部が主になって事務局・運営を担い京都市や京都府が協力して参加者の募集が始まることになる。ぜひご参加ください。
●4月7日(火)
今日はわが母校地元の近衛中学校の入学式。市内の中学校で唯一制服のない中学校。錦林、北白川、四錦、新洞小学校が校区。4クラス119人が新入生。ぼくのときはなんと17クラスで、プレハブ校舎ですし詰め状態。思いやりの心を大切にと大津校長が式辞。近衛中学校の校歌は、「静かなる森のこだま返りて日々新たなる文化競うよ、幸多く夢ぞ若やぐちまた、学の町吉田、建つは母校」。まだ唄えるよ。学校の目標は、自主・自律。桜満開の校庭で新入生たちがクラスごとに記念写真。
昼前、青森県は六ヶ所村核燃料再処理工場の放射性物質の放出を危惧して、食の安全を考えているアイリーン・スミスさんと青年ら来所。京都市会として意見書の提出に向けて請願活動等を行いたいと相談に。今後の市会の日程などをアドバイス。午後は、マンションの給水槽の改善の市民相談や市立病院の事業改革プランの説明など担当者ら来客多し。
夜は、吉田神社へ。吉田剣鉾保存会の剣鉾の練習の始まり。今年は扇鉾というのが新しく作られてお披露目。境内にライトが照らされ、上空には十三夜の綺麗なお月さんの光に照らされて鉾先が輝く。足の運びの練習から始めていよいよ半年振りに夜空に差す。久しぶりの感触で真が取れないよ。冷や汗が出る。5月10日の講社大祭までがんばって練習しよう。
●4月6日(月)
午前中、第四錦林小学校の入学式、校門の桜も満開!ピカピカの一年生、男子28名女子28名が入学。中島校長の式辞。地元の山田栄一吉田自治連会長らが祝辞。在校生がピアニカの演奏などで迎えの言葉。四錦は、わが母校。ぼくが入学したのは、1956年(昭和31年)、ベビーブームの世代で7クラス。400人近かったのではないかな。「如意を登りて朝日かげ、わが学び舎にかがよえば」という校歌は辛うじて歌えた。
午後は、NPO法人あったかサポートの笹尾事務局長が来所。社会保険労務士や弁護士など色々な職種の人がメンバーで「働く前に知っておきたい基礎知識」と題する冊子を最近発行。労働基準法、労災・雇用保険法、また公的年金問題など詳しい。高校などに出向き出前講座なども始めている。ぼくも会員の1人。今後の活動について相談。ニートやフリーターなど若者たちが多くなってきたいるとき、あったかサポートの役割は大きいと思う。
●4月5日(日)
春爛漫!昨日の雨もあがり絶好の花見日和。宗忠神社から東山を背景に見る真如堂の桜は見事。10時から哲学の道は大豊神社の御旅所で、哲学の道・散策の集いのセレモニー。地元の保勝会のみなさんらが集まる。今年で36回目、ちょうど8分咲きぐらい。ええタイミングでした。山内新区長もメモを見ながら挨拶。春うらら、観光客でごった返しているので哲学する静寂さはないが、銀閣寺近くの弥勒院で女性会のお茶席で区長等と一服。
ぶらぶら散策しながら先日火災のあった橋本関雪ゆかりの白沙山荘に火事見舞い。そして友人の木彫りの店に立ち寄り、桜満開の第二疏水べりを散策。高野川では、わが友人等の花見大会でビールを飲んで一杯機嫌。久しぶりに清水達也氏と会えてよかった!
夕方、事務所で雑務をして帰宅したら、テレビでは北朝鮮のミサイル発射のニュース。人工衛星は飛ばなかったらしく、また日本列島にも落下物もなく、迎撃ミサイルの発射もなく、なんとなく大山鳴動、平穏に過ぎてよかったと安堵。
●4月4日(土)
午前11時に南区は東九条の社会福祉法人「こころの家族」の「故郷の家」の竣工・開設記念式に。とある縁で伊(田内)基理事長と出会ったのは5年前だったか、福祉に賭ける熱い想いにうたれた。任天堂工場跡地に土地が確保され、紆余曲折、建設に着工されたのは1昨年の6月。ぼくなりに感慨無量なのだ。「夢のようなもの」、「愛の塊」という伊理事長のご挨拶には万感の思いがあった。門川市長や前韓国総理大臣の祝辞やテグムという横笛の演奏など、会場には、韓国からも多くの参加者がお祝いに駆けつけられた。驚いたのは、ビビンパが大きなたらいのような器に見事に飾り盛られて、鏡割りのような感じで大きなしゃもじで混ぜる儀式。そのビビンパが振舞われたが、これが実に美味しかった!
その後、すでに入所者もおられたが施設内を見学。キムチと梅干のある特別養護老人ホームとしてユニットケアサービスによる家庭的な雰囲気。屋上は、東山、北山、西山が一望できて、京瓦を活用した庭があり園芸療法も行われるとのこと。「故郷の家」が日韓の架け橋となり、平和への礎にもなることを願っている。
夕方、下京区の補欠選挙の後でもあり、ちょっと気が重たかったが、連合京都の京都市地域協議会の結成レセプションに参加。高橋直樹自治労副委員長が議長に就任。洛東、洛北、洛南、伏見、洛西地区連絡会がそれぞれの地域での運動を担い、政令指定都市である京都市に対応した地域活動が展開され、労働を中心とした福祉型社会を目指した活動に取組まれることになる。
夜、テレビのニュースでは、北朝鮮の人工衛星?ミサイル発射に伴い誤報騒動があったことを報じている。どないなってんの?
●4月3日(金)
朝、小中一貫教育校「京都大原学院」開設式で大原へ。4月だというのにちょっと寒いよ。昨朝は薄っすらと雪化粧していたらしい。大原小学校が開設されて134年、かっては400人の小中学生が在籍していた時代があったそうだが、少人数化が進み4年前に少子化問題対策委員会が設置され、地元での色々な議論の末、小中一貫校への取り組みが進んできた。隣同士の敷地にあった小学校と中学校を繋ぎ、1年生から9年生までの85人でスタートする。中村運営協議会会長や佐竹自治連合会長の万感の思いのこもった経過報告や祝辞。児童生徒の誓いの言葉で閉式のあと、開設を祝い、全校児童生徒による「京炎そでふれ」は、可愛い1年生から大柄な9年生までのチームワークの取れた演舞で素晴らしかった。大原のゆとりある心を自信をもって伝えられる子に!を教育目標に、英語教育にも特色ある教育実践がされそうだ。
帰途、大原「里の駅」で地鶏の親子丼を食し、静原では知人宅を訪ね、野外パーティの会場のお願いをして、そして福祉施設「わかば」を訪ねる今井施設長と懇談。その後、左京区役所の新築移転に関わり、近隣の人から相談ごとで現場へ。夕方は門川市政の2年目を迎えての課題を梶宏さんと喋ったり。
●4月2日(木)
朝から事務所には、この4月の人事異動で異動になった市役所や学校関係者が電話や訪問。新しいそれぞれの職場でがんばってくださいよ。また過日京都市美術館で「布花とシャドーボックス展」を開催した主宰者の村山美佐枝さんらが記念の作品を持ってお礼に来られる。盛況に終わってよかったですね。また2年先にはがんばって開催してよ。
午後、西京極の作業所に自転車を取りに行った帰り、千本中立売は東入るにある恒河沙母親の会が運営している千中食堂を訪問。主宰者の福島美枝子さんがいたので懇談。恒河沙は青少年の自立支援のための施設で北区で開設されたフリースクール。福島美枝子さんは鶴見俊輔先生と編著の「本音を聴く力」を出版したり、果敢に教育の実践をしている人で元気な人。美川憲一コンサートも手伝ったことがあったな。食堂も開設した。畑でとれた大根をもらって帰る。今度はカレーを食べに行こう。悩める青年たち、相談に行ったらいいよ!きっと元気が出る。
●4月1日(水)
「ちょっと寒いけれど春爛漫。桜満開。今日から4月、気分一新、丸坊主になりました」と、昨年はホームページのトップに書き込んだら、ほんまに信じた人がいた。エイプリル・フールだった。今年は、冗談はなし。
朝、共同作業所、福祉工房P&P第二作業所の入所式に。ちょっと寒かったが天気が良かったので、わが愛用のママチャリで京都のまちを東から西へ突っ走る。およそ40分。ええ運動や。総合支援学校を卒業した18歳の青年が入所。日頃は黙々と作業をしている青年たちが手を休めて、ひとりひとりが自己紹介。そしてジュースで乾杯。昼頃になって小雨が降り始め、ママチャリで帰るのはやめて阪急に乗る。
午後は、KBS京都放送の事業部と京都サイクリング協会のメンバーによる京都からコペンハーゲンへ!デンマーク大使と走ろう、エコサイクリングの打ち合わせに同席。申し込みをぜひしてよ!京都府警へのご挨拶にも同席して、色々と今後のことを打ち合わせ。
夕方は、中野洋一議員と四方山話。ようがんばってるよ!
●3月31日(火)
午前中、衆議院第一議員会館に。山井和則議員にお世話になって政策調査会長代理の長妻昭衆議院議員及び政策調査筆頭副会長の細野豪志議員と懇談。民主・都みらい京都市会議員団として、地方分権の確立、建築基準法の改正、雇用問題、国民健康保険制度の見直し、放課後まなび教室と学童保育の一本化、障害者自立支援、文化財保護、市議会議員年金制度の安定的運営確保の取り組みなど、政権交代を見据えての要望活動。議員団としては、要望活動をするのは初めての試み。民主党本部として真摯に対応して対応してもらいたいね。長妻議員は、民主党の論客の1人だが、さわやかな印象だった。
閑話休題、山井議員の政策秘書さんが、受け入れをしてくれたのだが、最初どこかで会った人だと思ったが、なんと同志社大学院の総合政策科学研究科の同窓生のK君だった。とある市の職員だったときに社会人入学してきて、仕事をしながら政策秘書の試験に合格したらしい。いやびっくりしました。
がんばってよ!
夕方、帰京。議員団、1人を除いて全員、今枝議員の「ちゃんこ・横綱」に結集。議員団の役員の交代式?と新しいスタッフの歓迎会と議員団の担当をしてくれていた市会事務局職員の異動による送別会。団長は今枝議員から安井議員に、理事は隠塚議員から同期の山岸議員になります。それぞれよろしく。
●3月30日(月)
朝、議員団の視察で東京へ。品川から地下鉄大江戸線で移転問題が話題になっている東京都中央卸売市場築地市場へ。多忙なときにもかかわらず森本場長が説明をしていただける。大阪出身の人であった。築地市場は昭和10年に開設、大東京の台所。建物の老朽化が進んでいて豊洲への移転が計画されているが土壌汚染問題が発覚。移転計画が暗礁に乗り上げている。産地との連携や観光客対策や規制的な市場法の問題点など、ザックバランな感じで話していただける。それにしても昼前だというのに水産棟は活気に溢れている。京都の中央市場が閑散としているのが寂しいよ。そして関連事業棟の食堂街では観光客が長蛇の列。いやはやテレビやガイドブックの威力はスゴイ!京都の中央市場の将来はどうなるのだろうか?
午後、東京都庁に。福祉保健局の担当者から保育所など児童福祉施設の認可施設への監督・検査について説明を受けて質疑。東京都は、社会福祉法人・施設など指導検査実施要綱を策定し、児童福祉法や社会福祉法、また労働基準法などの諸法に照らして、指導や是正の措置を講ずることにより、施設の適正な運営及びサービスの質の確保、利用者の処遇の向上を図り、社会福祉の一層の増進に寄与することを目的に、かなり詳細な検査を実施している。虐待防止や避難方法など安全対策など大いに役立っているようだ。東京都の認証保育園には株式会社などの法人の運営母体もあるし京都の保育行政とは大いに異なる。京都市でももちろん各保育園や福祉法人に保健福祉局の監査指導課が指導監査を行っているが、保育園連盟や不透明なお金の流れや福祉サービス協会の資金運用問題などがあったところなので参考になった。
夕方は、山井和則衆議院議員、松井孝治参議院議員を交えての会食。下京区の補欠選挙のことや小沢代表の進退問題など話題に。東京の春の夜は静かに暮れていくのでありました。
●3月29日(日)
3月の末だというのに寒いよ。市原野での春の風が冷たい、花桃が咲き誇る野外での玄武の会の集い。玄武の会とは京都洛北の地で地元の各種団体の方などが集い文化芸術活動などを展開。昨春は、天気も良くて心地よかったが、いやはや今日は寒い。近くの特別養護老人ホーム市原寮のみなさんなども参加、介護保健施設の方や自治連の役員さんたちと懇談。色々と地元要望などをお聞きする。
午後は、学童保育のことで相談ごと1件。そして、事務所で雑務。
下京区の補欠選挙の開票結果は、自民推薦の元下京消防署長の下村明氏が当選。次点が共産党で民主党の塚本薫君は4998票。投票率は、29㌫台の低投票率だった。お疲れさんでした。春の嵐は過ぎ去ったかな?
●3月28日(土)
朝8時過ぎ。「国益研究会」の朝の例会に。わが鴨沂高校の先輩の関野さんが、不動産の証券化を巡って報告。ぼくが特に興味を持ったのは、京都市の新景観政策がマンションの流通にどういう影響をもたらしているか、或いは今後どうなるか。関野さんの言によれば、価値が増すということ。それにしても昨年秋以降の売買価格の落ち込みは激しいようだ。民主党小沢代表献金問題や地方主権のことなども話題に。
11時前からは、社団法人京都鴨沂会の理事会。年度末を迎えて諸々のことを協議。昼過ぎ、塚本事務所を再度訪問。山井和則議員や松井孝治議員も選挙カーに乗り応援。さてどういう結果になるか。
午後は、「こぺる」の総会に先立ち小林茂監督のケニアのストリートチルドレンを描いた長編ドキュメンタリー映画「チョコラ」の試写会。そこで藤田敬一さんに会い、冊子「同和行政」と総点検委員会の報告書を手渡し四方山話。6月ぐらいには同和行政終結後のあり方を巡って公開討論をしたいな。小林茂君は、京都で水俣告発の会で長年活動し、映画「阿賀に生きる」も撮影。長い付き合い。透析をしながら映画を撮り続けているが、元気そうでよかった。
2時過ぎから、同志社の「学友会とその時代を生きた朋達の集い」。60年安保闘争前から70年全共闘時代のそれぞれの時代の同志社の学生運動を担ってきた当時の活動家が100人ほど結集!50代から70代の集まり。今ではみんなええ歳や。今では学生会館は寒梅館になり、学友会も解散した。それぞれの青春時代をほろ苦く思い出しながら飲んでいた。
夕方、多文化共生社会のことについて議論をしてきた「新羅」の常連客が集まり、ささやかに山崎一樹副市長の送別会。山崎氏とぼくはプロレス仲間。4月からは内閣府の防災担当をされるとのこと。もうちょっと京都にいて欲しかったよ。お元気でこれからもご活躍を!
それから上下水道局職員のグループ、「錦水会」の集まり。同和行政のこと、上下水道事業のことなどが話題に。市民に安全な水を供給し、水の環境保全のための仕事にがんばってや!
●3月27日(金)
午前10時から吉田幼稚園の理事会。吉田幼稚園は、一時期、入園者が少ないときがあったが、最近はバスでの送り迎えもあり、また自然環境に恵まれているということで多くの園児が入園を希望。昨年秋に新園舎も完成し、この少子化時代に幼稚園として経営状態も良好みたい。ぜひ入園してください。
昼、国際ソロプチミスト京都みやこのチャリティバザー。「羅生門はんにゃの」のとんかつ弁当が美味しい!
夕方、烏丸夷川のアートステージ567へ。渡辺和枝陶展へ。和枝さんは大学時代からの仲間、今は、富士山麓で陶器作りをしている。2年にいちど京都で個展。アートステージ567の本田夫妻は、ぼくが百万遍で事務所を構えていたとき1階のコロナ堂の店主。町家を改造して素敵なスペースを運営しているのだ。ぐい呑みを購入。
そして、友人の某組合委員長の声がけで、色々な思いはあれど、下京区の補欠選挙を闘っている塚本候補の事務所を激励訪問。田渕民主党京都府連幹事長や連合京都の幹部のみなさんが大張り切り。大接戦のようだ。
●3月26日(木)
事務所にこもって雑務。07年度分の政務調査費について監査請求がされたので領収書の点検など。またこの1年の行政資料などの整理。書類の山を一気に整理。必要なものを残す作業もたいへん面倒だ。また市民派議員レポートの発送準備も始める。夜、福祉工房P&Pの西村君、来所。「市民派議員レポート・春号」と冊子「体験的政策評価論」出来上がってくる。読んでや!
●3月25日(水)
午前10時から左京区役所で議員会。自民、共産、民主、公明の左京選出の8人の議員が揃い、区の選挙管理委員を選出する会議。自民、共産、民主、公明の順番で4人の委員を推薦、そして同じ順番で、補充員を4人推薦。ぼくが最長老ということで座長を務め、円滑に終わる。5月市会本会議で可決されることになる。最後にこの3月31日で定年退職する波部美利区長にご挨拶いただく。ご苦労さんでした。
昼、吉田神社社務所で総代の会議。予算案などの説明。澤井宮司さんの説明によると、映画「鴨川ホルモー」が吉田神社で撮影されたとの報告も。そして吉本のタレントが神前結婚式を挙げてから、近年、神前結婚式が多くなってきているという。それも関東方面から京都で挙式をしたいということで、吉田神社での厳粛な式が好評らしい。社務所から見える山桜が見事に咲いていた。で、ぼくの結婚式はというと、親戚の叔父さん宅で式らしきものをしてもらって、別の日には、友人等が楽友会館でパーティをして飲んだくれた。24歳のとき。1973年6月9日やったかな?花嫁は文金高島田もウエディングドレスも着ていなかったよ。そういう時代だった。
●3月24日(火)
WBC、韓国と日本による決勝戦。イチローが決勝打。2連覇なる。よかったね!
午後、自転車で荒神橋から七条大橋まで鴨川沿いに南下。水は温み、枝垂桜がチラホラ咲いている。春ですね。事務所から九条のテルサまでおよそ25分のサイクリング。この5月31日に予定されているデンマーク大使館主催の「COP15サイクリングツアー」の実行委員会にオブザーバー参加。日本サイクリング協会や京都市、京都府の担当者、NPO団体の代表にKBS京都事業部のメンバー等が出席。京都でCOP3が開催されたのは12年前、今年12月にコペンハーゲンで開催される国連地球温暖化防止条約第15回締約国会議(COP15)に持続可能性と環境責任というメッセージを届けたいと、日本全国9ステージをまわる。京都がラスト。色々と打ち合わせ。本格参加の方からママチャリまで大歓迎です。詳細はここをクリック。市長、知事も走る予定。ぼくもママチャリで走るで!
夜、小沢代表、西松建設献金問題で記者会見。率直に言って、留任は納得できないよ。
●3月23日(月)
午前10時からわが母校地元の第四錦林小学校の卒業式。中島校長先生から一人ひとりに卒業証書が授与される。答辞は、卒業生一人ひとりがシュプレヒコールというのか、思い出やこれからのことを語っていく方式。ええ感じです。福井同窓会長やPTA会長が祝辞。ぼくが四錦小を卒業したのは1961年(昭和36年)か、はるか昔だね。校歌は辛うじて覚えているよ。卒業生のみなさん、おめでとう!
午後は、鴨沂高校評議員会。定時制の同窓会長、社団法人京都鴨沂会の八木会長、猪熊先生らが評議員。桶谷校長の挨拶の後、湯谷副校長からこの1年の実績や今後の方針が説明。自転車部や女子の水球部ががんばっているが、残念ながら進学の成績はイマイチやね。かっては東の日比谷、西の鴨沂と言われたぐらい進学率もよかったが、近年は、京大など国公立や有名私学大学への進学者がほとんどないのは寂しいよ。学校現場の教員も危機意識をもって、改革に取組んで欲しいと節に願う。
●3月22日(日)
小雨模様の日曜日の朝、春眠暁を覚えず、昼近くまで寝る。昼過ぎ、錦林教会・ペスタロッチ保育園に。糸井園長が今年で勇退するということで送迎会を兼ねたもちつき。28年間の在職。娘も世話になった。おふくろも教会にたまに礼拝に行っている。ぼくはといえばバザーのときに顔を出し、昔は麻雀してよく遊んだ。ご苦労さんでした。
それから京都市美術館の「布花とシャドーボックス展」に。とある縁で主宰者の村山美佐枝さんと出会った。ヨーロッパで始まったと聞くが、風景や人物や静物などが素材になって、同じ図柄を何枚かを重ねて貼り付けて額の中に飾ると遠近感のある不思議な立体的な絵画?ができあがる。根気も必要だろうし、手先の器用な人しか出来ない技。不器用なぼくにはとてもできないこと。テーマは、和・輪。多くの作品が展示してあって感心した。小雨模様で岡崎公園の人どうりは少なかったけれど美術館の桜はつぼみふくらむ。春が来ましたね。
夕方、事務所で議員レポート書きと冊子「同和行政」に続く第2弾「体験的政策評価論」とタイトルした「京都市の行政評価条例の意義と課題」ののあとがき書き。
● 3月21日(土)
昼前、同志社は今出川キャンパスの講武館へ。総合政策科学研究科の修了式。新川達郎研究科科長から45人の修了生に1人づつ修了証書が手渡される。中国や韓国からの留学生もチラホラ。ぼくが社会人入学したのは1995年、阪神大震災のとき。1期生だった。3期目の当選を果たしたときだった。修了は98年。同窓会「総政会」会長としてご挨拶。総政会からは記念のラベル付きのワインを贈呈。とある国会議員の秘書をしている某君も無事に修了、また京都市職員の某課長は後期博士課程を修了!おめでとう!
終了後、車で一路、花脊・広河原を目指す。杉木立の道をおよそ1時間。山里は春の気配。地元住民の長年の要望だった花脊・広河原地区の簡易水道の竣工式。市長の挨拶が始まったところだった。間に合ってよかった!小さなテントが会場。そして、給水式では市長・議長等がボタンを押すと噴水になって水が吹き上げた。施設を見学。左京区で山間部で地域簡易水道の敷設が始まったのは静原が最初だった。鞍馬・貴船、久多、百井と実現して、あとは花脊別所地区を残すのみ。秋には完成するだろう。ゆっくりしたかったが、喫茶「庄兵衛」に挨拶をして、鞍馬街道を引き返す。
4時半ごろ鴨沂会館に。鴨沂高校同窓会の新旧理事会。2期生の大先輩から48期生まで30人の方に集まっていただける。諸般の報告が終わった後で、同窓会会長としてご挨拶。今後はホームページを作成して、会員の交流などに努めて、さらに鴨沂高校の教育の充実などに寄与できればと思っている。みなさん、「鴨沂」と書いて「おおき」と読みます。念のため。近くの「くに荘」で懇親会。47期の愚息も出席。ひとりひとりにご挨拶をいただく。鴨沂の有名な芸能人では、田宮二郎、沢田研二やね。二次会にも行き、久しぶりにカラオケ。役員のみなさん、今後ともよろしく!
●3月20日(金)
朝、吉田神社参道の奥にある祖霊社にて大元講社春の大祭の飾り付け。
午後北山通がノートルダム女学院の北側の社会福祉法人京都総合福祉協会「北山ふれあいセンター」の竣工式。篤志家により寄付された土地で左京区にとっては懸案の建物。妙法の妙の山裾に完成した。就学前の子どもたちの療育、生活介護事業、就労支援事業、就業・生活支援センター、通所介護事業、さらに児童館、母子福祉センターなど福祉の殿堂。地下鉄松ヶ崎駅から近い。市長や議長をはじめ地元の葵学区の各種団体の役員さんらも参加した竣工式。喫茶コーナーもあるのでぜひいちどお出かけください。
終了後、吉田の祖霊社に。春の大祭の神事は終わって大元講社の宗教法人化への道筋がついたので長老からこの間の報告など。夜、事務所にて議員レポートを書き始める。
●3月19日(木)
2月19日から始まった2月定例市会の最終本会議。9時過ぎに市役所正面玄関で民主・都みらい議員団全員揃いホームページ用の集合写真。
本会議は、10時から開会。今日は長丁場になりそうだ。稲荷山トンネルの排気ガス対策を不採択にして、まずは普通予算特別委員長報告が30分ほど。討論に共産赤坂、自民吉井、共産井上、わが民主からは気鋭の山本ひろふみ君が賛成討論に立ち、公明は木村に続いて曽我議員が定額給付金について共産、民主を批判しつつ賛成討論。ちょっと野次合戦。自民、民主、公明が起立して賛成多数で可決していく議案と共産も賛成する議案については簡易表決。付帯決議についても起立するのと簡易表決で可決されたのもある。付帯決議については、市民負担にもなるので市民への説明、自主財源の拡充、京都市交響楽団のこと、市立浴場の在り方、保育園プール制、保育園連盟の不正流用の対処、福祉サービス協会への指導、国民健康保険料改定の説明、市民環境ファンドの活用、コミュニティセンターの見直しにあたっての利用者への説明の10個の付帯決議を可決した。
そして公営企業予算特別委員長報告の後、北山、山元、安井、日置議員がそれぞれ討論立つ。共産は、自動車運送事業と市立病院事業会計については反対。市バスの乗客増対策、地下鉄では国への支援の働きかけと経営健全化の取り組みについて2個の付帯決議。
予想では、1時過ぎまで審議がかかると言われていたが、昼休みを入れたらええのにと思いつつ、途中トイレにいく。市長や理事者もたいへんやで。
以降、付託されていた議案について、くらし環境、教育福祉、まちづくり消防委員会のそれぞれの委員長報告があり、共産が反対する議案については、自民、民主、公明の起立で淡々と可決していく。副市長は、星川茂一氏が再任、山崎副市長の後任に東大・国交省出身の油木文彦氏が選任、それぞれ簡単に就任のご挨拶。教育委員会委員に高桑三男氏を、人権擁護委員や常任委員の選任や市会議員の議員報酬のカット、さらに意見書も淡々と可決していく。経済情勢悪化に対する経済対策の拡充を求める意見書もついては共産の若い議員がダラダラと演説をするものだからブーイング。最後に地下鉄事業に対する国の支援を求める決議を可決して散会宣告が議長からされたのは午後1時40分。腹減った!ほんまに長丁場だった。今度から昼休みをいれてよ!いやはや疲れたよ。
可決した意見書は、肝炎対策のための基本法制定、細菌性髄膜炎等の重症感染症を予防するワクチンの早期定期接種化、地上デジタル放送の更なる対策、緑の社会への構造改革、経済情勢悪化に対する更なる経済対策の拡充の意見書の5本である。なおぼくは新年度から教育福祉委員会に所属することなりました。
夕方は、議員団有志によるこの市会を振り返っての反省会。話題は明日から始まる下京の補欠選挙。さてどうなるのやろうか?
●3月18日(水)
いよいよ2月定例市会も最後の議員会。意見書の調整具合について担当の議員から随時報告。紛糾することなく順調に進んでいるようだ。議員の報酬5パーセントカットも目途がつく。また他会派から提出されてきた付帯決議について賛成するか反対するか、態度を決めていく。さらに予算案などに対して賛成討論に立つ山本ひろふみ議員や安井議員の草稿について議論。11月市会で定額給付金の見直しの意見書を共産党と可決していたので、定額給付金についてどう触れるか、いささかの議論。さらりと触れようということに。京都市民だけが給付されなくなるのは不公平でもあるので賛成することに。僕自身が給付を辞退するかは、また考えよう。
ぼくの当初の予想では、料金改定などもあり、討論結了の委員会は遅くなると思っていたが、意外と早かった。常任委員会は3時過ぎから、普通・公営企業予算特別委員会も4時過ぎから開会されて、それぞれ各会派、各議案について態度を表明。自民、民主、公明の市長与党は、予算案などすべての議案について賛成、共産は、一般会計予算や国保会計、さらに使用料など改定される議案や自動車運送事業などには反対とのこと。市会運営委員会のメンバーを残して議員会は散会。6時過ぎにぼくは市役所を退庁、予想に反して淡々とした会期末やった。
●3月17日(火)
朝、吉田幼稚園に。昨秋竣工した新園舎での卒園式。理事ということで来賓席。わが愚息も卒園児。園長先生から70人の一人ひとりの園児に卒園証が手渡され、皆勤賞の園児等にはご褒美。自然に恵まれた環境で吉田幼稚園の人気は高い。祝辞として、先日吉田山に植樹した桜のことを話す。大きくなったら君たちも桜も立派になっているだろうと。
議員会には遅参。昨夕出された意見書は、自民から肝炎対策のための基本法の制定を求める意見書(自民)など2本、共産からは労働者派遣法の抜本的改正を求める意見書など3本、公明からは、経済情勢悪化に対する更なる経済対策の拡充を求める意見書など2本。意見書の調整はいつものように担当議員から随時成り行きが報告されつつ、淡々と進んでいるようだ。紛糾するものはなさそう。また一般会計予算や公営企業予算について各委員会の審議状況について説明があり、賛成することに。京都市交響楽団、保育園のプール制、福祉サービス協会、市民環境ファンド、自主財源の拡充、京都市交響楽団の財団移管、国民健康保険、コミュニティセンターのことなどに付帯決議をつけることに。また議員の報酬カットについても民主として提案、ちょっと他会派との調整で右往左往したみたいだが概ね了解を得られたらしい。明日は早く終わりそうやな。夜事務所で春の市民派議員レポートの原稿を書き始める。
●3月16日(月)
2月予算市会もいよいよ最終盤、午前10時から各会派議員会を開催、議案への態度や意見書提出についての協議が始まる。わが民主も今後の日程など説明があった後、安孫子副団長の進行で意見書や議案についての問題点など協議。追加議案は、星川茂一副市長が再任、山崎一樹副市長はほぼ2年になるが退任されるのはちょっと残念。、後任に国交省から油木文彦氏とのこと。星川副市長再任については、同年代として安堵。しんどいことやけどがんばってや。意見書提出をめぐっての議論をした結果、民主として「地下鉄事業に対する国の支援を求める決議」と「まちなか地域における地上デジタル放送の更なる対策を求める意見書」、「細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化を求める意見書」を提出することに。
そして、予算関連でない付託された議案について、各委員会のメンバーが審議状況を報告、淡々と賛成できる議案もあれば、ちょと引っかかる議案については担当局を呼んで再度説明を受けることに。また新年度の議員団の役員や常任委員会の所属を決めるミーティングなど。
夜は、第4回「吉田の森サロン」として、事務所で鈴木マサホ市政懇談会。20人ほどの参加者。新年度予算の概要を説明し、未来まちづくりプラン、話題になっている保育園連盟のこと、定額給付金のこと、そして発刊したばかりの冊子を渡して同和行政の功罪について、また今後のコミセンのあり方などについて喋り、その後フリートーク。地下鉄の乗客増対策や水族館のことなども話題に。
●3月15日(日)
好天の日曜日。昼、百万遍の知恩寺境内の「手づくり市」を冷やかしに。始まって20年は経つのか、今では遠くからのお客さんも含めて境内のみならず百万遍界隈は大賑わい。天神さん、弘法さんと並ぶ市に発展した。主宰者の臼井さんは鴨沂高校の山岳部の先輩。毎月15日に市が立つ。今や左京の観光スポット。ぜひご来場を!
天気が良かったので今年3度目の大文字山へハイキング。午後1時30分 八神社前を出発、いつもは息も絶え絶えに登るところを途中休むことなく最後の150段の階段も一気に登りきる。およそ30分弱で火床の中央へ。早春の京都のまちなみが綺麗。春風に吹かれて、握り飯を食べていると吉田ハイキングクラブの牧野さんとばったり。先日メールでやり取りしたばかり。一緒に三角点まで同行してもらう。これからもよろしく!で、山頂で一息入れて、1人で大津を目指す。うっそうとした杉林を通って小さな祠の雨社から池の谷地蔵に抜ける。そこからは舗装された道になり皇子山カントリークラブを通ってJR大津京駅(旧西大津駅、名前が変わった)に着いたのは午後5時前。駅前のパチンコ屋でちょっと遊んでJRと地下鉄を乗り継いで帰宅。少しはスタミナがついた。今度は比叡山に行こうかな!夜、事務所にて「京都市の政策評価条例」の冊子の原稿をメールで入稿。
●3月14日(土)
午後、「左京区市民防災会議―みんなで災害対応力を考える集い」。冒頭、防災に努力された各学区の自主防災会や町内の自主防災部、自主防災活動推進功労者、事業所、防火管理者のみなさんへの定例市民消防表彰式。昨年の左京区の火災件数は17件。消防団や自主防災会のみなさんによる活動の努力の賜物。ほんまにご苦労さまです。これが京都の地域力というものだ。二部は元神戸市消防職員の野村さんの講演があったが、近くの京都会館会議場へ。
左京区誕生80周年記念プレイベント「伝統行事は年輪のようなもの」と題した宗教学者の山折哲雄氏の講演会。講演の途中だったが、話題の映画「おくりびと」にふれて葬式と告別式のちがい、大文字の送り火のこと、伝統行事のこと、また会場からの質問に答えて「あの世とこの世」の境界の話など実に洒脱なお話。京都の伝統行事の重みについて改めて知った。左京らしいええ企画やった!後で控え室に先生を尋ねて先生と親しいわが友人の編集者中川六平君のことを喋った。六平君、元気かね?
夜は、市原野会館で前原誠司国政報告会に参加。会場は満員の100人近い参加者。先日歴訪してきたベトナムなどアジアの経済状況や食糧や医療問題、政権交代を目指す意義など演説。新聞記者が数名いたので小沢代表献金問題については慎重な発言だった。ぼくは京都市政の報告として定額給付金のこと、そして土砂災害法について簡単に報告。
●3月13日(金)
朝、9時過ぎ、地元のわが母校、近衛中学校の卒業式。ぼくが卒業したのは45年前のこと。校歌もあまり覚えていない。団塊の世代で一クラス55人、7クラスだった。市内で唯一制服のない中学校。思い思いの服装の晴れ姿。107人の卒業生一人ひとりに校長先生から卒業証書が授与。答辞を読んだのは、吉田剣鉾保存会のメンバーで生徒会長の月原君。自主・自立の気概に満ちた素晴らしい答辞だった。そして、卒業生がみんなで合唱した「桜散る頃―僕達のラストソング」も素晴らしかったよ。
午後は、京つけもの「大安」の仕事はじめ会。わが祖父鈴木増次郎と「大安」の創設者大角安治郎さんが兄弟。明治35年にわが吉田中大路町で小さな店を持ち天秤棒で行商から始まったらしい。今では「京つけもの」として全国ブランドになった。昭和30年代後半の「千枚漬けです、京の味」テレビコマーシャルの歌を覚えている。生産者や観光業界の人たちを招いての毎年春の恒例の懇親会。
夕方、小雨模様の肌寒い夕暮れ時、清水は高台寺近くでの可愛い舞妓さんも参加しての東山・花灯路のオープニングセレモニー。今年で7回目か。春の訪れを告げる京都の風物詩になった。関西電力やJRなどの協賛企業、さらに芸術系の大学生や仏教会の協力で、清水寺、高台寺、知恩院、青蓮院もライトアップして円山公園も幽玄な雰囲気になり、二年坂や石部小路にも行灯が並ぶ。100万人近い人が全国から来る新しい観光資源として定着した。今年は3月22日まで開催中。まあいちど夜の東山を散策してみてください。
●3月12日(木)
委員会に付託されている議案や請願を審議する5つの常任委員会が今日と明日の二日間開催される。
ぼくは経済総務委員会。この委員会の委員で先日逝去された西脇議員の追悼の黙祷を冒頭にする。ご冥福をお祈りします。総務局からは、委員会に付託されていた議案の審議。京都市国際親善交流基金条例の一部改正、どういうことかというと、独立行政法人「国際交流基金京都支部」の事務所を国際交流会館のかっての桑原武夫先生の記念室の後に誘致、移転整備するために国際親善交流基金からその経費を支出するということ。「国際交流基金京都支部」のことについてとんちんかんな質疑をする委員がいたので、質疑するつもりはなかったが、かってぼくの大学時代の後輩が仕事をしていたことがあったので、急遽手を上げて適正な対応であることを表明。
理事者報告は、「京都市人材活性化プラン案」が策定されて、パブリックコメントをするという説明。京都を愛し公務に情熱と誇りを持ち市民の信頼にこたえる職員を目指して意識を高め、能力を引き出し、組織力を強める色々な取り組み項目が提案されている。親方日の丸、お役所仕事からの脱皮を図ろうとするもの。優秀な若い職員が市民に信頼され、誇りを持って仕事が出来る明るい市役所づくりを目指して欲しいものだ。
理財局とは、国の民法及び公有地の拡大の推進に関する法律の改正に伴う京都市土地開発公社定款の変更、及び全国宝くじ事務協議会に岡山市が加わることの議案について説明。地元建設業者の健全育成及び雇用促進の請願は、留保。伏見消防署跡地及び消防学校跡地の活用については伏見の議員が質疑をした。所管局のない請願、 消費税増税方針撤回の要請と消費税増税反対の要請の2本については留保にする。紛糾することもなく淡々と散会した。
後は、付託されていた議案についての討論結了の委員会が18日に開催されるのが、今年度の最後の経済総務委員会になる。福祉教育委員会は案件が多いのか、午後6時を過ぎても質疑が続けられていた。
●3月11日(水)
2月市会定例会もいよいよ終盤。午前10時から普通予算特別委員会の最終日、市長総括質疑。第一分科会、第二分科会のすべての委員が揃って円卓を囲む。中央に市長と3人の副市長。インターネットで中継されるので市長らの対面に発言者は立っての質疑。
ぼくは、自民、共産の委員に続いて民主・都みらい議員団のトップバッターとして市長の前に。準備していた原稿を手に持ったもののその場で朗読するということにはならない。この1年、走り続けている市長に2年目はどーんと構えること、福祉サービス協会の資金運用のことと中央斎場を巻き込んだ保育園連盟の不透明な資金の流れの徹底追及とプール制の堅持のことを要望。
そして、過日発行した「同和行政」の冊子を手に持って、教育委員会の一員として長年、同和行政に取組んできた立場での同和行政の市長自身の総括。そして、同和終結後の行政の在り方総点検委員会の報告書とコミセン廃止問題について陳情の趣旨や報告書の指摘を引用しながら、いささか拙速すぎることを指摘、利用者などへの説明の取り組みについて質疑。ぼくが94年、96年の本会議で提起した、行政責任と行政依存という自縛からようやく脱して、特別施策としての同和行政が、市長の強い決意のもとに終焉を迎えることは、感慨無量だ。持ち時間はわずか20分。
残った3分で、京都市交響楽団が京都市音楽芸術文化振興財団へ移管が提案されているので楽団員の処遇と小学生の音楽鑑賞教室の自己負担の軽減策について質疑をしたら、答弁時間がちょっとオーバー。
予算に関連して未来まちづくりプランや保育園連盟とプール制のこと、環境モデル都市、定額給付金のことなど中心に、自民は122分、7人、共産122分で、6人。民主82分でぼくの後に山岸、天方、山本ひろふみ議員の4人が、公明74分で4人が質疑に立ち、終わったのが午後6時を過ぎていた。ご苦労さんでした。
終了後、吉田氏子講社の理事会。この決算報告や5月10日に開催される講社大祭の打ち合わせなど。中尾写真館が撮影された秋の祭りの写真パネル展を提案して了承された。
●3月10日(火)
10時前、左京区役所の区民作品展。オープニングセレモニーは百万遍保育園の可愛いい園児たちによる鼓笛隊の演奏。会場内には、手芸品やちぎり絵、書や絵や写真などともに識字教室に通う女性の作文も。今年は400点をこえる作品が展示。女性の作品が多いね。
昼休み時、市長室に。愛妻弁当を食べ終わった門川市長に先日ぼくが発刊した「同和行政」の冊子を手渡し、同和行政終結後の行政の在り方総点検委員会の報告書のことや今後の取り組みのことついて懇談。もちろん下京の補選のことも話題になった。
午後、緊急の民主・都みらい京都市会議員団の議員会が招集。今枝団長や1区幹事長の小林議員らから候補者擁立の経過など説明。今後の京都市政や議会運営にとっても擁立することがいいのかどうかがぼくの判断基準。議員団の雰囲気や意向を配慮せずに、なんでや!というのがぼくの率直な感想。言いたいことは山ほどあれど、ともあれ、3月29日が投票日だ。どう対処するかはこれから考えよう。
夜は、明日の予算委員会の市長総括質疑の原稿作り。そのときのやり取りでそのまま読みながらということにはならないが、今回はメモではなくて文章を書き上げた。
●3月9日(月)
今日は、公営企業予算特別委員会で市長総括質疑。ぼくは休み。朝から事務所で資料の整理とともに下京区の補選候補者擁立のことで情報集め。急遽、役員会で決まったらしい。予想外のことでどうもようわからん。
午後、議員団室で、同和行政終結後の行政の在り方総点検委員会の報告書を読んで市長総括のための質問メモづくりを始める。民主のトップバッターで質疑に立つので福祉サービス協会のことや保育園連盟のこと、京都市交響楽団の財団への移管問題についても触れたいし、答弁も含めて20分というのは短いね。事前に質問項目を当局に通告をしておくのが通例。
夕方、真如堂で吉田学区の自主防災会の役員をされていた萬木正義さんのお通夜。享年71歳。心よりご冥福を。夜、久しぶりに家で、WBC一次ラウンドの決勝戦、韓国と日本代表の試合をイライラしながらテレビ観戦。1点差で惜敗。打てないね。さて2連覇はなるのかな。
●3月8日(日)
朝9時過ぎ、左京小学生バレーボール大会の会場の修学院小学校に。近くの白川通をハーフマラソンが走り抜けるので応援に。トップグループは学生や実業団の選手ら、そして6000人を超える市民ランナーが大集団で延々と続く。知り合いを探すが多すぎて確認できない。ところが「スズキ!」と一人のランナーが声をかけてくる。なんとわが鴨沂高校の同期生や。「お!美田村、がんばれ!」。高校時代から陸上部でがんばっていたが、会社を退職してからも走り続けているのだね。ハーフマラソンも今年でいったん休止され、2年後には、フルマラソン大会として再開される予定。
午後、京都会館第二ホールで第16回「左京区民の保健・医療・福祉をみんなで考えるつどい」。なんと今年で16回目。医師会、歯科医師会、薬剤師会、社会福祉協議会が主催。会場はほぼ満員。テーマは「認知症になっても安心して笑顔で暮らせる地域でありたい」。認知症に関する簡単なクイズから始まって福岡県は大牟田市でグループフォームを運営している大谷るみ子さんの講演は、認知症を考えるのに身につまされる実に素晴らしい講演だった。また第四錦林小学校の児童と修学院中学生による実演ありの発表もよかった。認知症サポーターとしての子どもたちのやさしい眼差しがいいよ。この集いは、16回目を迎えるが、左京区民の地域力のすごさをいつも感じ、地域福祉の原点を勉強できる場だ。関係者のみなさん、ありがとう。
二部が始まってしばらくして退席して、左京小学生バレーボール大会の決勝戦と閉会式に。会場は保護者の応援もあって熱気。6年の優勝は錦林の男子チーム、5年は松ヶ崎、4年は明徳。表彰状、優勝旗、盾、そしてメダルを授与。子どもたちの清清しい顔が印象的。ライオンズのメンバーと楽器を運んだりの後片付け。指導者のみなさん、ご苦労様。
夜、テレビをみながら一杯やっていると新聞記者から電話、「下京区の補欠選挙の候補者が決まったようですが」「なんやて!誰や」と唖然。ほんまにびっくり!ぼくは2区なので蚊帳の外だったが、民主・都みらい市会議員団の雰囲気では擁立をしない方向だった。なんというどんでん返し。信じられんよ。
●3月7日(土)
朝、8時半、松ヶ崎のこども体育館へ。第12回京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の開会式。今年の出場チームは43チーム、選手392人。修学院第二小学校の金管バンド、ドリームバンドの演奏で恥ずかしそうに入場行進。開会式の後、5会場に分かれて予選リーグ。ぼくは錦林小学校でトーナメントを観戦、4年生のチームが可愛いし、錦林の6年生の男子チームは力強い。優勝候補やね。
午後は事務所にて、メールニュース3月号の発送作業。夕方、行きつけの「ひげ床」で散髪とマッサージをしてもらってリラックス。そして聖護院の居酒屋「炎の火」でカミサンのアラカン・還暦の誕生祝い。子どもら家族4人でわいわい。いやはやお互いええ歳になったものだ。結婚して36年だ!
●3月6日(金)
午前10時前、福祉工房P&Pの西村君が刷り上ったばかりの冊子「同和行政―行政責任と行政依存―自縛からの脱却を!」を議員団室に持ち込んでくれたので休み時間に早速同僚や関係者に配布を始める。読んでや!購読希望の方はぜひご連絡を!偶然にも「同和行政終結後の行政の在り方総点検委員会」から報告書が市長に提出された日に重なった。
予算委員会の6日目の最終日、第二分科会の局別審議は教育委員会。第二分科会のメンバーは安孫子、天方、藤川、鈴木の4人。わが民主・都みらい市会議員団の割り当て時間は70分。教育委員会にも言いたいことは山ほどあるが3人の同僚に質疑を任してぼくは今日は聞き役。天方議員の不登校児童に関しての答弁によると800人を超える中学生が不登校になっているという。色々と対策は練られているが由々しき現状だな。各委員は、小中一貫教育、放課後学び教室、長期宿泊自然体験活動、学校施設の充実、中学校給食、英語教育などそれぞれの視点で質疑が行われた。
昼休みの時間、韓国民団本部事務局長に来ていただいて京都市会日韓親善議員連盟の会長の内海議員の呼びかけで事務局会議。今後の交流のことや韓国視察のことなど相談。
夕方7時に三条河原町に。毎年この時期に行われる連合京都の春季生活闘争の円山集会後のデモ隊参加者に対して民主党として激励行動。今年は寒さ厳しくなくて助かったが、山井衆議院議員らの演説も小沢代表の政治資金問題が浮上してイマイチ意気上がらんよ。でもデモの参加者は雇用の確保など切迫した状況を反映してか例年より多い感じ。冬来たりならば春遠からじ。春はいつ来るのか!
●3月5日(木)
予算委員会は5日目は保健福祉局との審議の2日目。昨日に続いて保育園のプール制のことや中央斎場のこと、障害者福祉、高齢者福祉、児童館、救急医療のことなど各議員が質疑。ぼくは、福祉サービス協会のことで職員等への説明責任、顧問の辞職問題、さらに中央斎場の携帯電話、エレベーター設置のこと、同和行政終結後の在り方を巡って保健所分室の今後のこと、障害者の就労支援の新規事業の取り組み、さらに食の安心・安全に関わる条例の制定の必要性、また障害者自立支援法の見直しにおける各作業所への迅速な説明、さらにハンセン病への取り組みなど限られた時間で手短に質疑と要望をした。それにしても保育園連盟の不正な経理については特別監査されるがどこまで真相が明らかになるだろうか。
夜は事務所にて冊子第2弾、京都市の行政評価についての原稿に手を入れる作業。お楽しみに。
●3月4日(水)
予算委員会は4日目。保健福祉局との質疑。保健福祉局は、かっての民生局と衛生局が統合した局でもあり行政分野が広い。国保会計等もあり予算や議案についての説明に時間がかかる。共産党系の保育士の組合員を中心に各議員に多くのファックスが送られてきたが、保育行政のプール制堅持の大きな課題もある一方、亡くなった椋田議員が理事長をされていた保育園連盟の不透明な経理問題も発覚し、関連して中央斎場の喫茶店の委託費問題も浮上、さらに福祉サービス協会の資金運用問題もあり冒頭から質疑に緊張感が漂う。各議員、これらの問題と生活保護やホームレス対策、児童虐待対策や介護問題など福祉施策について質疑。
ぼくは、福祉サービス協会の成り立ちや介護事業や職員数などを説明し、19年度の貸借対照表などの決算報告書を参考にしながら、リスクの高い外債や社債の資金運用のあり方について、その問題点を浮き彫りにする。巨大な組織になったことに問題もある。そして世界の金融危機がサービス協会を直撃したことになるが、市役所OBの理事長が資金運用などできるわけがない。儲けたのは証券会社だ。けしからんよ。
その他、11年ぶりの料金改定になる飲食店の営業許可や墓地使用料など生活衛生手数料の値上げについて、とりわけ狂犬病予防法に基づく犬の監察、注射済票などの改定料について質疑し、さらにこの4月にオープンする福祉施設の北山ふれあいセンターの開所までの経過と今後の運営について注文ををつける。
●3月3日(火)
ちょっと寒い。予算委員会は3日目。第二分科会は消防局から説明の後、トップバッターでぼくが質疑に。土砂災害警戒避難体制の推進について時間を取る。地すべりなどへの対策に対して13年に施行された土砂災害防止法だが、京都府がこの間、基礎調査をしてきた。危険地域については、土砂災害警戒地域と土砂災害特別警戒地域が指定されることになり、避難計画など策定されることになるが、特別警戒地域に指定されると建物の規制や開発規制がされることになる。左京区にも指定される地域があり、法の趣旨は概ね理解されていても、いざ特別警戒地域に指定されると困ることになる。住民の声を反映させることが大切だと指摘。
また左京の大原地域の救急救命体制の充実については、救急隊の配置と消防出張所の移転が決まり住民は喜んでおられるが、出張所の跡地の活用について要望。また3500万円で起震車が購入されるが、各学区の防災訓練において大いに活用されることを願っている。各委員からは消防団の充実や防火や救急体制の強化などについて質疑があった。4時過ぎに終了。
夕方、岩倉のとある修道院でシスターから側溝の整備について、また市バス岩倉操車場ではバスの出庫についての安全性のことについて要望を聞く。
夜、事務所で明日の保健福祉局との質疑に備え、特に外債で損失金を出した福祉サービス協会のことを調べる。テレビでは、民主党小沢代表の第一秘書逮捕のニュース。衝撃だね!どうなるのや!
●3月2日(月)
予算委員会の二日目。普通予算特別委員会第二分科会は建設局との質疑。局から歳入・歳出など予算や議案について説明の後、各委員が、公園のあり方や自転車放置対策、水族館、高速道路など色々な角度からの質疑。
ぼくは、昨日の吉田山の桜の植樹式のことや近衛広場の清掃作業など実例を挙げながら、緑化への市民参加の取り組みと市民の記念植樹奨励制度への創設、議案として上程されている道路占用料の改定について質疑、NTTや上下水道やガス、電力会社など企業の電柱や道路埋設物の占用料は改定されるが、商店街のアーケードは全額免除に、個人商店などのテントや看板は据え置き、郵政民営化になり、郵便ポストにも道路占用料が課せられることになった。またいつも質疑するテーマだが、平成10年から始まった白川放水路のことにも触れながら公共事業評価のこと、さらに地元左京区の二の瀬バイパスの進捗や高野川北泉通に計画されている橋の新設の状況や市原野の道路の改善など要望と質疑。
建設の新規事業として楽しみなのは、堀川通で中央分離帯に新たな高木を植える「道路の森づくり」や二条城前に間伐材を利用した横断防止柵を設置すること。それにしても新十条トンネルの利用者は少ないね。無料にしたらええよ!夕方6時前まで質疑が続いた。
●3月1日(日)
午前中、第四錦林小学校グランドで吉田体育振興会主催のグランドゴルフを楽しむ会に。ぼくはゴルフをしたことはないが、グランドゴルフもなかなか難しい。デビュー戦。8ホールを3回、回るのだ。最初のラウンドで、まぐれでホールインワンを達成!やったで!と喜んでいたら、あとの2回はもうあかん!スコアは80だった。優勝の人は55だったかな?いつかグランドゴルフの青木功になろう。
昼から吉田山に。京都東ロータリークラブと吉田氏子講社による桜の植樹式。昨年7月に福井晟氏から相談を受けて、現地で建設局緑地管理課の担当者等と相談してきたことがようやく実現した。好天に恵まれてロータリークラブのメンバーをはじめ吉田の各種団体の人、ボーイスカウトの子どもたちなど180人ほどが集い、京都市を代表して山崎建設局長、そして左京区誕生80周年記念ということで波部区長も記念の植樹。造園業の津田さんの指導のもと13本の桜が山頂や竹中稲荷の参道に植えられた。うれしい1日。10年ほど先には桜の下で花見が出来るぞ!ぼくも挨拶させてもらう。
その後、参集殿で吉田神社の澤井宮司さんが神さんの祀りごとの作法について講演。お辞儀や手水の仕方などその意味を知らないままに見よう見まねにしていたが、奥が深いのだよ。ええ勉強になりました。夜は、大阪から10数年ぶりに会う知人が京都に。ご子息が国連職員でアフリカに派遣されておられるとのこと、偶然にもアフリカから携帯に電話がありびっくりしたよ。
●2月28日(土)
昼前、浄土寺は、さぼっていた吉田デンタルクリニックで2代目にゴリゴリしてもらう。昼からは某作業所の今後の運営について関係者と協議。
それから民主党京都府連常任幹事会に。解散・総選挙の先は読めない。イラつくね。定額給付金を巡っては、民主党として政策的に反対であり、国会議員は受け取らない方針が示されたが、国会で決まったら、各自治体で対応が異なれば住民に不公平をもたらすので補正予算などに反対することはない、として給付を受け取るか否かの対応については各自治体議員の判断。そして西脇議員の急逝による下京区の補欠選挙を巡っては、選挙対策委員会では、まだ協議中とのこと。歯切れが悪い。ぼくは自主投票でいいと思っているよ。
夜は、前原誠司議員の国政報告会が浄土寺の南田集会所であったので参加。この間の予算委員会での質疑を中心に、景気の動向、公務員の天下り、エネルギー問題、また小沢代表の米軍の第7艦隊の発言のことなど熱弁。狭い会場は超満員だった。ぼくは3分ほどで簡単に市政報告。鴨沂高校時代ラグビー部で活躍していた同級生、油君が参加していたので、久しぶりに一献。
●2月27日(金)
午前中、わが母校の鴨沂高校卒業式に。今年の卒業生は5クラス、180人の卒業生。「君が代」が流れたが唄う教員も生徒も少ないのはさすが鴨沂だ。卒業生の諸君は実に個性豊に着飾ってカラフル。「オカン、オトウありがとう」と壇上で述べるのが可愛いがな。ドミノ大会や演劇コンクール、「仰げば尊し」のパレードや沖縄への研修旅行など3年間を振り返ってのパワーポイントを使っての答辞もよかったよ。ぼくは、同窓会会長並びに社団法人鴨沂会の理事として来賓で、オバマ大統領のキャッティフレーズ、「YES、WE CAN!」を借りて祝辞を述べる。
午後は、普通予算特別委員会の第二分科会に出席。都市計画局との審議は、ぼくは15番目のラストバッター、コミュニティセンター廃止に伴う、旧同和地区の駐車場の運営・管理、駐車料金の徴収業務のことや改良住宅の管理の現状などとともに、昨年4月に発令された交通政策監に対して「歩くまち京都」の実現に向けて交通政策監の役割などを聞き、今出川通LRT推進の提言、新景観政策、屋外広告行政などについて手短に要望してあっさり終えた。
夕方は、京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学校バレーボール大会の実行委員会に。今年で12回目、3月7日8日、こども体育館で左京の小学校のクラブやスポーツ少年団のチーム、43チーム、400人近い児童が参加、熱戦を繰り広げることに。応援よろしく。
そして夜10時前、二条駅の映画館に「チェ 39歳の別れの手紙」の最終上映を見に行く。キューバ革命に成功した後、カストロに別れの手紙を残して、ゲバラは、ボリビアへ革命闘争のために赴く。昨年5月に娘のアレイダさんを京都に招いて講演会をしたが、彼女との別れもワンシーンに再現されていたのが印象的だった。映画はボリビアに入国して山中を喘息に苦しみながらもゲリラ活動を続け、1967年10月に政府軍の攻撃を受けて処刑されるまでのほぼ1年を描いている。39歳だった。ぼくがキューバにサトウキビ刈りに行ったのは1970年のこと。21歳のとき。あれから40年だな。
●2月26日(木)
本会議の二日目。安孫子和子議員ががわが議員団の先頭バッターで登壇、議長席には小林副議長、安孫子さんは、予算の概要と市民への説明について、ご自分の闘病生活にも触れながら、女性のがんの予防検診対策や児童虐待対策、林業振興、「木の文化を大切にするまち京都」、京北地域のこと、栗尾トンネルことについて質疑、わが議員団のホープ、中野洋一君は、融合政策としての雨に強いまちづくり、歩いて楽しい東大路歩行空間創出事業、京都市民環境ファンド、今年で一旦休止されるシティ・ハーフマラソンのこと。ベテランの宮本徹議員は、例によって哲学的?な難解な演説を延々。ようわからん。質問項目は、右京区のまちづくり、障害者自立支援法、あんしん生活緊急サポート事業、観光、環境モデル都市など。公明は柴田、湯浅議員が登壇。柴田議員は、定額給付金のことをいささか芝居がかって演説。役者やね。
その後、20年度雇用対策事業特別会計予算などについて普通、公営企業予算特別委員会委員長から委員会審議について報告があり、粛々と原案可決。また追加提案として定額給付金給付事業特別会計予算について星川副市長から提案説明。委員会に付託されて審議されることに。散会宣告のあと本会議場で普通予算特別委員会の審査日程など決定。
●2月25日(水)
KBS京都放送でテレビ中継のある本会議の初日、自民の高橋議員は、西脇尚三議員を偲びながらの代表質問。西脇議員は、この市会で質問に立つつもりをされていたようだ。あらためて心よりご冥福を。以下、自民の小林議員、そして昼休みを挟んで大西議員が質問、大西議員は思い入れがあるのだろう、延々と日本熊森協会のことを朗読の会?のように演説。その後、共産の山中、玉本、岩橋議員が質疑。09年度の予算案に関連して京都未来まちづくりプラン、環境モデル都市、同和行政、水族館、高速道路、保育行政、障害者福祉、子育て支援、国民健康保険、地下鉄事業などそれぞれの視点で質疑。着物姿の門川市長をはじめ副市長や局長が答弁。議場が騒然となるような野次合戦もなくほぼ順調に終わって延会。腰が痛くなった。終了後、安孫子和子議員が質問原稿の読み上げ練習をするのをチェック、アドバイスをする。ちょっと時間が足らないかな。夜、事務所にて同和行政の冊子の校正。
●2月24日(火)
10時前わが母校の第四錦林小学校の「ふれあい作品展」に。児童たちの絵や模型で作った町並みなどとともに吉田学区民の貼り絵などの作品も展示。
午前11時から討論結了の普通予算特別委員会および公営企業予算特別委員会が開会、20年度一般会計補正予算などの賛否について各会派態度を表明。それぞれ賛成、可決されることに。
議員会では、追加議案として提出された定額給付金事業についての説明。京都市で事業の実践に要する経費は、9億8千万円、給付の対象者は、特別永住者などの外国人も含めて67万所帯、143万人。給付金は1万2千円、ただし2月1日現在65歳以上18歳以下の人は2万円が支給されることになる。政策としては、愚の骨頂だと京都市会としては、11月市会で共産と民主の多数で見直しを求める意見書を可決したが、国会では最終盤で小泉元首相の退席などもうひと波乱ありそうだが、さて京都市会としてわが議員団はどうするか、結論はこれからだ。また旧隣保館、コミュニティセンターの運営を民間へ委託する為の入札契約についての質疑も。市会で条例について結論が出るのは3月19日、地元住民への説明など4月1日から実施できるのだろうか、ちょっと拙速な感じやね。
また午後4時過ぎから自治労京都市交響楽団音楽家労組のメンバーと懇談会。全国で唯一の自治体直営の交響楽団としてがんばっている京響だが、京都市音楽芸術文化振興財団へ移管が提案されている。説明が遅かったのもあるが、財団への移行を巡って、身分保障の問題など楽団員さんは不安に思っておられる。運営についてはメリット、デメリットがあるようだが、京都市民の誇りである京響をどう発展させるか、議論が必要だ。
●2月23日(月)
議員会。普通予算特別委員会が開催され議論されてきた20年度予算補正予算について、第一、第二分科会所属の委員から分科会での委員会議論の報告。地域活性化や緊急雇用対策の国からの交付金でなされるので賛成する方向に。
午後、本会議場で議員研修会。「美と知を楽しむ都」というタイトルで、元京大総長、現京都市産業技術研究所西島安則所長が講演。西島先生は大正15年生まれだから、83歳か。お元気で何より。ルソーの言葉を語りながら、梅屋小学校のときに遭遇された室戸台風のことやフランスはラスコーの洞窟壁画のことなどに触れながらご自分の人生を回顧。また京都の大学のこと文化のことなど語られる。
その後、ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会・関西実行委員会の代表の森さんと訓覇さんらが来所。ハンセン病問題の解決へ向けた要望を持参して、保健福祉局、人権文化、教育委員会の担当者と懇談。「無らい県運動」なるもので患者の強制隔離が進められてきたが、従来の「らい予防法」が廃止され、「ハンセン病問題基本法」がこの4月から施行されることになる。地方公共団体の役割について責務があるということで、啓発や検証作業や研修会の開催などについて要望書を提出。退所者の森さんから色々とお話も伺う。
●2月22日(日)
午後、民主党京都府連結成10周年記念大会。冒頭に記念表彰式が行われ功労者として坂田録郎さん、宇都宮壮一さん、梅林等さんが、特別感謝状が片山、木戸、羽室氏の歴代の連合京都会長に渡された。前原誠司議員が民主党副代表として結成当時のことなどをスピーチ。当時の社民党、民社党、そして「さきがけ」が連合京都の協力のもとで京都の民主党が結成されたのだ。それから10年、今や前原、山井、福山、松井、泉、北神の6人の国会議員、また府会に16人、京都市会に14人、府内市町村議会に40人余の自治体議員を擁するまでになった。
多くの代議員やサポーターの参加があり大会プログラムによって、知事、市長、連合京都の木村会長の挨拶の後、活動や決算報告、また活動方針、予算案などが提案され承認される。ぼくは自治体議員ネットワーク事務局長としてそれぞれマイクを持ち手短に報告。最後に衆議院選挙の必勝決議が読み上げられ、松井孝司議員の音頭でガンバローを三唱!高揚した気分の中で大会は円滑に終わった。自民党麻生政権の末期的症状の中で、いよいよ政権交代に向けての闘いが始まるのだ!社会党から始まったわが政治活動も民主党で開花するか!がんばろう!
●2月21日(土)
午前中、第18回自治労清掃支部定期大会に。京都市役所の職員労働組合が共産党系の組合から別れて自治労の旗を立てたのが20年近く前。自治労清掃支部は結成が早かった。当時、わが友人が書記長に就任、組織固めに張り切っていた記憶がある。2年前の不祥事問題の続発で、「信頼回復と再生のための抜本改革大綱」が策定され、まち美化事務所の業務の見直しや廃プラスティックの分別収集の開始など大きく職場環境も変化した。市民に信頼される努力と環境共生都市に実現に向けて組合としてもがんばっている。若い執行部のみなさん、がんばりや!
昼前、特定非営利活動法人ユニバーサル・ケアが運営する「市民後見センターきょうと」の代表、内藤健三郎さんと懇談。認知症の高齢者の権利擁護を目指して成年後見人制度が始まったのは平成12年。制度はできたものの利用は簡単ではないようだ。そこで、文字どおり「市民による、市民のための」成年後見利用相談所としてセンターを立ち上げられた。地方公共団体が支援できることなどを中心に色々と実践されていることをお聞きする。ぼくなりに勉強をして行政の関係者といづれ協議したい。
夕方は、京都府広告美術協同組合の会合に。新景観政策の施行により、屋上の広告物禁止やネオンサインなど屋外広告物の規制が厳しくなり、一方で京都らしい広告が模索され始めている。業界としてアンケートを取ったり、学生のグループらと調査をしたり色々とされているが、現状などご意見をお聞きする。京都に相応しい広告とは何か、一緒に考えて行きたい。
● 2月20日(金)
20年度補正予算審議のための普通・公営企業予算特別委員会が開催される。ぼくは普通予算特別委員会の第二分科会に所属。都市計画局、建設局、消防局、教育委員会、保健福祉局の順番で予算の説明と審議。
ぼくは、京都駅南口の立体横断施設整備の予算1千万円が減額になったのでその原因と広場整備計画の進捗状況と今後の展望について、また地域活性化・生活対策臨時交付金事業として行われる公営住宅空家整備事業の詳細について、さらに第二次世界大戦終戦近くに京都府庁が東山区は知積院の地下に移転する計画があり、その特殊地下壕の安全対策の工事費のことについて質疑。戦時中の遺物の処理もあるのだな。今回の補正予算は、経済危機に対して雇用や地域化のためだが、ほんまに効果があるのかな?疑問だ!
夕方、まちづくりアドバイザーについて相談ごと一件。またその後、事務所にこもって同和行政の議事録の冊子の校正刷りが上がってきたので校正作業。
●2月19日(木)
2月市会定例会の本会議。恒例により本会議場で京都市交響楽団の4人の方による演奏。京都市歌に続いてモーツアルトの弦楽四重奏曲第二番ニ長調K.155より第一楽章アレグロの演奏。議員一同、静粛にしてみんな聴き入っていました。
本会議では、冒頭に先日急逝された西脇尚一議員のご冥福を祈って黙祷のあと、同じ下京区選出のわが議員団長の今枝徳蔵議員が追悼演説。色々なエピソードを交え涙ながらの演説だった。西脇議員とは、喫煙室で青年団活動をしていた若かりし頃の話をよく伺ったし、今年の出初式で下京消防団の先頭を歩いておられたのが最後だったかな。心よりご冥福を。
そして黒の紋付羽織袴姿の門川市長が登壇して21年度京都市予算について提案説明。「共汗」と行政の縦割りを排した政策・施策の「融合」で、地域力、文化力など「京都力」で新しい地域主権時代のモデルをつくりたい、「行動する楽観主義者は困難ときに好機を見つける」、と決意を述べ、各行政分野での主なる事業の説明。京都市の21年度当初予算は、一般会計6939億円、国民健康保健など特別会計6500億円、交通、上下水道事業など公営企業会計など総合計1兆6500億円。
その後、星川副市長から20年度の補正予算や各条例などの議案について淡々と説明があり延会。本会議場で普通予算特別委員会の委員の選出なども行われた。
午後、「京都・今出川通りにLRTの実現を推進する会」(新今電会)が研究報告書をまとめ、門川大作市長に提出。会長は国枝元市会議員。ぼくは相談役として同席。推進する会の西陣織物工業組合や下鴨神社、吉田神社の宮司さん、また立命、同志社、京大の関係者や推進する会のメンバーが同席。京大の研究者らによる提言は、銀閣寺道から京福電車等寺院駅まで6・3キロ。建設コストは約150億円。写真入の立派な提言書が完成した。ぜひお読みください。市長は、検討したいと答えつつも、「市が借金を抱えることは難しい。民間や国の支援、市民のコンセンサスなどの課題がある」と指摘。実現への道程は容易ではないが、夢があっていいよ。
夕方、隠塚議員の事務所で、保育園関係者と懇談会。プール制の堅持についての請願を提出したいが、請願紹介議員になって欲しいということ。保育園連盟の不透明な助成金の支出が発覚して、この問題の究明もあるし紛糾するだろうな。
夜、服を着替えに自宅に寄った際、車が駐車違反でステッカーを貼られていた。まいった!川端署へ行って若い婦警さんから聴取。不徳のいたすところ。罰金も痛いしゴールド免許証もこれにてお仕舞い。
●2月18日(水)
午前中、某新聞社の記者が来所。市長選挙からちょうど1年。この1年の門川市政の評価やこの予算市会の諸課題について懇談。市長は1日も休むことなく走りまわってきて、未来まちづくりプランも策定されたが、使用料の改定など市民生活にとって厳しい予算編成になっているし、コミセン問題など多少拙速なところもある。なにはともあれ健康に留意してこれからもがんばって欲しいが、課題は多いね、ということかな。そやけど1年は早いね。
午後は、議員団室に。代表質問に立つ安孫子和子副団長の原稿を読んでアドバイスをしたり、気鋭の劇団「笑いの内閣」の代表者が尋ねてきて青少年活動センターの使用料の改定問題について説明・議論。今まで無料で芝居の稽古に使っていたところが、新年度から使用料を払うことになるので、利用者への説明などどうなっているのか、ということ。この市会では20数項目の使用料・利用料の改定問題があり関係者の声をどう聞くか。
夕方、四条河原町で連合京都が非正規雇用問題の街頭アピール。ちょっと寒かったけれど、1区から民主党の公認候補として出馬予定の平智之君らが演説。その後、連合京都洛東地域協議会のメンバーとの懇談会。あるバス会社労組の役員は、この景気の落ち込みでいかに貸し切りバスの需要が減って車庫に止まったままになっているのか、またある化学メーカー会社の役員は、車の生産が落ち込んだことで下請けの影響としてラインが止まっていることなど深刻な状況や雇用の確保について真剣な訴え。
●2月17日(火)
10時から議員会。市会事務局からは新年度の市会事務局の予算について説明。京都市会紹介のDVDの作成が新規企画。果たしてどんなものができるかな?理事から諸般の懸案事項についての報告があり、市会として緊縮財政のときに報酬カットや議員定数の削減問題などこれから議論をしようということになった。またこの市会本会議で代表質疑に立つ安孫子、中野、宮本議員からその質問要旨の説明。色々とアドバイスをするが、某ベテラン議員はいつものことながら原稿の仕上がりが遅い。大丈夫かいな。
午後、西京極の自閉症の人たちが通う作業所へ。ちょうど休憩時間。鈴木さん、よう来てくれましたと歓迎を受ける。政令指定都市の名前を全部言える青年がいて感服。しばらくして黙々と作業を再開。がんばりや!
夕方は、部落解放同盟田中支部のメンバーと懇談会。京都市政のこと、点検委員会のこと、コミュニティセンターの廃止・見直し問題、まちづくりのこと、これからの解放運動のことなど色々と懇談。意見交換を今後も重ねたい。
●2月16日(月)
議員会。消防、都市計画、産業観光、上下水道、教育委員会の順番で新年度予算や議案についての説明と質疑。消防局では、防災危機管理対策の強化や消防団の充実、また左京区は大原地域の救急救命体制の充実ということで大原消防出張所の移転整備に予算がついた。都市計画局は、「歩くまち・京都」の推進が目玉か。東大路の歩行者空間創出事業が試みられるし四条通の歩道拡幅なども計画。産業観光局は、和装産業活性化戦略プランの推進や地球温暖化防止対策として森の力活性・利用対策などされるし、緊急雇用創出事業として伝統産業の展示品の作成や猿害防止対策も予定されている。
上下水道局は、悪夢の職員不祥事問題が発覚してちょうど1年。職場風土の改善に向けて色々と取り組みが進んできた。西村管理者からこの間の総括などについても質疑。大原の簡易水道の市への移管や花脊・広河原での地域水道敷設、また大原、静原、鞍馬の北部地域特定環境保全公共下水道特別会計の説明も。教育委員会は、放課後まなび教室の全小学校区での実施や東山区の小中一貫校整備など。夜テレビのニュースでは、ローマの財務相会議で中川大臣が酩酊状態の記者会見の様子。また麻生内閣チョンボや!
●2月15日(日)
午前中、市役所前広場で東京から上洛した日本サイクリング協会のメンバーと顔合わせ。デンマーク大使館がCOP15サイクリングツアーを5月31日に京都議定書発効の地京都で企画。詳細はいづれ発表されるが、京都市も協力して、なにやら大がかりな楽しいイベントになりそう。乞うご期待!その足で、「みやこめっせ」での「DO
YOU KYOTO?」の合言葉に,脱温暖化に向けた取組を実践している団体を一同に集め,取組内容の発表や情報交換等を行う「京都議定書発効記念活動交流会イベントー京野菜を食べよう(地産地消)~」に。大島仁(京都市地球環境政策監)とスローライフについてベニシアさんとの対談。京野菜を使った大根のポトフなどが無料で食べれるということで長蛇の列。京野菜の販売や環境問題に取組む市民団体や企業等のブースもあって賑わっていた。
午後はコンサートホールへ。わが娘が京都教育大学市民合唱団にお世話になっていて、京都市交響楽団と一緒の演奏会。なんとバッハのロ短調ミサ曲という長い曲。指揮は山下一史さん。練習に通っていたのは知ってはいたし、合唱団のみなさんの邪魔になってはいないかと心配していたが、驚きました。舞台に立っているだけでもたいへんなのにようがんばった。ぼくはちょっとだけ居眠りをした時間もあったが、最後まで聴いた。ちょっと熱くなったね。みなさんありがとう!
●2月14日(土)
午前中、西陣山岳会のメンバーが来所。日中武道研究会として太極拳を試みているが、その練習会場のことで相談に。色々と会場探しがたいへんみたいで、ちょうど話題になっている同和地区にあるコミュニティセンターの屋内体育施設の今後の運営や利用について懇談。4月以降、地域体育館としてどういう運営方針になるのか、ちょっと不透明だが大いに利用してください。
午後は、国際会館で「人づくりフォーラム」。今年のお目当ては、ノーベル賞物理学賞を受賞されて今や時の人の益川敏英さんの「京都市名誉市民表彰式」。小柄な人で文化勲章を受賞されたときの文化人についてウイットあふれるスピーチ。なにか可愛い感じの人だった。フォーラムのメインは尾池元京大総長の司会で作家の重松清さんやジェフ・バークランドさんの「子どもたちの育ちを支える家庭・地域・社会のあり方」。途中まで聞いて退席。鴨沂高校同窓会のことで打ち合わせ。夜は、事務所で、同和問題についての冊子を出すべく前書きなどの文章書き。タイトルは「同和行政―行政責任と行政依存―自縛からの脱却を!」としよう。
●2月13日(金)
議員会二日目。文化市民局からは、各種文化事業や地域振興対策として各区の事業の説明。左京区は誕生80周年として外国語左京観光マップの作成など予算計上されている。また全国で唯一自治体直営の京都市交響楽団が財団に移行されるということで質疑。青少年活動センターや運動公園、地域体育館などの使用料の改定も予定されているので、議論しないと。
保健福祉局は、冒頭に謝罪。京都福祉サービス協会の資産運用について、外債が焦げ付き1億円の損失。その経過と今後の対策の説明。また読売新聞朝刊にスクープされた京都市保育園連盟の常務理事が助成金を不正流用していたことについて、謝罪と釈明。亡くなった椋田知雄議員が理事長だった。プール制削減問題が浮上しているときに爆弾が破裂したな。その後、予算案の説明では、国民健康保険料のアップもあり、これはたいへんですよ。
交通局は、地下鉄の財政健全化と乗客増対策など、また市バスは乗客増を見込み黒字予算。建設局は、放置自転車対策や御池通の再整備など。またこの4月からは環境政策局に名称変更される環境局からは、ごみ減量対策や環境保全対策など。有料指定袋制の実施による財源の活用については、色々と異論が出された。
そしてもういちど文化市民局を呼び込んで旧隣保館、コミュニティセンターの廃止問題について喧々諤々の議論。屋内体育施設が地域体育館として活用されることになるが、管理をどうするのか、不透明のところもある。いづれにせよコミセン問題はこの市会の大きな課題。6時を過ぎていた。
●2月12日(木)
2月定例市会が告示。昼から議員会を開催し、予算や上程された議案についての勉強会。理財局からは、補正予算と当初予算の概要の説明。一般会計の総額は6940億円。雇用対策事業特別会計が設けられて緊急雇用創出事業にも取り組まれることになる。一方、使用料・手数料などの改定、補助金の削減などもあり、色々と議論を呼びそう。総合企画局からは、市民共汗サポーター制度の創設や留学生受け入れ拡大のため予算や地球温暖化対策の各種事業についての説明。総務局は職員の給与費のことやボストンとの姉妹都市50周年事業など。会計室や監査事務局、選挙管理委員会からも簡単に説明があった。それそれ説明の後、各委員から質疑。
夕方、自民党の長老、下京区選出で10期の西脇尚一議員の通夜に。下京の消防団長をされていたのでこの1月の出初式には元気よく先頭を歩かれていた。ヘビースモーカーだったので喫煙室でよく若いときのことを聞いた。ところが最近、禁煙されたので喫煙室にも来られなかったが、調子が悪かったのだろう。2月の予算の内示のときは来られていたらしい。急逝だった。消防団のみなさんや奥さんが女性会の会長をされていたこともありたくさんの参列者。心よりご冥福をお祈りいたします。昨年夏には椋田知雄議員も亡くなった。3月末には補欠選挙が行われることになった。さて民主党はどうするのか。
●2月11日(水)
久しぶりの休日。昼前、天気も良かったので、ぶらり1人で今年2度目の大文字山へ。わが家から吉田山を越えて法然院へ。枯れた松などを伐採し森林整備に努めている「文化の森」から尾根を喘ぎ喘ぎ登って大文字の火床へ。2月にしては暖かく気持ちよく京都の街が見下ろせる。コンビニで買ったおにぎりを食べて、いざ三角点へ。途中、まったく偶然にも地元の吉田のハイキングクラブの大江さんに出くわす。ほんまにびっくりしたよ。またご一緒させてよ!火床から30分ほどで山頂の三角点。標高466メートル。景色はまた格別。鴨沂高校山岳部の時代、確か北山50山として三角点を踏みに行くことを部員の目標にしていた。またやるかな。山頂でちょっと一服、煙草が美味い!京都一周トレイルの標識を目印に鹿ヶ谷へ谷伝いに降りるコース。途中、俊寛の碑なるものが出現。そして楼門の滝も風情のある滝でした。哲学の道から真如堂、そして宗忠神社を通って事務所に。およそ3時間ちょっとのゆっくりしたハイキングでリフレッシュ。ちょっと足が痛いね。
夜は、京都では知る人ぞ知る村井信夫さんの社会福祉功労者厚生労働大臣表彰受賞と古希を祝う会。醍醐寺の住職や社会福祉協議会長や松井元副市長、部落解放同盟京都府連委員長等が呼びかけ人。ぼくは村井さんが部落解放同盟京都市協議会議長の時の出会い。市長や国会、市会議員らたくさんの出席者、麻生太郎氏の祝電が披露されて驚いた。結婚50年ということで、奥さんへの感謝が印象的。村井さんらが始めた醍醐コミュニティバスも5年目になって乗客は200万人とのこと。機会があれば同和問題についていつか「本音」を語りたい。
●2月10日(火)
午前9時半に、隠塚議員と一緒に養正コミュニティセンターへ。所長から相談業務の現状や駐車場問題、また地域交流事業「学びとふれあい事業」のことなど説明を聞き、また福祉センターを見学。それから岡崎の錦林コミュニティセンターにも行って、所長と意見交換。昨年「夏まつり」が実施されなかったことは残念なことであった。かっては地域住民だけしか使えなかった屋内体育施設も地域外のママさんバレーの練習などにも利用され、会議室も大正琴やダンス練習に利用されている。また4月からコミュニティセンターが変わるという告知のビラの反応などについては、それほどないらしい。ただ、4月から職員が引き上げるということは、事務的にはちょっとたいへんそうだ。
午後は議員団室で相談ごと一件。そして、議員会では昨年4月から開催された「京都市同和行政終結後の行政の在り方総点検委員会」での審議経過や今後の課題など文化市民局の担当者から説明を受けて意見交換。この委員会は、門川マニフェストに掲げられていたもので、新川達郎同志社大学院総合政策科学研究科長を委員長に、自立促進援助金制度、コミュニティセンターの在り方、改良住宅の管理・運営及び建て替え、崇仁地区の環境改善、市立浴場など地区施設の在り方、人権教育・啓発の在り方について審議されてきた。運動団体からは当事者が委員になっていないという批判もあるが、かなり大胆な答申が出されるのではないかと思っている。ただ4月1日にコミュニティセンターから職員を引き上げ、管理団体を募るというのは、ちょっと拙速すぎる気がするよ。
●2月9日(月)
午前10時から経済総務委員会。門川市政の羅針盤になる「京都未来まちづくりプラン」が策定されたのでその説明。また「大学のまち京都・学生のまち京都推進計画」の策定についてや「環境モデル都市」に晴れて選定されたことなどの報告。また産業観光局からは京都市産業支援機関の機能強化のこと、さらに京都市中央卸売市場第二市場基本構想案などについて説明があり、それぞれ各委員から質疑。「未来まちづくりプラン」については、事務事業、イベント事業、補助金など歳出構造の見直しがされているので、保育行政のプール制堅持のことなどで市民からパブリックコメントも多く寄せられた。新年度予算で各種利用料や使用料がどのように改定されるか注目を。色々と請願が出てくるやろうな。
委員会が終了後、午後3時、市役所を出発して同僚の議員らと北区は千本北大路の楽只コミュニティーセンターへ。資料展示室の「ツラッティ千本」は同和・人権問題を学習する施設として94年に開館。開館して15周年を迎える。ぼくは久しぶりの訪問だった。古地図や洛中洛外の屏風絵を含めて、千本地区の歴史など分りやすいように展示してある。「ツラッティ」とは、「一緒に連れ立って」の意味があるらしい。人権研修として各地からの研修団体を受け入れている。中旬からは「千本の目医者―人権と福祉のまち千本のルーツをたどって」という企画展が開催される。いちど行かれてみてはどうですか。また地区の中にあるかっての学習センターは、「ふれあいの杜分教室」として不登校の生徒たちの学習の場にもなっているという。改良住宅の新棟も見学。比叡山や東山、北山がきれいに見えた。
夕方は、自治労京都市職の役員らと民主・都みらい議員団との懇談会。京都市長選挙から1年、職員給与カット問題やこの1年の市政運営などについて意見交換。組合運動も厳しい状況だな。
●2月8日(日)
午前11時から吉田神社は祖霊社でわが祖母、鈴木つねの25年祭とご先祖さんの鈴木直吉の100年祭。寒風が吹きいささか寒かったが、わが両親、弟たち、そしてつねばあさんの娘になる叔母と従姉妹夫妻ら15人が参列。神官がお祓いをしてくれて玉串を奉典。今あるのもご先祖のお陰ということ。
そして場所を吉田山荘に移して会食。大文字山と東山連峰を背景に真如堂や黒谷のお寺の景色が最高。美味しい料理をいただき、また女将の話などお聞きし、また新古館でコーヒを飲んで、つねさんの思い出話。確か明治28年生まれだった。ぼくはおばあちゃん子だったのだ。まあ色々と心配をかけたよ。議員になる前に他界したのは残念だった。かみさんとぼくが世話役ということで色々と気を使いちょっと疲れたかな。
夕方は、山科の前原誠司事務所で選挙対策委員会と常任幹事会。昨年秋には解散・総選挙ということで確保された事務所は広い。前原後援会の役員の方らが結集。早ければ4月末か、それとも任期満了まで麻生太郎氏は選挙をしないのか。景気が落ち込む中での選挙準備も大変だな。民主党への世論の期待は大きいが、気を緩めることなくしっかり準備をしよう。
●2月7日(土)
昼前、社団法人京都鴨沂会の定款改定委員会。公益法人の認定等に関する法律が制定されて、内閣府の説明書を参考に作業。こういうのはぼくは苦手だね。1年後輩の山崎君ががんばっている。
昼過ぎ、大韓民国民団京都本部の団長の金有作さんのご母堂の告別式。多くの供花が供えられていた。心よりご冥福をお祈りいたします。それから、過日亡くなった京都市民福祉センター(旧西陣市民センター)の会員だった野木さん宅を弔問。西陣に働く青年たちの拠点として設立された西陣市民センターにぼくも学生時代に出入していたことがあり野木さんと出会った。印刷の仕事をされていてよく事務所にも来てもらった。律儀な人だった。心よりご冥福を。
夕方、出町柳駅で民主党2区総支部の街頭演説。北岡、隠塚、藤川議員らが奮闘。ぼくはちょっとだけの参加。その足で、京都府医師会の賀詞交換会に。今年初めての企画ということで、京都府会議員と市会議員、そして門川市長をはじめ多くの市長らが出席。医療制度が危機的な状況にあるとき、自治体と医師会の連携が必要になってきているということか。そして中央市場の関係者の親睦会に呼ばれていたので走る。余興でマジシャン、田中一伸さんのカードマジックなどを堪能。いやはや面白かった。
●2月6日(金)
昼、激寒の市長選挙からちょうど1年、とある人物と懇談。京都市政のことで四方山話。午後、川端二条の頂命寺で、日本社会党の京都の委員長で国会議員だった今は亡き竹村幸雄さんの実兄で京都市役所OBの竹村實さんの告別式。見送った後、隣の塔中の妙雲院では偶然、「初午」ということで、住職の藤井照源さんらが「大水行」。初めての見学。褌姿で樽の水をかぶる行。藤井住職は新洞学区の役員をされていることもあり新洞小学校の児童たちも見学に来ていた。色々な行事があるのだな。風邪をひかれなかったか、ちょっと心配。
夕方、携帯の充電の調子が悪くなったので、携帯の交換に。機種が変わるとややこしいな。そして夜は、神楽岡の藤村接骨院へ。藤村先生は、節分のとき赤鬼役だった。電気治療を施してもらい、また体をほぐしてもらい、ようやく回復したかな。
中央経済社から「公共政策のための政策評価手法」(伊多波良男編著)の本が届く。伊多波先生は、同志社大学院総合政策科学研究科のときのゼミの先生でわが師匠。99年に発行された「これからの政策評価システム」にもささやかな文章を書いた。今回は、政令指定都市における政策評価の導入状況ということで京都市の行政評価条例のことについて書いたのを同じゼミだった松田敏幸君がリライトしてくれて数ページ掲載された。政策評価のその意義や様々な手法が解説されている本。ちょっと難しいよ。でも読んでみて!
●2月5日(木)
午前中、事務所にて古紙のリサイクルを事業化している会社の方、また介護のことで相談ごと2件。夕方、とある友人の教員が相談ごと。夜は、福祉工房P&Pの西村君来所。この間、同和行政についての本会議での質問の議事録を冊子にしようと小見出しをつけたり作業をしてきたが、ようやく目途が立った。出来上がったデーターを渡し、レイアウトなどを依頼。96年の5月市会のときは徹夜続きでほんまに原稿を書くのに必死だった。色々な人と議論をして、資料を集めた。今は亡き師岡祐行さんや藤田敬一さんの話や本から学ばせてもらった。そして秋には、京都会館別館で「同和行政と制度疲労」と題して藤田敬一さんと公開対談をした。自民党の議員や多くの市職員や運動団体の人も参加して会場は満員。後で知ったことだが、会場に来ていた人がテープを取ってくれていて、その対談の模様が印刷されて出回っていたという。そのときの資料はどこかにしまい込んでしまったが、もし今もっている人がいたらもういちど読みたいので、探してください。今回の冊子には、その後の本会議での同和行政に関わる議事録とともに、この20年の間に市会で同和行政に関わる市会決議などを参考資料として発刊したいと思っている。3月初旬には発行できるかな。ご期待ください。そして、5月頃には藤田敬一さんを招いてまた公開シンポジウムを企画しようと思っている。
●2月4日(水)
昨夜、節分から帰って風呂に入って寝たのは未明3時前。ボーとしている。されど昼前、荒神橋は鴨川河畔の「くに荘」で「住みよい京都をつくる婦人の会」の左京支部の会。波部左京区長らも参加。好天で大文字山など東山連峰の山並みが春を告げている。90歳になる高齢のご婦人方もおられる中で京都市政の課題について市政報告。
午後は、市役所議員団室に松井孝司参議院議員の秘書から市民相談ごと2件。国会議員の秘書さんも色々と市民相談があってたいへんだね。その下請けが府市会議員。その後、ハンセン病の患者さんたちの人権問題に取り組んでる市民団体の方と懇談。昨年ハンセン病基本法が制定されたこともあり自治体の役割はもある。かって奈良の「交流の家」に行ったことや結純子さんのひとり芝居「地面の底が抜けたんです」を見たこともありそれなりに知識はあった。京都市に要望書を出そうということで色々と懇談。
夕方は、自治労文化市民支部の新春の集い。文化市民局の理事者とともに動物園やコミュニティセンターの職員、京響、埋蔵文化財研究所のメンバー等が文化集う。今年になってロイヤルホテルでの旗びらき、新年会は6回目ぐらいか。同じ料理で食べ飽きた!これにて旗びらきロードもおしまいだ。やれやれ。節分の疲れもあってぼーとしていた1日。
●2月3日(火)
今朝も白袴の着付けに四苦八苦。8時過ぎ吉田神社の節分に。天気予報は、午後から雨。なんとか天気が持ってくれればいいのだが。昨日に続いて「御神楽・追儺の矢」の受付に座る。
去年は雪だった。そして京都市長選挙の告示日。羽織と白袴の格好のまま出陣式に駆けつけたのだった。ほんまに寒い選挙やったね。今年は11時から第一応接室で新年度予算の会派別内示ということで羽織白袴の姿で市役所に。、民主・都みらい議員団が揃い市長と3人の副市長や理財、総務、総合企画局長らが揃ったところで2009年度予算案の内示。門川市長から予算案の特徴や苦心した点などについて概要説明があった後、星川副市長から主なる施策・事業について説明。臨時財政対策債を活用しつつ当初予算は昨年より40億円多い6940億円で3年ぶりの増額予算。「京都未来まちづくりプラン」を展開できる予算として、経済金融危機を乗り越えるために「いのちと暮らし、安心・安全を支える」ことを重点に福祉と子育て、雇用対策などセーフティネットの強化を図る予算にしたと説明。緊急雇用対策でいくつかの事業が提案されているのが今年の特徴か。いづれ詳細な説明があり、委員会で審議されることになる。
説明の後、吉田神社に引き返し、ふたたび「御神楽・追儺の矢」の受付に座る。昼過ぎ、天気予報が当たって小雨が降ってきた。残念。例年に比べて人出が少ないな。露店はどこも手持ち無沙汰の様子。午後8時には左京消防団と左京消防署長らも激励に。夜になっても小雨は降り続けて、午後11時のお札を燃やす火炉式のときも、いつもだったら石段ところで参拝客の境内への入場を制限するところだが、今年はそれもしなくて済んだようだ。今宮会と消防団のみなさんが警備。5年ほど前までは消防団のメンバーと一緒に未明まで作業を手伝っていたがぼくはもう引退。「仕舞い神楽」が終わったのは12時前、今宮会のメンバーの打ち上げを覘いて一献傾けて帰宅したのは午前2時前か。疲れたよ。冬来たりならば春遠からじ。立春も過ぎた。もうすぐ春だよ!
●2月2日(月)
今日から吉田神社の節分。朝から白袴をはくのに四苦八苦。新品の羽織を着て8時前から本宮社殿に引き続き大元宮にて神事。前原誠司議員も参拝。ホカロンを貼り付けて完全防寒の防備をして行ったが今年は暖かい!いつものように本殿横の「御神楽・追儺の矢」の受付にわが後援会会長の柿阪正夫さんらと座る。午前10時前には可愛い巫女さんや雅楽のメンバーが揃い準備完了。地元吉田の人たちや顔見知りになった遠くは愛知県などからも毎年参拝される方もおられ、厄払いや家内安全など諸事の願い事を祈願。巫女さんが舞い、「追儺の矢」をお渡しする。メールで知らせたわが友人等もたくさん来てくれた。東一条から京大正門前、そして参道からさらに大元宮まで露店が並び多くの参拝者で賑わう。
夕方6時からの「鬼やらい」といわれる追儺式を目当てに5時過ぎからは境内は人並みで埋まり始める。6時前にはホラ貝が響く中、神楽岡町の保存会の人たちが扮した怒りや悲しみを表現している赤鬼と青鬼と黄鬼が登場。そして、松明を持った子供たちを従えた黄金四つ目の仮面を被った方相氏が鬼たちを追い、葦の矢を殿上人が放って鬼を追う払うという、つまり人々の幸福と平和な生活を願うという儀式。子どもたちの泣き声も聞こえたよ。月曜日なのでいつもより参拝客は多少少ないかな。夜11時頃、仕舞いかけたら大原の前原後援会の某氏らが登場。締めくくってもらった。ともあれ寒風も吹くことなく暖かい日でよかった。
●2月1日(日)
今日から2月。ゆっくりした日曜日、事務所にて雑務。94年5月市会と96年5月市会、そしてそれ以降の本会議でも同和問題について質疑をしてきたがそのときの議事録を冊子にするべく、小見出しをつけたりする作業。ほぼ目途がつく。2月下旬にでも発行したいと思っている。ぜひご笑覧ください。
夕方は、聖護院の「炎の火」にて、第四錦林小学校の5・6年のときの山内光夫先生のクラスのときの同窓会。卒業したのは1961年(昭和36年)、あれから49年になるのかな、当時のクラスは47人。1学年7クラスだった。物故者も数人、消息不明の人も多いが、還暦祝いということで呼びかけたところ30人ほどから返事が来て、15人が集まった。ゴジラこと山内先生はもう10数年ほど前に亡くなったのは残念。吉田山や大文字山、鴨川でいつも遊んでいた。卒業アルバムや文集を持参してくれた人もいて、なつかしい思い出話や、体調のことや病気のこと孫のこと仕事のことなども近況を話す。童心に返ってワイワイ。お好み焼き屋で2次会。また来年集まろうと約束をして別れた。みんな元気で長生きしようぜ!
●1月31日(土)
1月も今日でお終い。明日から2月だ。昼前、岩倉はとある区画整理事業に関わる道路舗装問題と河川事業に関わることで市民から相談ごと。いちおう決着はついているようだが、経過など担当者から聞いてみたい。
昼過ぎは、岡崎コミュニティセンターにて自治会の会長さんと懇談。ご自分の若いときのことやコミセンの廃止・存続問題やNPOの活動のことなど聞く。
その後、NPO法人「あったかサポート」の研修会に参加。「成年後見人制度をいかに活用すべきか」という弁護士やNPO法人ユニバーサルケアの内藤健三郎さんらによるパネルディスカッションと交流会。判断力の無くなった高齢者や知的障害者などの権利を擁護するための成年後見人制度があるが、いかに問題解決をするのか、それぞれの立場での発言。福山参議院議員も参加して勉強。高齢者に対する「おれおれ詐欺」や悪徳商法に対処するための処方箋のひとつ。独居の方で心配な方、いちど相談されたらいいですよ。
夕方、事務所への来客は、介護の仕事をしている友人。京都市が出資している社会福祉法人「京都福祉サービス協会」が資産運用をしていた外債1億円が焦げ付いた事件について。市役所OBの前理事長が専決で購入したが、金融危機で回収が不可能になったと新聞にも大きく載った。京都の介護サービズの草分けでもあり多くのヘルパーと施設を抱える「京都福祉サービス協会」がこういう事態になったのは誠に遺憾だよ!市会の委員会でも大きな議論になるだろう!保健福祉局は、しっかり調査し報告すべきで、担当者の責任は免れないぞ。
●1月30日(金)
午前中、とある小学校の校長先生と発達障害の児童の教育環境について今後のことなど話し合う。その後、岡崎コミュニティセンターを訪問。副所長から運営状況や事業の取り組みなど懇談して、施設を見学。この地区の市営住宅は約50所帯。昭和40年代前半に建設され隣保館も設置された。開館時間は午前9時から午後9時まで、2人の市職員と1人の嘱託職員で運営されている。NPO法人「おもいやりネットワーク岡崎」として陶芸教室やちぎり絵教室などを実施、子育てサロンやカラオケなど地区外の人の利用も多くなってきているようだ。相談ごとは、役所から送られてくる書類に関しての説明や住宅の独居老人の訪問など。自治会の会長宅にも行こうと思ったがお留守。明日また来よう。
午後、桜の名所、銀閣寺前の疏水は「哲学の道」でクローン技術で桜を復活させるということで、「関雪桜」小枝採取式。哲学の路にテントが張られて石碑の前で門川市長と地元のみなさんが桜の枝を採取する儀式。岡山にある森林総合研究所にて同じ遺伝子を持つ後継クローン苗木を増殖し植樹しようという試み。楽しみですね。
夕方、部落解放同盟田中支部の書記長が「コミュニティセンターの存続を求める」要望書を持参。「地域に目を向けて、必要な一般施策を活用して人権・部落問題の解決を図るように尽力をして欲しいという」内容。
夜は、左京区役所の職員団体、自治労左京支部の旗びらき。31歳の若い支部長。なかなかしっかりしているよ。携帯電話の着メロでカラオケを披露する元気な組合員も。二次会にも少し顔を出す。
●1月29日(木)
山科区選出の豊田貴志府会議員が珍しく市役所の議員団室に。学校用地内における派出所設置のことで教育委員会との懇談の場に同席。市内には祇園石段下の弥栄中学校など数校だが学校用地に派出所が設置されているところもあるという。されど色々と課題はありそう。
その後、コミュニティセンターの廃止問題などについて文化市民局長らと懇談。同和行政終結後の在り方点検委員会での色々と議論が始まっていて、まとめも出され、11月市会で門川市長が廃止を表明したことで、廃止反対の署名運動も始まっているようだが、担当局の考えを聞く。4月1日から職員を引き上げ、相談事業などを止めて、NPOや民間のビル管理会社などに管理を委託するということなのだが、地元住民への説明や委託契約などどうするのか、時間的に間に合うのか、色々と不安が大きいね。
夕方は、自治労清掃支部の旗びらき。わが友人の髭の加藤氏が書記長となって、自治労清掃支部が立ち上がったのは1989年だった。あれから20年か。清掃局から環境局、そして来年からは組織改変で環境政策局なるものに変わるが、不祥事問題もあった、まち美化事務所の統合も話題になっているし、ゴミ収集の一部民間委託化も始まるし、有料ごみ袋の導入やプラステッィクの分別などこの20年、ほんまに色々なことがあったし、変わったな。
●1月28日(水)
午前中、京都サイクリング協会の会長らと、この5月31日に予定されているデンマーク大使館が主催するエコ・サイクリングの企画の協力のお願いに、連合京都、商工会議所、気候ネットワークなどを表敬訪問。京都でCOP3が開催されたのは1997年だった。その時も自転車によるパレードが行われたが、COP15がデンマークで開催されるということで、この企画が持ち上がった。地球温暖化を考えるために楽しいイベントになったらいいね。みなさん、ぜひご参加を。
午後、とある小学校の保護者の方が来所。発達障害児童の教育環境のことで懇談。自閉症など発達障害に関わる教育は、支援法も制定され教育現場への支援教員の配置などされ始めたが、まだまだ課題はありそう。教育委員会と話をしよう。
また国会では補正予算が成立したが、定額給付金のことで、どうするのですか、という問合せ。また戸籍法によれば出生届けは14日以内にしなければならないと決められているのに2月1日から15日で申請の受付をするというのは1日延長するのは、法律違反だという指摘。この定額給付金問題は、11月市会で共産党と見直しの意見書を賛成多数で可決したこともあり、波紋を投げかけている。京都市会でも補正予算の議案として上程されることになるのか、地域振興券のことでは市長専決でされたと記憶するが、仮に議案に反対したら京都市民には配られなくなるのかな。天下の愚策、景気回復だといわれるが、選挙目当ての買収行為だと言う人もいるし、されど1人1万2千円は欲しいと思っている人も多いし、さてどうするか、思案のしどころ。
夜、1994年と96年の5月市会本会議で同和行政の在り方について質問した議事録を冊子にするべく作業を始める。
●1月27日(火)
ちょっと二日酔い気味。福岡県庁に。議会棟は立派な建物。まずは、昨年スタートした福岡県森林環境税について担当者から説明を受けて質疑。荒廃する森林を保全するべく個人に年額500円、法人は現行の5%相当額を県民税に上乗せして課税され、約8億円の税収を見込み、期間は10年間。市町村が事業主体となって森林の整備や造成、公的な取得に当てられ、また県民参加の森林づくり推進事業を図ろうとするもの。また福岡県が進めている「農の働きもん派遣支援事業」についても説明を受ける。この制度は、農作業の人手を確保するためにJAと人材派遣会社に仲介をさせて地域住民を農家に派遣させようという制度。色々と課題はあるようだが、派遣問題が大きな話題になっている今の時代に、ちょっと面白い施策ではないか。
そして次に、京都市ではコミュニティセンター(旧隣保館)の職員の引き上げと廃止がこの予算市会で大きな議論になるが、博多区は千代地区の「人権のまちづくり館」を視察。福岡市内には10館ある。2年ほど前から職員の嘱託化が進められているが、パソコン教室や陶芸教室、保健福祉事業などが取り組まれている。会議室には「解放歌」の歌詞が貼ってあり、福岡は部落解放同盟の存在は大きそうで、今も交渉などが行われているようだ。さて、京都はこれからコミュニティセンターをどうするのか!
夕方、京都着。「住みよい京都をつくる婦人の会」の結成40周年記念の集い」。会長の内藤しげさんは今年も元気に演壇に。80歳半ばだと思うが、ますますカクシャクとしてこられた。公害問題や消費者運動、環境問題など女性の立場で、京都市政の守り立て役として40年を振り返り、これからも好奇心をもって生きたいとご挨拶。その元気さに敬服。各区の区長等と会員のみなさんが歌を披露したり賑やかな夕べ。
●1月26日(月)
朝8時過ぎ、京都駅へ。議員団の他都市調査で福岡へ。山口から雪景色。昼食の後、国際競争力のある博多港づくりと先進的モデル都市として、航路確保のために浚渫された土砂を埋め立てたアイランドシティに。その概要とさらに福岡ビジネス創造センターの説明を受ける。九州大学や産業界など産官学の連携で新たなビジネスモデルを作ろうとする拠点。それから住宅地など整備事業が進む様子を見ながら、国際コンテナ物流ゾーンで担当者から説明を受けて、コンテナの運び込みの作業を見る。港湾のない京都で生まれ育ったから興味津々。大型トレーラーで運び込まれたコンテナを吊り上げて、またコンテナをトレーラに載せる作業を見るのは飽きない。ITシステムで管理され、実に効率的に作業が進む。その積み下ろしの作業の速さは神技で実に面白かった。
夕方、議員団の同僚との夕食の後、わが青春の1ページ、岩国の反戦喫茶「ほびっと」時代の友人と会う。反戦喫茶「ほびっと」は1972年2月、岩国の米軍基地近くで反戦運動の拠点として開店した。その時のメンバーだったワシノ君とお客だったNさん。ワシノ君とは10年ぶりぐらいか。Nさんとは36年ぶり?その後、それぞれの人生を生きてきたが、「ほびっと」で過ごした時代は疾風怒涛の時代。児童文学作家の岩瀬成子さんの「朝はだんだん見えてくる」にその時代が描かれている。ワシノ君は環境問題などに取り組みながら次回の市会議員選挙の出馬することを考えているという。がんばれよ!そして博多の夜は、屋台とラーメンで締めくくった。
●1月25日(日)
昼前、岡崎消防分団の河野さんの告別式に参列。河野さんはぼくが学生時代に運送屋の引越しのバイトをしていたときの先輩。消防団の歳末警戒のときや近所を散歩しておられるときなどよく声をかけてもらった。享年67歳。心よりご冥福をお祈りします。
午後は、恒例の「左京区文化フェスティバル」が京都造形大学の春秋座で開催。左京区の国会・府市会議員が来賓で随時紹介してもらう。今年も大正琴の演奏、コーラス、踊りなど色々なグループが登場。今年はフラダンスの発表が多かった。それにしても女性たちが元気やね。
夕方は、浄楽消防分団出初式。毎年同じ時間帯に前原議員の後援会の新年会が開催されるのでこの数年出初式には行かなかったが、今回は表彰式のみに参加。そして紹介だけしてもらって、前原誠司議員の後援会の新年会に走る。いつものように会場のウエスティン都ホテルは、超満員。壮観。なんと1300人で政権交代の期待もあり熱気ムンムン。来賓で京セラの稲盛和夫会長が激励のエール。食事もほどほどに左京区からの参加者の各テーブルを汗をかきながら挨拶回り。色んな人から激励していただいて感謝!それにしてもすごい人だ。ホテルの人もテンヤワンヤ。実行委員会の打ち上げにも出てご挨拶。ご苦労さんでした。
●1月24日(土)
午前中、今年初めての民主党京都府連の常任幹事会。執行部側ではないので報告などしなくていいので気楽なもの。政権交代の機運がみなぎっていると山井会長。解散総選挙は早くて5月の連休前後か。2月には民主党京都府連結成10周年記念大会が開催されるのでその運営方法や議案書などについて議論。
途中で会議を抜けてNPO法人「加音」の設立総会へ。終わりがけだったがご挨拶。自閉症などの発達障害や難病の患者さんたちのために利用者や家族が安心して暮らせる社会をつくることが目標。ぼくも応援させていただくことに。色々とあったが、「加音」として新たなスタート台にたった。北村夫妻、がんばってよ!
午後は、事務所に来客2組。京都の様々な祭りや四季の移り変わりの画像をDVDに仕上げたスタッフフォーワンの堀ちゃん。ぜひ見てください。またキューバ仲間の友人が介護の相談に。
夜は、とある地元のお好み焼き屋で、ボタン鍋とワインで、ぼくと小学校時代からの友人の2人の還暦祝いをしてもらう。感謝。
●1月23日(金)
昼前、吉田剣鉾保存会が発足した当時、剣鉾のメンバーの師匠だった方の告別式。ご冥福を。
昼過ぎ、土砂災害の警戒避難体制について勉強会。平成13年に施行された土砂災害防止法によって都道府県が基礎調査をして土砂災害警戒区域と土砂災害特別警戒区域を指定することになっている。特別警戒区域に指定されると開発行為や建築物の構造に規制がかかり建築物の移転の勧告等がされるが市街化区域内で指定されると、私権に関わり色々と住民に不安をかもしだす。避難経路や避難場所を決めておくことは当然のことだろうが、住民の率直な意見を聞くことが大切だ。
その後、議員団のメンバーと東三条のコミュニティセンターを視察。担当の部長や所長から説明を受けて屋内体育館や学習センター、音楽室なども見学。また改良住宅では住民の好意によって部屋を訪問する。また新棟では自治会のメンバーなどとも懇談。また同和団体の役員からは、この3月をもって日常生活の相談窓口を廃止し、4月以降は京都市の職員がいなくなる旨のビラが配られるという報告。市内のコミュニティセンターには105人の職員が配置されており職員を引き上げ、見直しをしようとするもの。色々と意見を聞きながら議論を重ねたいと思っている。
夕方は、自治労公室支部の旗びらき。ロイヤルホテルは今年三回目か。公室支部とは総務局、総合企画局、市会事務局、選挙、監査、人事委員会のメンバー。ざっと挨拶して解放同盟の田中支部と錦林支部の荊冠旗びらきをハシゴ。タフでないと務まらんよ!コミセン問題では議論を重ねたい。
●1月22日(木)
午前中、事務所に昨年5月のアレイダ・ゲバラさんを招いて講演会をしたときに名刺交換をした方が来所。環境問題やゴミの減量問題について熱く語られる。事業系の紙類をどう処理するのか、色々とそのシステムを伺う。昼前、吉田山を越えて、浄土寺の吉田デンタルクリニックで今年最初の歯の治療に。わが主治医の吉田先生に新年のご挨拶とともに今年最初の快感を味わう。奥さんは画家で今年も日展に出展されていたのだ。
午後、忙中閑あり。映画「チェ28歳の革命」を新京極の映画館に見に行く。なんと60歳以上はシニア料金で千円!知らなかったよ!うれしいね!これから映画シニア中年になるぞ!チェ・ゲバラは、ぼくらの時代のヒーローだ。1967年ボリビアにて殉死するが、ぼくは1970年21歳のときキューバにサトウキビ刈りに行った。キューバの各地で「チェのように」と書かれた大きなポスターと「コマンダン・チェ」の歌が流れていた。去年の5月には娘さんのアレイダさんを招いて京都で講演会を主催した。映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」も見た。映画は、1964年国連での演説の風景と1956年グランマ号に乗り込んでキューバに上陸。喘息に悩まされながらゲリラ闘争に参加し、1959年キューバ革命に勝利するまでの革命家ゲバラを描いている。ぼくは非暴力主義者だが、彼の革命に賭けた夢とキューバでのぼく自身の体験をわがこれからの人生にどう生かすのか、考えた映画。
2月には第2部も見に行こう。
夜は、自治労現業評議会と自治労教育支部の旗びらき。そして韓国料理の店「新羅」のキムさんの誕生日。常連客が集ってお祝い。マッコリを飲みすぎたよ。
●1月21日(水)
バラク・オバマ大統領の就任式が未明にあった。アメリカ合衆国にとってアフリカ系(黒人)の初めての大統領。歴史的な日。黒人やヒスパニック、アジア系などアメリカ社会のマイノリティの期待は特に大きいと思うが、経済危機や雇用、紛争などどのように難問を解決していくのか、期待を持って見守りたい。アメリカは文字どうり新時代を迎えた。わが日本もなんとかしよう!
午後、「駱駝は眠っている」(かもがわ出版刊)の著者砂岸あろさんが、彼女の新作「ほおずきの夜」(白馬社刊)を図書館に寄贈するということで総合教育センターに。山科の四ノ宮の地蔵盆を舞台にちょっとシュールなストーリーだが、少女の話。ぜひお読みください。「駱駝は眠っている」はわが青春の1ページ、烏丸今出川に実在した喫茶「駱駝館」を舞台にした作品。ぼくらしき髭面のマスターが出てくるよ。残部あります。
その後、伏見区は共同作業所「福祉工房P&P」を激励に。作業所が立ち上がって10年ほどか。パソコンを使って名刺や印刷を作っている。アニメの下請けもするとか。利用者のみなさんは熱心にパソコンに向かって作業中。夜は久しぶりに何もない日。事務所にて本を読んだり資料整理したり。
●1月20日(火)
午前中議員団室へ。アメリカはボストンに同志社大学創設者の新島襄の記念碑を建立したいという思いを抱かれている同志社の先輩が、労働運動の大先輩らと一緒に来られる。京都とボストンは姉妹都市でもあり、同志社にとっても建立の意義はあるのだろう。グリークラブら同志社の関係者らで基金を集められるとのこと。ぼくも同志社卒ということでどういう協力が出来るのか、考えてみたいが、京都市としては無理だな。突然の来訪でいささか驚いたが、協力についてはもう少し様子を見りたい。
午後は、事務所に同和団体の関係者が来所。かって隣保館と呼ばれていたコミュニティセンターの廃止問題について懇談。昨年来、京都市同和行政終結後のあり方総点検委員会が開催され、コミュニティセンターのあり方についても議論され、11月市会で門川市長が廃止と職員の引き上げを表明した。そのことでこの2月市会で条例も上程されるが、廃止問題を巡って関係者は署名運動も始めている。議員団でも大いに議論になる。意見交換をする。
夕方は、鴨沂高校同窓会の会議。これから同窓会の運営をどうするか議論。3月には新旧の理事さんに集まってもらって新体制でスタートを切りたいと思っている。1970年(昭和45年)以降に鴨沂高校を卒業したみなさん、ぜひ会員になってください!そしてわれこそはという人、理事になってくださいよ!深夜、テレビニュースではオバマ大統領の就任式を控えたワシントンからの中継。なんと200万人の人が結集していてお祭り騒ぎ。就任演説を聞きたかったが、睡魔には勝てず。寝る。
●1月19日(月)
今年最初の経済総務委員会が開催。総合企画局から地球温暖化対策に関わる年次報告。2006年は温室効果ガスの総排出量が90年の773万トンから6.1㌫50万トン減少したが、2010年に10㌫削減するには32万トンの削減が必要とのこと。太陽光など自然エネルギーの導入など目標達成には色々な取り組みが必要だ。総務局からは、環境局職員の事故欠勤で停職3日の処分をしたと報告。産業観光局とは、ぼくは、市内中小企業の経営動向実態調査・景況について質疑。じわじわと不況が京都の製造業、非製造ともに中小企業に影響を及ぼしているのだ。先行きは実に厳しい。緊急経済対策本部は立ち上がっているが京都市が何ができるか、考えないといけないぞ。消費税撤回の請願は留保。
午後2時過ぎから議員団の視察で、かっては隣保館と呼ばれた南区の吉祥院のコミュニティーセンターへ。市長がコミュニティセンターの廃止、職員の引き上げを表明し、この2月市会でも議論になる。ふれあい吉祥院ネットワークのメンバーからも事業のことなど説明を受け、屋内体育施設、学習センター、保健所分室、市立浴場、など視察。同和問題の解決のためにということで建てられたこれらの施設を今後どうするのか、色々と議論をしないと。
夕方は、今年最初の鈴木マサホ新春市政懇談会。門川市政誕生からほぼ1年、この1年の門川市政や市会の動き、そして今後の京都市政の課題について語り、また還暦を迎えてこれからの目標、また活動方針など決意を語る。この予算市会はなんといっても定額給付金のことで悩むことになりそうだが、「未来まちづくりプラン」に掲げられている財源不足と事業の見直しなど課題は多い。40人近い人にご参加いただき感謝!今年もよろしく!
●1月18日(日)
朝、大原へ。恒例の大原の各種団体新年交礼会並びに大原消防分団出初式に。佐竹自治連会長は、小中一貫校の開校のこと、公共下水道敷設のこと、簡易水道の京都市への移管、駐在所の移転問題など地元の課題についてご挨拶。分団員さんの表彰の後、二部はいつものように廣山会・社中の中川廣山師の尺八と琴の演奏による今年は三味線を入れて「サウンドミュージック」の演奏、よかっった!そして昆布茶で乾杯。国会・府市会議員も揃う。帰途、残雪が残る江文峠を越えて静原へ。静原の市は仕舞いがけだったがご挨拶。夜は、わが還暦祝いと愚息の誕生日を兼ねて両親も一緒に会食。90歳になる親父はヒロシマで被爆したときの話も。娘から赤いトランクスのプレゼント。嬉しかったね。ようここまできたよ。
●1月17日(土)
午前中ちょっとダウン。とある会があったが欠席した。ごめん!、市原野は、知的障がい者の施設「わかば会」に。餅つきが終わった後だったが、施設長が捕獲した猪肉の豚汁とうどんをご馳走になりながら、スタッフの方と懇談。夜勤もあってたいへん。短期入所も始まるようで順調に行けばいいね。夕方、とある組合の旗びらきがあったが完全に失念!ごめん。ボケてきたわ。毎朝手帳を見ておこう。
そして今年三回目の聖護院御殿荘は、地元吉田学区の新年の懇談会。自治連合会、市政協力委員、少年補導委員、自主防災会、消防分団、体育振興会、民生児童委員、社会福祉協議会の面々に第四錦林小学校と近衛中学校の先生方が集まる。来賓の波部区長が左京区ができて80周年ということでスピーチして乾杯だ。日頃お世話になっているみなさんと懇親深める。わが地元のみなさん、今年もどうぞよろしく。
そして、左京の南部のクリーニング組合の新年会に呼ばれていたので走る。前原議員も忙しいなか出席。民主党への期待も大きく国政談義に話が盛り上がる。
●1月16日(金)
昼前、市役所に。デンマーク大使が門川市長を表敬訪問。京都サイクリング協会のメンバーと同席。この5月に日本各地でデンマーク大使館が主催して地球温暖化と環境問題をアピールするエコサイクリングをする企画があがっていて5月31日が最終ステージで京都議定書の発効の地、京都で開催されることになった。今後、詳細なことは決められていくであろうが、京都市も大いに協力すると市長。ぼくも応援するよ。
午後は、京都高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の後援申請書を持って京都新聞社や教育委員会、スポーツ振興室など関係機関を訪問。
そして夕方は、自治労経済支部の旗びらき。産業観光局の各分野の組合員や理事者が参加。先日、ぼくのホームページのアクセスカウンターの77777にフィーバーした人はご連絡ください、と書いていたが、その場に参加していた某課長がヒットしていましたよ!と嬉しい報告。記念品を渡さなくては。ありがとう!
夜は、在日の友人がぼくの還暦を祝いの会をしてくれる。ケーキや花束をもらい大いに照れる。甦るぞ!ありがとう!
●1月15日(木)
午後、岩倉と大原へ。とある先輩の今後の介護のことで関係者と相談。八瀬を抜けると大原の里は雪景色。寒いよ。昨年オープンした都市農村交流拠点施設「里の駅大原」では、大原産の旬野菜やお餅や漬物などが販売されていて人気急上昇!大原の知人に偶然出会って喫茶コーナーで暫し懇談。国道367号の野村別れから少し西に入ったところ。ぜひ一度立ち寄ってください。
夕方、隠塚事務所で「どうなるどうする京都市 福祉要求運動をすすめる左京委員会」のメンバーで保育園の保育士さんや保護者の方などと「京都みらいまちづくりプラン」についての懇談会。京都が誇る保育行政は、民間の保育園に支えられているがプール制によって職員の給与などが確保されている。そのプール制の予算が削られそうだということで、保育現場の予想される窮状を訴えられる。子育て支援は大きな課題だ。予算市会で大きな議論になるだろう。
●1月14日(水)
昼過ぎ、今や京都の名産品の一つになった「おじゃこ」で有名な松ヶ崎の「たけのうち」の竹内さんと太秦天神川の交通局に出向く。10年間松ヶ崎駅に広告を出されていた経験から地下鉄の広告事業のあり方など葛西管理者と懇談。京都の将来の100年の大計に立って考えれば地下鉄が出来てよっかたし、市民の利便性に大いに寄与しているが、巨額の赤字を抱える地下鉄なので、駅中ビジネスなどで収益を上げることやサービスの向上、京都市挙げての乗客増対策が必要だ。実現できることからやり抜こう!
夕方は、聖護院御殿荘の聖護院学区の新春懇談会と「みやこめっせ」での自治労建設支部の旗びらきを掛け持ち。聖護院学区では1昨年夏まで4年間事務所を構えていたので諸団体のメンバーとも親しくなっているので和気あいあいと懇談。また自治労建設支部には組合員や建設局と都市計画局の局長部長らも等も多数参加、ご挨拶。
●1月13日(火)
60歳の誕生日。還暦だ!朝からこの60年をどう生きてきたか考える。生まれたのは1949年(昭和24年)、戦後もちょっと落ち着いたのか、ベビーブーム、団塊の世代。湯川博士がノーベル賞受賞。松川事件や三鷹事件があった年。今は「国際学生の家」のある錦林幼稚園に入園。第四錦林小学校に入学したのは1956年(昭和31年)。進駐軍の記憶がかすかにある。7クラスあった。1,2年の担任の先生は左京共同作業所を立ち上げられた松葉弘先生。5、6年は今はなきゴジラこと山内光夫先生。吉田山でよく遊んだ。力道山や長島茂雄が若乃花がヒーローの時代。60年安保闘争のとき京大のデモを見ながら通学していた。
近衛中学校に入学、確か17クラスだった。初めての衛星中継がケネデイ大統領の暗殺のニュース。自由の学園、鴨沂高校に入学したのは東京オリンピック、1964年(昭和39年)。山岳部で北山を歩いた。北山荘で酒も飲んだ。恋もした。青春を謳歌した。ベトナム戦争が始まっていた。一浪していた1967年秋、羽田闘争で京大生が亡くなった。
1968年、同志社大学文学部文化学科文化史学科に入学。山岳部に入ったが途中で辞めた。6・15東京でベ平連のデモに初参加。夏には京都ベ平連のメンバー等と宝ヶ池の国際会議場であった「反戦と変革のための国際会議」の裏方をした。大学闘争、全共闘運動が全国に広がった。1969年、20歳。反戦脱走米兵ポールが逮捕され、川端署で抗議行動。夏、沖縄を旅した。70年、ゲバラに憧れてキューバにサトウキビ刈りに。71年、沖縄と台湾を放浪。72年、岩国に反戦喫茶「ほびっと」が開店。京都と岩国を行ったり来たり。24歳の時、結婚。上賀茂で喫茶店の住み込みを1年ほどしたあと、駱駝館の雇われマスターをしながら大学に通った。27歳のとき、9年も在籍した大学も1977年卒業。論文は「プエルトリコ史」。長男が生まれた。京都イングリッシュセンターで留学生問題の調査をした。
1979年30歳のとき、「猫もネズミも怒ってる」と市会議員選挙に初挑戦。1661票。さわやかな選挙だった。あれから30年経つのだな。それからロシナンテ社で「月刊地域闘争」の編集などしながら34歳のとき2回目の挑戦。また負けて中央市場で働いた。
1987年(昭和62年)三度目の正直、社会党大躍進!土井たか子さんのとき、府会議員に清水達也氏とともにアベック当選。京都新聞の十大ニュースにも写真が載った。古都税紛争の今川市政の末期、昭和から平成に。中野進さんを担いだ市長選挙、田邊市政の誕生、社会党の除名も経験。同和行政のあり方に果敢に提言をしたの90年代半ば。3期目の選挙は阪神大震災の年95年、同志社大学院総合政策科学研究科に社会人入学。
96年桝本市政に。98年に大学院修了。社会党は社民党に変わったが、98年には民主党が結成され民主党に入党。99年春、4期目の当選、民主・都みらい京都市会議員団が結成。2003年5期目の当選、06年副議長に。副議長は落選するという「ジンクス」の通り2007年4月選挙で38票差で惜敗するも6月奇跡の繰り上げ当選。2008年春門川市長誕生。そして2009年の年明け。
馬齢を重ねて還暦を迎えた。遠くまできたものだ。ようここまできたよね。みなさんのお陰です。ありがとう。
そしてこれからのわが人生のテーマは「甦り」。初心や原点を忘れることなく、体を鍛えなおし、気力を充実させて、「団塊の世代、もうひとふんばり!」と決意をした。そして今年は、同時代を生きた友人たちを招いてシンポジウムなどを開催したいと思っている。同輩たちよ、よろしく!
昼過ぎ、ぼくと誕生日が同じ日の27歳の青木芳香議員とささやかな誕生祝い。夕方は、メールニュース新春号の発送作業!穏やかに還暦を迎えた。誕生祝の電話やメールをありがとう!同世代よ!がんばろう!
●1月12日(月)
10時前、吉田神社へ。成人式ということで着物姿のお嬢さんたちが晴れやかに集まり祭事。関係者に挨拶だけして直ぐに韓国民団京都府本部の新春年賀交歓会に。共生・人権・平和がスローガン。金有作団長や来賓の挨拶の後各議員らが壇上に上がり紹介していただく。例によってぼくは「セヘ ポンマーニ パドゥセヨ」とひとこと。地方参政権の実現を図りたいものだ!
午後は、岩倉は明徳小学校で恒例の岩倉北、明徳、南の消防分団の初出式。校庭で点検査閲が凛々しく行われたあと講堂で表彰式。そして昆布茶で乾杯!その後、新年のご挨拶を数軒。
夜は、京都サイクリング協会の新年会に呼ばれて懇談。5月31日にデンマーク大使館共催の京都でエコサイクリングツアーが企画されているのでその顔合わせ。琵琶湖一周をしたのは中学生の頃だったか。60代のサイクリストも多くぼくも感化された。山も歩けるようになりたいし、自転車で颯爽と風を切って走りたいね!当分は愛車のママチャリで市内を走るか。
●1月11日(日)
雲ひとつない好天の下での京都市消防出初式が岡崎公園で。昨年一年間の火災件数は198件!快挙ですよ!消防職員、消防団、自主防災会、自衛消防隊の努力と市民の防火意識の高揚がこの記録の達成を生んだ。挨拶の後、車両行進や消防署職員に消防団員、幼稚園の園児や消防少年クラブの児童、そして京都学生消防サポーターの面々が行進。来賓席に座った議員は、各地元の消防団が行進すると立ち上がって拍手。そして各自主防災会の消火訓練やレスキュー隊の訓練が終わると冬空に一斉放水!市民の安心・安全のまちづくりのために関係者のみなさんの努力に感謝。
終了後、昼食を食べながらの新年最初の議員団会議。理事から今後の日程など説明があり、今年も議員団、がんばろう!と乾杯。昨年の今頃は京都市長選挙を控えてピリピリしていたが、今年は穏やか。
その後、議員団のスタッフの中村嬢と一緒に熊野神社近くで女子駅伝を応援、そこでは、京都は2位だったが、逆転して5連覇!美術館での「日展」を鑑賞して、動物園にも挨拶。ちょうどシロクマを屋外から屋内の部屋に移すところ、悲しい事故を教訓に安全確認を怠りなく慎重に飼育係さんが作業をしていた。がんばって!
夜は聖護院御殿荘で恒例の聖護院消防分団の初出式。地元の各種団体長さんや国会府市会議員が参加。表彰式の後、懇談。聖護院学区では2年9ヶ月千日ちょっと無火災記録を更新中!同級生の吉川文一分団長をはじめみんながんばってるよ!
●1月10日(土)
朝8時過ぎ、眠たいけれど小雪が舞う吉田神社へ。大文字山は雪化粧!京都掃除に学ぶ会「便きょう会」を見学に。昨年は同僚の山岸議員が階段で転んで骨折した日。門川大作市長もおくさんと一緒に来ていて挨拶。タフな市長だね。たまの土曜日の朝ぐらいゆっくりしたらええのにと思うけれどその勤勉さに敬服!怠け者のぼくにはとてもできっこないよ。そやけどほんまに体に気をつけや。何もしなかったけれど豚汁をご馳走になる。食い逃げやな。ともあれみなさんご苦労さん。
昼前は、鴨沂会館で社団法人鴨沂会を公益法人化するべく定款を改定する為の委員会。内閣府の見本を参考に議論をするがややこしことこの上ない。
そして1時過ぎ三条京阪で民主党2区総支部の街頭演説。寒いよ!前原議員を筆頭に北岡、隠塚、藤川、中野、豊田議員が演説。時の人でもあるが、民主党への期待があるのか、前原議員と記念写真を撮る人たちが3組ほど。がんばれよと!声をかけてくれる人や手を振ってくれる人も今までより多いかな。政権交代待望論が世論だな!
その後、中国は上海で仕事をしている親戚のまた従兄に久しぶりに再会。上海も一時の活況から北京オリンピック頃から経済情勢も急降下しているらしい。商売をたいへんみたいだが、上海の日本人会のことや町並み保存のことなども話題に。いちど中国に行ってみたいね。
3時過ぎには部落解放センターに。部落解放同盟京都市協議会の荊冠旗びらき。この20年ほどぼくはほぼ毎回参加しているが、今年は、行政の参加者が格段に減少し数人になり、そして今までは黄色のゼッケンを付けていた同盟員も今年はそれを外した。同和地区にある、かっては隣保館と言われていたコミュニティセンターからの市職員の引き上げ、廃止を門川市長が表明したことで、解放同盟も危機感を持って反対の署名運動をするという。ぼくが隣保館のあり方など同和行政のあり方や運動のあり方について大胆な提言をしたのは15年ほど前。同盟員のみなさん、ぜひ94年と96年の5月市会の議事録を読んで欲しい。
夜は、一乗寺の喫茶「のん」へ。毎年恒例の豊田勇造「湯たんぽ ぽかぽかライブ」。豊田勇造が歌い始めて40年、彼も今年還暦だ!6月6日には円山音楽堂で60歳にちなんで60曲を6時間かけて唄うという。参加費はなんと無料だ!ぼくも行くで!ボブ・ディランの「風に吹かれて」を久しぶりに聞き、「桜吹雪」や「大文字」が心にしみる。去年も100箇所ほど全国でライブをしたという。声が出る限り唄い続けて欲しい。
●1月9日(金)
昼前、恒例のライオンズクラブ2R1Zの新春合同例会。堀川、天神川、北桑田、洛陽など幾つのかのクラブが集まっての合同例会。わが京都高野川ライオンズクラブは少数精鋭?ぼくは年男ということで壇上に。牛にちなんだクイズも。ぼくはええかげんなクラブ員だよ。
午後、二条駅の住宅展示場のリブラ二条へ。三輪晃久さんが描いた吉田節分祭のポスターがデジタル化された展覧会。昭和30年代からの30点ほどのポスターが展示されていた。わが事務所の一階カルチャーガーデン「吉田の森」で1月中旬から2月上旬まで展示の予定。ぜひご覧ください。また2月2日3日の節分のとき吉田神社社殿の巫女さんのところにぼくは座っているのでぜひお声をかけてください。
夕方は、連合京都の旗びらき。山田知事、門川市長をはじめ連合京都が推薦した府内市町の首長や民主党の国会府市会議員が勢揃い。厳しい経済状況で雇用不安が広がる中での解散総選挙に向けての気合あわせ。連合京都が結成されて20年になるのかな?各労組の役員さんたちも随分世代変わりしたな。
●1月8日(木)
吉田神社の氏子のみなさんらとお伊勢参り。10年ぶりぐらいかな?新名神が開通したので出発は午前8時。吉田神社の若い神官らが添乗。ご近所の親しい人たち30人の一行。10時過ぎに伊勢について外宮から内宮に参拝。清涼な五十鈴川や木立が霊気をかもしだしている。おかげ横丁では地酒の白鷹で温まる。伊勢名物「赤福」の店はたくさんの行列。あの騒動から1年かな人の噂も75日。二見が浦で昼食。穏やかな潮騒。3時過ぎ出発。
6時前山科で下車して地下鉄でまずは国際ホテルの自治労京都府本部、タワーホテルでの京都水道労組、ロイヤルホテルでの京都交通労組の旗びらきを議員団の面々と3箇所をハシゴ。来年からは一緒の日にしないでよ!
●1月7日(水)
10時から中大路町の方の告別式。ぼくが小学生の頃か、わが家ではチボーという名のコリー犬を飼っていたがその子犬をいただいた奥さんでおふくろの友達。ご近所の方が参列。ご冥福を。
昼、岩倉の友人の工務店のもちつき大会に。穏やかな日和。50肩をして以来、杵を持つのが苦手。焼きそばや豚汁をご馳走になり親しい職人さんたちと歓談。午後、松ヶ崎の友人宅でご挨拶とともに、交通局の広告事業のあり方や食品の地産池消についてお話を伺う。
また夕方、梶宏さんと今後の京都市政のことで懇談。夕方は、自治労市職の新年の旗びらき。いつものように新年会と旗びらきの肝臓が試される日々の始まり。飲まなければいいのだが、そうもいかず。市役所職員の給与カットを巡る昨年末の確定闘争のことなどもありイマイチ元気がないな。されど公共サービスの向上と市民に信頼される市役所にするために職員団体としてがんばってもらわねば。
●1月6日(火)
毎年正月恒例の左京区役所での「左京新春文化の集い」とした新春賀詞交歓会。社会福祉協議会や市政協力委員や体育振興会、保健協議会や消防団や女性会など各種団体の人、また左京区選出の国会・府・市会議員が勢揃い。和服を着た波部区長が挨拶。いつものように中川廣山氏と中川景子さんの琴の演奏と花柳双志津さんの日舞。未生流笹岡勲風家元は、今年は松とバラと黒と赤の竹による生け花の解説と陰と陽のお話。和気あいあいと交歓会。
午後、事務所への来客は、「故郷の家」の伊基理事長ら。東九条に完成した故郷の家はキムチと梅干が食べれる特別養護老人ホーム。在日の高齢者の念願の施設。この4月には韓国からも多くの方が来られて竣工祝賀会を開催されるとのこと。計画段階から色々と相談に乗ってきた経過があり感慨無量。
夜は、今年還暦を迎える1949年1月生まれの市役所の友人等3人で「炎の火」で還暦祝い。学生時代のこと、これからの京都市のこと、これからの人生をどう生きるか、などワイワイ。楽しく飲む!まだまだがんばろう!
●1月5日(月)
今日から仕事始め。午前10時前、経済総務委員会副委員長として中央市場の初市式に。式の始まる前、久しぶりに古巣の水産棟を歩く。中央市場でデッチ車を引きモートラに乗って走り回っていたのは30代なかば。ほぼ3年半、塩干部門の仲買の山本水産で働いていた。その頃は、中央市場も活気があった。鮮魚部門はともかく、塩干部門は60店舗を切って寂しい限り。当時世話になった関係者に挨拶。式典には、門川市長も挨拶に。昆布茶で乾杯。そして久しぶりに当時よく飯を食っていた食堂で定食を食べる。店主も元気そうでよかった。
午後は、京都水道労組、連合京都、京都交通労組、自治労府本部、きょうと教組、そして市役所の自治労市職など組合と主だった局長等に新年の挨拶回り。
午後遅く、市原へ。市役所OBの方の介護の相談をご家族から受ける。今年最初の相談ごと。また知的障がい者の施設「わかば」にも新年のご挨拶。短期入所も始めることになりスタッフのみなさんも張り切っておられた。それから土砂災害防止法に関わる特別警戒区域の指定のことで相談ごと。この法の趣旨は理解できても警戒区域に指定されると家の建て替えや売買に色々な問題が起きそうだ。いちど資料を集めてみよう。
●1月4日(日)
正月休み最後の日曜日。昼過ぎ、三条京阪で民主党京都府連2区総支部の年頭の街頭演説。ダッシュ号の上に上る。前原、福山、松井の3人の国会議員、中野、藤川、隠塚、そしてぼくの4人の市会議員、さらに1区から出る平智之候補が揃う。今年こそ政権交代だ!暖かい陽射しの中、気合を入れて演説。
その後、全国の高校の英語の入試問題をネットで公開した自習ネット・英語広場を立ち上げた阪東君が演説を聞いてくれていたので、暫し懇談。高校受験を控えている中学生諸君!ぜひアクセスして自習してみてください。合格間違いなし!
夜、事務所で雑務をしていると左京消防署からファックス。浄土寺で火災発生とのこと。近くなので駆けつける。鎮火していて浄土寺の消防分団の面々が寒い中警戒に当たっている。左京では、今年最初の火災。類焼がほとんどなかったのが不幸中の幸いか。9連休だった正月休みもこれにておしまい!
●1月3日(土)
午前10時から吉田氏子講社の理事会。本宮、神楽岡社、今宮社を巡拝した後、講社長の鈴鹿隆男さんと澤井宮司さんのご挨拶。理事会では、氏子講社50周年ということで、色々とご尽力された方が表彰。そして年間の予算や予定など説明があって淡々と進む。昨年の吉田のお祭は京大時計台前を巡幸して盛り上がったが、今年も楽しみ。剣鉾を差そう!
午後は、ふと思い立って大文字山登山。夏の送り火の日に上って以来、ひとりで銀閣寺からゆっくりと登る。大の字のところの手前の150段の階段も一気に登る。雲の間から差す太陽の光がきれいだった。せっかくきたのだから、と時雨で濡れた道だったが三角点まで足を伸ばす。何十年ぶりだろうか!鴨沂高校時代は山岳部だったのでトレーニングで何十回と登ったものだ。今年は山歩きができるようになりたい!頂上から見下ろす京都の風景はまた格別なものであった。夕暮れも近かったので大津へ抜けるのは諦めて尾根伝いに京都一周トレイルの道標にしたがって蹴上の日向大神宮に下りる。天の岩戸なるものに潜って疏水のインクラインを歩いておよそ4時間のコース。膝が笑うことなく、久しぶりに山歩きを楽しんだ!
夕方、わが家には叔母ちゃんと従姉夫婦が来客。わが両親と家族も揃いいつもの正月の風景。親父は今年90歳、おふくろは83歳かな。みんな長生きしてよ。
●1月2日(金)
昨年は薬師寺に行ったので、今年も昼前、奈良は薬師寺に。初詣の人も多い。平山郁夫画伯の玄奬三蔵院大唐西域壁画が展示してあり、昨年も感動したがシルクロードの美しい風景に圧倒される。管主の講話もあったが、イマイチかな。帰途、奈良公園周辺をドライブして帰京。年に数度の家族サービス。夜は、のんべんだらりとテレビ見ながらチビリチビリ。
●1月1日 元旦(木)
明けましておめでとうございます。
どんよりとした曇天の元旦の朝、今年は還暦の歳。ようここまで来たものだ。
午前7時過ぎにいつものように吉田神社へ。本宮社殿での歳旦祭。いつものように雅楽が流れ、神事が行われれる。厳粛な気持ちになって一年のスタートを期す。新年互例会では、「年のはじめ」を歌いオチョコで乾杯。そして氏子講社のみなさんに新年のご挨拶。今年もみなさん、よろしく!今年も穏やかな元旦で寒くなくてよかった。
そしていつものように9時過ぎには、家族で白味噌の雑煮で新年のお祝い。正月は朝から酒が飲めていいね。今年の年賀状の配達は早かった。たくさんの年賀状に目を通す。ありがとうございます。面白かったのは牛に扮した剣鉾仲間の郵便局長さん、いつもながら初笑い。嬉しかったのは、10年ほど前最初の学生議員インターンシップで来ていたN青年が結婚したとのこと。おめでとう!よかったね!
午後、近くの須賀神社と熊野神社に初詣して、それから鴨川を散歩。丸太町橋から北大路橋まで歩く。どんよりした天気だが、凧を揚げる正月の風景。
今年は体を鍛えるのだ!暴飲暴食を謹んで体重をちょっと減らそう、と思ったが、夜はまた飲んだ。
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