鈴木マサホ事務所本文へジャンプ
       鈴木マサホひとくち日記 
文字サイズを変える
文字サイズ大文字サイズ中
2008年8月

                 


●8月31日(日)
昨日の快い疲れ。昼過ぎから夕方まで民主党京都府連の会議。
 正午からまずは、常任幹事会。山井会長から民主党代表選挙のことや秋の国会の情勢、解散総選挙の時期など挨拶。田渕幹事長からは諸般の報告。未だ1区候補は名前も出ず。淡々と議事は進む。
 続いて、自治体議員ネットワークの総会。田渕代表幹事の挨拶の後、ぼくが事務局長として、活動報告、活動方針、規約の改正、役員人事など提案。この2年、参議院選挙や市長選挙で総会を持てなかったし、反省。されど今後はしっかりやろうと提案、承認される。
 そして研修会は政策調査委員会との共催で、石田芳弘前愛知県犬山市長が「地方議会にのぞむもの」と題して講演。同志社商学部出身。ぼくより4歳年上か。現在は総合政策科学研究科の講師でもある。首長と議会の関係など、ご自身の経験やスウエーデンの事例、マニフェストのことなどまじえながらぼくにとっては久しぶりに刺激的な内容だった。
 終了後、会場のテルサのロビーを使って総勢60人ほどの国会議員と自治体議員が10周年記念誌の表紙を飾る記念写真。結党以来10年、11月には記念パーティを開催の予定。
 その後、幹事総会。国会議員の挨拶や幹事長と報告があったが、総選挙は来年の春かな。淡々と終了した。最後は団結ガンバロー。1区の候補もいないことで緊張感はあまりないよ。


●8月29日(金)
 椋田議員の死去による南区の補欠選挙が始まった。自民と共産の対決。さてどうなるんやろう。投票日は9月7日。高みの見物や。
 昼前、京都府議会の民主党に出向く。31日に予定している自治体議員ネットワークの総会と研修会に向けての打ち合わせ。ぼくが素案を書いた活動報告と活動方針など協議。役員人事や規約の改正をすることも決める。
 昼からは、9月市会定例会が告示・議案発送もされたので各会派の議案に対する勉強会が始まる。教育委員会は、下京区に六条院・植柳・崇仁の3小学校を統合して下京渉成小学校を建設するべく工事契約、また左京区は花脊小中学校の新築工事で敷地の土壌の関係で工法の変更など請負金額と工期が21年3月から11月に延びる議案。環境局は、2年前にヤッサモッサした有料指定袋導入を巡って、お試しセットの配布を滞った西濃運輸に対する訴訟の和解について。消防局は下京消防署が竣工することについて条例、総務局からは公益法人制度の改革に伴う条例の文言の整備など。それぞれ議案の説明の後、質疑がある。
 夜は、明日の市政懇談会の点検。さて何を語ろうかな?


●8月28日(木)
 昼前、左京区役所へ。とある町内が所属する元学区のことで担当者に意見を聞く。色々と地元での経緯があるようで複雑やな。
 午後は、市政懇談会の会場になるホテル平安の森にて担当者と打ち合わせ。
 夕方は、京都府保険医協会主催の後期高齢者医療制度を廃止を目指してのトーク集会。民主党からは山井、北神議員と田中府議と小林副議長と鈴木が登壇。基調報告が述べられた後、民主党、共産党、社民党など各議員が後期高齢者医療制度廃止に向けてスピーチ。ぼくはこの3月の市会で共産党と共同で提出し、結局は自民、公明の多数の反対があり、採択されなかったが廃止を求める意見書のことなどを語る。労働運動のOBの方や老人クラブ、医師らが怒りの発言。廃止に向けてのアピールを採択して終了。


●8月27日(水)
 昼過ぎ、京都大学の本部に。10月12日の吉田の今宮社のお祭で、神輿と剣鉾が京大時計台前に初めて入るということで、打ち合わせ。京大と吉田地域の交流事業が「左京区大学と地域の相互交流促進事業」の対象になったこともあり、今年は画期的なまつりになりそう。文化庁の前文化財部長で京大初の女性副学長になられた大西副学長さんに面会することができた。当日は門川市長にも時間があったら見に来て欲しいな。午後は終日、事務所にて市政懇談会の参加者リストを見ながら、席決めで頭を悩ます


●8月26日(火)
 ちょっと夏バテ気味。事務所にて雑務。30日の「鈴木マサホと京都の未来を語ろう!夏の市政懇談会」の準備に追われる。170人ほどの参加者になりそう。リストを作る。夜はわが後援会の幹事のメンバーに集まってもらって、当日の受付のことなど打ち合わせ。


●8月25日(月)
 朝、バスで宇野港へ。かっては宇高連絡線で賑わっていた宇野港も瀬戸大橋が出来て活気がなくなったのだろう。小豆島・豊島行きのフエリーでおよそ40分ほど。海は気持ちがいいな。束の間の夏休み気分。
 豊島の家浦港には豊島住民会議のリーダーで元香川県議の石井亨さんに迎えていただく。早速バスで細い道を通って小さな峠を越えると一面白いシートで覆われた産廃不法投棄現場へ。現在は香川県により中間保管梱包施設、高度排水処理施設が設置され、そして近くの直島まで海上輸送して中間処理施設へ運び込まれて撤去処理作業が進んでいるのだが、産廃投棄は1978年から始まり、1990年に兵庫県警は摘発をするまで、いわば県は業者と「共犯関係」にあったのか見て見ぬ振りをしてきたのか、50万トンとも言われる有害廃棄物のシュレッダーダストや廃油などが不法投棄されてきたのだ。
 そして93年に中坊弁護士を団長とした弁護士団が結成され住民549人による公害調停の申し立てをした。以来県内100ヶ所での座談会キャンペーンなどを展開、2000年に調停が成立。知事は謝罪し、2016年までに豊島からの搬出が決まったのだ。当時の業者の事務所だった家屋を「豊島のこころの資料館」とした場所で石井さんは、長きにわたった豊島住民の闘いについて熱弁をふるっていただき、参加者一同感動したのであった。
 思い出すのは、京都市が比叡平の不法な残土投棄に対して行政代執行をしたのは93年だったか。ぼくも当時何度か足を運んだものだ。帰途、港でフェリーに乗るとき、業者の当事者と出くわした。今でも金物類の廃品回収をしているという。不思議な出会いだった。10年後、豊島の現場はどうなっているのだろうか?午後2時過ぎフェリーで宇野港に向かうが、遠くに見える直島の処理施設も巨大なものだった。
 夕方6時過ぎ、無事に京都着。自治労教育支部のビールパーティに。新しい執行部は実に若い。20代後半のメンバーが中心。元気もあるし、仕事もがんばっているし。ぼくは自治労運動の先駆者でこの春退職されて初夏に急逝された同世代の荒木英昭さんのことを語った。寂しくなった。


●8月24日(日)
 午前中、吉田の氏神さんで木瓜大明神が祀ってある今宮社の例祭。厳粛な気持ちで玉串を奉典。 
 午後1時京都駅八条口をバスで出発。連合京都議員フォーラムの調査研究研修会「産廃問題―豊島の体験から学ぶ」の研修旅行。名神・山陽道を通っておよそ4時間弱、車中では、産廃問題で大揺れに揺れた瀬戸内海は豊島問題のドキュメントや京都府の環境トップランナー賞を受賞した情報労連京都地区協議会製作のビデオ「未来からの手紙」を鑑賞。上林委員長が主役で監督は小林事務局長、知った顔の組合の役員さんたちの名(迷)演技に車中は大笑い。環境問題に取組む労組の真摯な姿に敬意を表したい。
 岡山は瀬戸内のホテルへ投宿。夕日がきれいだった。夜は、連合の木村会長ら役員さんたちと府市会議員は田渕府会議員をはじめ20人ほど。久しぶりに様々な意見交換をしながらの懇談会。同室の豊田、田中府会議員はぼくの強烈な鼾で寝られんかったみたい。すまんな!北京オリンピックも無事に閉会式。4年後はロンドンか。


●8月23日(土)
 朝から小雨模様。吉田学区の夏まつりの日。昼過ぎ参集殿に。剣鉾の練習をして、わが母校第四錦林小学校の体育館に。天気であれば校庭に櫓が立てられ、模擬店などがでるのだが。近衛中学校や精華女子高校の吹奏楽部の演奏や民生委員さんたちによる手話による歌など。そして吉田剣鉾保存会の出番。先輩らに続いて、ぼくのデビュー戦。緊張しながら一番軽い桃源の鉾を刺してよろよろと歩く。無我夢中、なんとか挿せた!第四錦林小学校の子どもたちによる子供剣鉾に拍手喝采。外は雨が降り、各種団体のみなさんが出店している模擬店はたいへん。関係者のみなさん、ご苦労さんでした。夜は、剣鉾保存会の直会。ビールが美味かった。秋のまつりでには、もっと練習して、晴れ姿を見せたいな。


●8月22日(金)
午前中から、夕方まで所用や雑務でウロウロ。
夜は、娘の誕生日ということで久しぶりに家族4人で食事。沖縄料理を食べたい、ということで「海と空」で泡盛を飲みながら、チャンプールやテビチ汁やソーキそばなど食す。子供等もええ歳になった。元気で何より。
夜は、オリンピックの陸上、400メートルリレーでなんと銅メダル。アンカーの朝原選手の姿を見て感動した!


●8月21日(木)
 昼過ぎ、西京極の共同作業所「福祉工房P&P」に。自閉症の青年たちが黙々と作業をこなしている。ぼくは運営委員として職員採用の面接のに立ち会う。ハローワークの紹介で求人に応募してきた2人の人を施設長らと面接。履歴書を見て、また応募してきた動機などを聞く。合計3人の方が応募してくれたが、1人に絞り込むことにする。今後、作業所の運営がうまくいくことを願っている。
 その後、事務所で、夏の市政懇談会の参加に参加していただける方のリストを作り始める。150人ぐらいにはなりそう。夜は、剣鉾の練習の二日目。気合を入れる。中学生がやっているのを見ると、「ぼくにもできるやろ!」と思うが、そう簡単ではないのだ。足の動きも難しいし、なにしろバランスが問題だ。芯をうまくとれればいいのだが、ちょっと外すと倒れそうになる。チリン、チリンと音を鳴らすのは至難の業。60の手習い、もうちょっとやってみようかと思う。
 北京オリンピックも終盤。サッカーも星野ジャパンもだらしなかったが、女子のソフトボールは金メダル。あの上野選手等の闘志が凄かった。


●8月20日(水)
 朝、吉田神社の神官から「南参道の木が倒れてえらいことになってます」と緊急の電話。事務所から5分ほど、大元宮に抜ける坂道を行くと老木が倒れて道をふさいでいる。大風も吹いていないのにどういうこっちゃ。現地に行くと京都市の立てた街灯も倒れ掛かっている。早速、左京土木事務所に電話。直ぐに見に行きますと担当者。午後3時過ぎ、現地を見に行ったら造園業の業者が後片付けをしてくれていた。車の通る道ではなくて、人も歩いていなかったし、隣の民家に倒れなくて不幸中の幸い。
 昼は、韓国民団の関係者と北神圭郎衆議院議員との懇談の場に同席。地方参政権問題について意見交換。ぼくは、永住権のある在日韓国・朝鮮人を主とする外国籍市民に自治体の住民として地方参政権があった当然だと思っているが、なかなか実現しない。北神議員はアメリカで育っているが、当時の異文化の中での経験を興味深く聞いた。そして久しぶりに民主党京都府連に行って自治体議員ネットワークの総会に向けての議案書書きの打ち合わせ。
 京都市内は右翼の街頭宣伝カーで騒然。岡崎の「みやこめっせ」で共産党系の教員組合、全教(全日本教職員組合)の研究大会が開催されるということで結集してきた。京都市役所までは警察のバスが警備に当たり、抗議を受け付けるべく二条の川端の河川敷でテントを立てて、産業観光局の部長等が待機。激励(冷やかし?)に行く。右翼が抗議に来たら「うるさいぞ!」とひところ言ったろう、とぼくは待っていたが遭遇せず。されど右翼の音の暴力には怒りを覚える。右翼対策に追いまくられた担当者はたいへんだったろうが、会場使用を拒否しなかった京都市はえらい!ご苦労さんでした。
 夜は、吉田神社の境内に。吉田区民のなつまつりに出るべく練習をしている吉田剣鉾保存会のメンバーを激励に。同世代の友人に、ちょっと持って見たら、とそそのかされる。中学生でも挿せるのだからいっちょやってみようかと初体験。3メートルほどの棒を応援団旗のように腰のところに挿して、一心不乱に棒の先を見上げながらバランスをとる。緊張しながらよろよろと歩く。なんとか行けるかな。


●8月19日(火)
 大文字の送り火が過ぎて、少し涼しくなった。季節は変わり行くのだ。事務所で資料や本を読んだりの雑務。
 夕方、鴨沂高校同窓会の理事会。10月26日の総会の案内を兼ねた会報が出来上がる。同窓会長ということで諸先輩を差し置いてぼくの原稿と顔写真が一面を飾る。「鴨沂」のいわれについて先輩等が投稿しておられる。因みに、「かものほとり」という意味で「沂」は、川と岸が寄ったところ、転じて川と川の合流点のこと、即ち高野川と鴨川の合流点を意味するという。「カモキン」と呼ぶのではありません。「オーキ」ですよ。そして校章は、美術の則元醇先生のデザインで、公人という字を図案化して羽の形は飛翔、左右同型は男女平等、中央の鴨川と高野川が合流する川の形で、両岸にまたがった地域の公民的資質を養成する学校即ち鴨沂を表すという。猪熊兼勝先生によると、頼山陽と並ぶ詩人であった梁川星厳が川端丸太町に居を構え「鴨沂小庵」と名付け、それが鴨沂の名前の由来だと言われている。校門や校舎は昔も今も同じ。かっては水球が強かったが、今も女子の水球は全国レベル。鴨沂の卒業生のみなさん、10月26日(日)午後2時に懐かしい校舎にお集まりください!


●8月18日(月)
 経済総務委員会。理事者から報告案件はなしということで、一般質問のみ。共産党の議員は、環境にやさしいライフスタイルを考える市民会議のことでコンビニの関係者の会議への参加のことなど質疑。ぼくは総合企画局と「京都市未来まちづくり100人委員会」の運営業務を担う受託団体の選定結果などについて質疑。5団体が応募、プレゼンをした結果、「場とつながりラボホームズヴィ」が選定されたが、それをサポートする団体として「アートテックまちなみ協議会」と連携することが、条件だという。秋から本格的な活動を始めるという。今後を見守りたい。その他、「京都未来まちづくりプラン」と財政問題について質疑もあった。
 午後からは、久しぶりの議員団会議。まずは椋田知雄議員の死去による南区の補欠選挙について民主党として候補者を擁立するかどうか、1区総支部の幹事長の小林議員から経過説明があったのち、南区で昨年初当選を果たしたわが悪友、山本恵議員が心境を吐露。色々と情勢分析などした結果、議員団として、擁立を見送ることに。もし共産党の候補が勝ったら、自民22、共産20人、民主14、公明12、(欠員1)になり、今後の市会運営は複雑になりそう。案件によっては議長の裁断になることもありうるのかな?その他今後の日程など諸々のことを議論。
 その後、理財局、総合企画局。総務局の局長、部長らが「京都未来まちづくりプラン(骨子)」について報告と質疑。門川マニフェストの着実な実行と今後の京都市政の羅針盤とでもいうべきプランだが、今後の3年間の財源不足は964億円を見込むということで、この財源不足の克服が大きな課題になる。市民負担がどうなるのか、今後の議論の必要だ。
 夕方は、3年に一回の役員改選ということで、召集された吉田氏子講社の理事会。講社長には鈴鹿隆男さんが再任。淡々と円滑に議事は進んでよかった。もうすぐ祭りの準備やな。


●8月17日(日)
 朝、テレビでオリンピックの女子マラソンを見る。野口選手が負傷、出場を取りやめたので盛り上がりはイマイチ。土佐選手も可哀想に途中で棄権。痛々しい感じ。マラソン二度目の中村さんががんばった。ルーマニアの選手が独走、ケニアのヌデレバ選手は、トメスク選手が独走していることを気づかなかったという。午後は、事務所にてメールニュースの発送などして、夕方からはテレビでオリンピック観戦。女子レスリングの伊調姉妹が金銀メダルに輝いたが、浜口京子さんは銀メダル。閑話休題。「気合だ!」の親父のアニマル浜口は、かって国際プロレスからデビューしたプロレス選手だった。長州力と結成した維新軍団など最高のコンビやったね。北島康介の活躍など明るいニュースもあるが、星野ジャパン、悪戦苦闘。で、矢野、新井、藤川選手の抜けた阪神タイガース、メロメロや。大丈夫かいな?


●8月16日(土)
 京都は「五山の送り火」の日。暑い昼下がりだが、世界遺産に登録された下鴨神社の木立の中での古本市。ええ雰囲気や。色々と京都に関連する本など購入。
 それから、わが友人の淨楽の仙人と大文字山へ。4年ぶりか?銀閣寺から高校時代は20分ほどで登りきったが、もうあかん、45分ほどかけてあえぎあえぎ登る。保存会のメンバーを中心にボーイスカウトやボランティアが、護摩木や水などを各火床にバケツリレー方式で運ぶ作業を手伝う。前原衆議院議員も一緒。小雨が降り涼しかった。75の火床を銀閣寺町の保存会の人たちが守っているのだ。伝統行事を継続するのはたいへんだよ。ほんまにご苦労さん。山を降りたのは6時前。膝がガクガクする。ちょっとトレーニングをしないかんね。
 で、叔母の家族がわが家に墓参りの帰途立ち寄ってくれて暫し談笑した後、毎日新聞京都支局の大文字鑑賞会に。屋上からは、「大文字」はもちろんのこと、「法」、「船」「左大文字」、そして辛うじて嵯峨の「鳥居」が見えた。テレビでお馴染みの鳥越ニューキャスターも過ぎ行く京都の夏を楽しんでおられた。


●8月15日(金)
 63回目の終戦記念日。63年前も暑かったのだろうな。昼前、百万遍は知恩寺の手づくり市へ。鴨沂高校の先輩の臼井さんらが主宰者。手づくり市が始まって20年を越えるのかな?当初は細々とだったが、今や境内狭しと店が並んでいる。東寺の弘法さん、北野の天神さんと肩を並べるまでになった。継続は力やね。
 午後、京都会館での韓国民団京都府地方本部主催の光復節、大韓民国建国60周年の記念式典に。壇上にて仲尾宏さんらと来賓として着席。副議長として挨拶したのは2年前か?「共生社会の実現」を目指して今後も交流を深めたいと思う。2部はキム・ヨンジャのパワフルな歌謡ショー。美空ひばりの歌やイムジン河などを熱唱。彼女は、1988年ソウルオリンピックのときに閉会式で唄っていたという。あれから20年か。
 夜は、テレビで北京オリンピック観戦。陸上の100メートル、同志社は総政出身の朝原宣治選手、2次予選で敗退。残念。来る11月9日(日)の午後、同志社総政会の総会で記念講演をしていただく。学外の方も参加できます。詳細はいづれ。


●8月11日(月)―8月14日(木)
 北京オリンピックに高校野球の夏。ぼくは、ひたすら事務所で市民派議員レポートの発送作業と聖護院や吉田の地元を自転車で配布。友人の浄土寺の仙人らが手伝いに来てくれて大助かり。暑さでバテ気味。


●8月10日(日)
 昼前から事務所に篭もって、政策評価のことについての原稿書き。午後3時過ぎ、出町商店街に。民主党京都府連青年局が呼びかけた街頭宣伝カー「ダッシュ号」に乗って、暑い陽射しで汗が吹き出るなか、松井孝治参議院議員らと車のデッキから手を振りながらの下鴨本通、北大路、白川通を街頭行動。高野イズミヤ前と聖護院のサンプラザ前でぼくも久しぶりにマイクを握って街頭演説。知人が手を振ってくれたりすると嬉しいが、なにせ暑い。歩いている人も少ないし、こっちもバテ気味、酸欠状態や。熱中症になりそう。若い議員が張り切っているのが嬉しいね。
 そして、政策評価についての原稿を書き終えたのは深夜か。もう疲れたよ。


●8月9日(土)
 昼前、西京区洛西は桂坂の「洛西ふれあい会館」へ。この6月に成功した「ヒューマンふれあいコンサート」の実行委員会の総会。会計報告や事業報告がされた。多くの方にご参加、また協賛広告を出していただいたので、収益が出たので、ご協力をいただいた社会福祉協議会や作業所などの福祉施設に寄付をすることになり、贈呈式も行われた。また当日撮影されたビデオも上映。
また各メンバーから反省や感想などが述べられた。ほんまにご苦労さんでした。またやりましょう。
 午後は、民主党2区総支部の定期大会。総支部長は前原民主党副代表。山口幸秀幹事長が参議院選挙や市長選挙の総括と来るべき解散総選挙に向けての運動方針を提起。党員・サポーターが結集して、前原必勝に向けての気合あわせ。
 夕方は、ロシア料理店「キエフ」にて加藤登紀子さんと鶴見俊輔先生も参加されて藤本敏夫さんを偲ぶ会。藤本さんが亡くなったのは、2002年7月のこと、7回忌になる。享年58歳だった。ぼくより少し上の世代の同志社の新聞学科の鶴見ゼミの同窓生たちが中心に集まる。1968年疾風怒濤の時代、ぼくが入学した年に、彼は反帝全学連の委員長になり、防衛庁突入闘争のリーダーとして逮捕、その後、山本満喜子さんが主宰する日本キューバ文化交流研究所に参画。キューバ研のポスターを見て1970年にぼくはキューバに行ったのだ。藤本さんは72年に収監、加藤登紀子さんと獄中結婚。彼はその後、食と農の世界に引き込まれて大地を守る会を設立。ぼくが「水と土を守る会」として京都会館で登紀子さんのコンサートを主宰したのは81年だったかな?久しぶりにお会いした鶴見先生は86歳になられたそうだがお元気だった。わが青春時代の1ページを思い出しながら、さて、これから何を目指すか、考え込んだ夕べだった。


●8月8日(金)
 もうすぐお盆ということで、午前中わが家から神楽坂を歩いて3分、東福ノ川町は浄土宗公安院にカミさんと墓参り。公安院には鈴木家の大昔の先祖が祀られているのだ。住職に読経をしていただいた後、古ぼけたお墓に水をかけて線香を置く。それから同じ下大路町の神楽坂の中腹にある吉田神葬墓地にも行く。ここは、見晴らしがいい。暑さでうだっている京都のまちを一望できる。祖父や祖母など3代ほど前の先祖がここに眠っている。墓参りをほとんどしたことがなかったが、そんな歳になったのかな。吉田神葬墓地には日和さんも祀られていて大好きだった煙草を供えた。
 午後は、百万遍界隈をウロウロ。アース書房で書籍を購入。夕方、京都タワーホテルでの髭の今枝団長の「今枝徳ちゃんと乾杯」の集まりに。4日連続の催しということだが、いつもながら大勢の参加者の熱気に圧倒される。門川市長や前原、福山議員に議員団のメンバーも多く参加。中央市場の関係者の人も多く、ぼくは議員になる前、4年間中央市場で働いていたので顔なじみも多い。デッチ車を引いていた頃の気持ちを忘れんと、これからもがんばろう!
 その後駅ビルで、元社民連の活動家で嵯峨野高校出身の同世代の友人等と一献傾ける。京都は狭いよ。
 夜、テレビで北京オリンピックの開会式を見る。天空を走った聖火ランナーにはびっくりした。四川の大地震やチベット問題、またテロもあったが、ともかく始まった。無事に終わるのか?


●8月7日(木)
 午前中、来客の応対。そして、昨日に続いて、行政評価のことについて原稿書き。総務省の資料によると、政令指定都市17都市で行政評価を条例制定しているのは、神戸、京都、静岡、川崎の4都市になっているが、ちょっと気になったので総務省の担当者や川崎市の担当局に電話をして、実態を尋ねる。静岡と川崎市は、自治基本条例の中の一章に行政評価の項目があり、それで条例化されているということになっていることが判明した。多くの都市は要綱などを根拠に実施している。せっかく評価制度があっても市民に公表していないところや、市民意見の反映制度がなくて、議会にも報告説明していない都市もある。
 京都市は目的として「総合的かつ体系的な行政評価等の仕組みを構築することにより,行政活動及び外郭団体の経営を客観的かつ厳格に評価した結果を行政活動の企画立案等に積極的に活用し,もって効果的かつ効率的な市政の実現を図るとともに,市民の参画を得て実施した行政評価等の結果等を公表することにより,市民に対し説明する責務を果たし,もって市民の視点に立った市政の実現を図ること」として、いる。条例と実施状況を他都市と比較してもええ線いってるよ!深夜までパソコンに向かって疲れたよ。もう一息やな。


●8月6日(水)
 朝、8時過ぎNHKの広島の平和記念式を中継を見て黙祷。被爆から63年目の夏。当時わが父は学徒動員で広島は宇品で被爆している。被爆2世であるぼくは多感な少年時代、白血病で死ぬのではないかと、思っていた。89歳になる父はお陰さまで今も元気。そしてぼくは髪はほとんど薄くなったが、来年還暦を迎える。ここまでよく生きられた。
 昼、グリーンアクションのアイリーン・スミスさんらが来所。青森県は六ヶ所村に建設された核燃料再処理工場で放射能漏れや内部被爆により、放射性廃液が三陸の海を汚染する恐れがあるとして、食の安全や漁場を守るために放射性廃液海洋放出規制法の制定を求める意見書の提出を京都市会として、出来ないだろうかという相談。請願の方法など色々とアドバイスをする。
 午後から深夜にかけて、伊多波良雄同志社教授の編著による「政策評価手法の理論と実際」(仮題)へ寄稿するべく京都の行政評価条例制定までの沿革や他の政令指定都市の資料などを読みながら、パソコンに向かう。


●8月5日(火)
 午前中、吉田山に桜を植樹しようと申し出ておられるロータリークラブの方らと建設局の緑地管理課の担当者とで現地調査。うっそうと茂った椎木の森を越えて桜がふさわしい適地を探して山頂付近を散策。暑い日ざしに汗を流す。吉田山が桜の名所になったらいいのにね! 午後は、左京土木事務所に簡易舗装剤を取りに行ったり、事務所の来客は「英語広場自習ネット」を立ち上げた阪東君。47都道府県の公立・私立高校の英語の過去の入試問題とリスニングをネットで公開したもの。中学生が英語を自習できるように、この1年がんばってきた。ぜひいちどアクセスしてみてください。
 夕方は、四条河原町で最低賃金の引き上げを求める連合京都の街頭行動。木村連合会長と2区の中野、藤川議員が演説。洛東地協の組合員ががんばった。ビラ付のティッシュを配布するのがぼくの役目でした。
 夜は、聖護院消防団分団の器具庫に立ち寄り、さらに吉田神社の参集殿前で練習に励む吉田剣鉾保存会のメンバーを激励に。粟田神社や嵯峨からも剣鉾挿しの人が来ていて賑やかだった。


●8月4日(月)
 経済総務委員会。まずは総合企画局、総務局、理財局の理事者から「京都未来まちづくりプラン(骨子)」について報告。このプランは、門川マニフェストの実現に向けての市政の今後の羅針盤になるもので、サブタイトルは<京都力を育み「共汗」と「融合」で進めるまちづくり>。「いのち」「知恵」「環境」「刷新」「ひと」の視点に立って、福祉や環境、都市基盤作りや産業振興など諸施策を進めようという門川市政の基本政策なのだ。財政的には3年間で946億円の財源不足が見込まれ、財政再建団体に陥りかねないとのこと、さてどのように舵を取るのか。振り返れば、田邊市長は「健康都市構想」を、桝本市長は「もっと元気にアクションプラン」を策定して市政が進められてきた。ぼくも質疑に立った。
 総合企画局からは「環境モデル都市」の選定結果が報告された。残念ながら補欠みたいなもので少し残念。政令指定都市では横浜と北九州が選定された。また話題のコンビニの深夜営業等について審議する「環境にやさしいライフスタイルを考える市民会議」の設置の報告、また「関西広域連合(仮称)」の設立のことも報告があった。この広域連合、ようわからんよ。
 総合企画局との一般質問で、ぼくは、昨年の5月市会で可決され。6月に施行された「行政評価条例(京都市行政活動及び外郭団体の経営に関する条例)」について施行後1年ということで質問。マンガ入りのリーフレットの発行などされているが、意見申し出があったのは2件で、市民の関心は低いのが残念。
 総務局からは職員の懲戒処分に係わる訴訟で、京都市が敗訴したことで、職員の身分回復を図ったという報告。2年前の一連の不祥事事件のひとつのケースだったが、ちょっと魔女狩り的な雰囲気でもあったのかもしれない。今後は、不祥事事案について厳格な方針で臨むのは当然だが、慎重な対応も必要だろう。
 また一般質問で、ぼくは国際化推進プランの策定についても多文化共生の視点で質問をした。京都市内の外国籍市民は、韓国・朝鮮籍などの特別永住者が24000人、留学生が4千人を超えて41400人。親が外国人の子どもたちが4.2パーセントになる。京都の国際化が随分進んでいるのだ。 8月下旬に推進プランの案が発表されるという、そのときには意見を述べよう。 

 夕方7時過ぎ、市原野に。久しぶりに鈴木マサホ市政懇談会を市原野会館で開催。午後8時から市原野自治連相談役の中村貴司さんの司会で開会。ぼくは、東北部クリーンセンターの計画発表から着工、稼動に至るまでのことや左京区の諸課題、この2月の市長選挙からこの間の市会や京都市政の動きと京都市政の課題について1時間近く喋る。ちょっと喋りすぎたかな?市原はもちろん静原、鞍馬、二ノ瀬、木野から、10数人の参加者。参加者からは職員の意識改革、サルや鹿による農作物の被害の問題、新区役所への交通アクセスのこと、コンビニの深夜営業規制のこと、静原小学校の児童数のこと、障害者自立支援法のことなど諸課題についてご意見を伺う。これから各所で市政懇談会を開催して行こう。ありがとうございました。


●8月3日(日)
 朝8時30分、車で一路鞍馬から杉木立の花脊峠を越えて山村都市交流の森へ。およそ1時間ちょっとのドライブ。峠は24度だった。恒例の「ふるさと森都市フェスティバル」。今年は小林副議長や経済総務委員会のメンバーも参加して開会式。今年で18回目か?地元の人や産業観光局の農林振興室のメンバーが大活躍。また花脊の小中学校児童によるわくわくバンドの演奏や久多、広河原、花脊、百井の北部の山間部の地域の人が山菜のてんぷらや鮎の塩焼きの模擬店を出し、河原では大勢の子どもたちが水遊び。地域の住民と都市住民との交流のひと時。ぼくは毎年楽しみにしていて暫し暑さを忘れて地元の人と懇談。
 昼過ぎ、これも毎年のことだが、左京区最北の地、広河原まで足を伸ばして、スキー場の手前にある喫茶「庄兵衛」でいつものようにハニーレモンで喉を潤す。さわやかな風が気持ちよかった。そして友人の陶芸家を訪問して、さらに冬は積雪で通行が出来ない能見峠を越えて久多の里へ。薄い紫色の絨毯のような北山友禅菊を見学して、駐在さんのところで暫し談笑。そしておそらく不法投棄であろうが、墓石が集積してあるところを見てオートキャンプ場まで足を伸ばす。久多の渓谷を抜けて葛川梅ノ木から国道に出て、花折峠、途中、大原経由で夕方帰宅。久しぶりの北山の山岳ドライブでした。


●8月2日(土)
 朝、8時過ぎから地元は近衛広場の草引き。、緑の里親制度ということで、寿会のメンバーやご近所の方と草引きに汗を流す。年に4回かな、雑草をむしって綺麗にするのだ。ご近所の人も積極的に参加していただけるようになって喜んでいる。
 その後、「乗り越えよう今、確実に着実に誠実に創り広げよう成長の翼」をスローガンにしたNTT労組京都総支部の定期大会。滋賀県と奈良県の国会議員も含めて京都の国会・府市会議員が多く出席。全電通からNTT労組に移行して10年目の節目の大会。上林委員長が執行部を代表して挨拶。民主党を代表して山井議員が挨拶をした。久しぶりに会う諸先輩に冷やかされる。 
 午後、大原自治会会長の佐竹さんらが来所、大原簡易水道の市への移管を求める請願を持って来られる。大原では昭和46年から地元住民による民営の簡易水道が設置されてきたが、老朽化し、また国の補助制度の見直しもあり、京都市が市営の簡易水道として整備、維持管理して欲しいという請願。もちろん紹介議員になる。経済総務委員会で審議することになるのかな?
 午後、事務所にて、市民派議員レポート8月号の校正。夕方、錦林小学校で行われた聖護院学区の夏まつりに。各種団体の人たちがみたらし団子や綿菓子など模擬店を出し、左京消防署は消火器のコーナーも。抽選会が盛り上がった。子どもたちも大喜び。


●8月1日(金)
 午前中、京都市会の委員会室で連合京都は、高齢・退職者団体連合会(略称京都高退者連合)の役員さんと民主・都みらい京都市会議員団との懇談会。ぼくが進行役。孫の年齢になる若い議員もいて、みなさんもびっくり。最高齢者は83歳かな、お元気で何より。かっては組合運動の闘士であったみなさんも今や雰囲気は好々爺だが、後期高齢者医療制度への怒りを実感。介護や年金のことなど色々とご意見を伺う。怒れる高齢者よ、団結せよ!
 夕方は、わが後援会の幹事のみなさんに集まっていただいて、夏の市政懇談会・サマーサロンの打ち合わせ。今夏は8月30日に「ホテル平安の森」で開催することに。会費は6500円。ぜひお越しください。
 夜、テレビニュースで福田改造内閣の陣容を見る。郵政民営化反対論者だった野田聖子の入閣とそして麻生幹事長誕生が目玉か。取り立てて新鮮味があるわけでないし、誰がどのポストに付いたのか、たいして気にとめることもない。大臣の名前を覚えようという気もないよ。この内閣で解散総選挙になるのだろうか?



鈴木マサホ事務所
〒606-8313 京都府京都市左京区吉田中大路町17-1 鈴木文化会館2F
tel: 075-761-5537(代) fax: 075-761-5591

Copyright ©2001-2010 Masaho SUZUKI All Rights Reserved