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       鈴木マサホひとくち日記 
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2008年2月

                 


●2月29日(金)
 本会議に先立って、新年初めての市会開会なので、恒例によって京都市交響楽団の室内演奏。京都市歌のあと「ハイドンの聖アントーニによるディブエルメント変ロ長調」。春らしく軽やかな音色だった。
 そして、和服を着た門川大作新市長が登壇デビュー。いささか緊張の面持ちで就任の挨拶。市役所改革に全力を尽くすと所信表明。そして一旦降壇した後、3人の副市長と共に席に座り、改めて登壇して、08年度の京都市予算議案の要旨を提案説明。市民の目線に立った市役所改革と「京都力」を生かして自治のモデル都市を作り、マニフェストの実現に向けてスピード感をもって臨むと表明して、骨格予算について説明。
 また星川副市長からは、07年度の補正予算やその他の議案について説明があり、各議案については委員会付託をすることに。そして、2月19日に千葉県沖で発生した海上自衛隊のイージス艦「あたご」による漁船「清徳丸」の衝突事故に関する意見書を全会派賛成して採択し延会。その後、普通、公営企業予算特別委員会の委員長を互選して終わり。
 門川市長、ちょっと読み方を間違ったところもあったが、まずは無難にデビューやな。
 午後は、議員団室にて本会議の質問原稿書き。だいぶ仕上がってきたので、担当者と調整も。夕方は「経糸の会」の運営委員会。この6月28日(土)に開催する加藤登紀子さんを招いての「ヒューマンふれあいコンサート」の準備会。ポスターやチラシの準備もすでに進められている。夜は、事務所にて原稿書き。夜が明け始めていた。


●2月28日(木)
 朝、朝食を食べながらの民主党京都府連の緊急役員会。この3月22日に府連の大会を開催することになっているのだが、福山参議院議員が会長を降りることになっていて後任人事を巡ってちょっとした波乱があり、さてどうするか、ということ。知恵を絞る。
 昼は、議員団室で代表質問の原稿書きを継続。夕方は、事務所に宮田栄次郎さん来所。宮田さんはもう80歳を越えておられるが、心筋梗塞から回復して元気。今回の市長選挙の予測は、投票率が読めなかったといわれるが、当選ラインはほぼ当たっていた。今回で選挙予想は、お終いだとのこと。夕方から夜にかけて、事務所にて民主党の大会議案書のメモ書き。この1年は選挙、選挙で政務調査委員会の活動はイマイチやったね。あまり書くこともない。次期の執行部に期待しよう。そして代表質問の原稿書き。


●2月27日(水)
 午前10時から議員会。都市計画局、産業観光局、環境局、総務局、保健福祉局、総合企画局、交通局と昨日に続いて説明と多少の質疑。
 夕方から事務所に篭もって代表質問を書き始める。民主・都みらい議員団のトップバッターであり民主党選挙対策委員会事務局長としての選挙経過や総括も言わないかんなあ。また門川候補の「未来の京都まちづくりマニフェスト」を読み返しながら、争点になった同和行政のこと、不祥事根絶と市役所改革にも触れないといけないし、「京都力」という市民参加のことや新景観政策や左京区の諸問題について、そして地方自治体の財源に大きな影響が及ぶ、国会で与野党が対決している道路財源と暫定税率のことなども触れないかんなあ、と頭の中で考えながらパソコンにメモを打ち込む作業を始める。
 わが議員団の持ち時間は72分。藤川、天方議員は21分。ぼくは30分の持ち時間。およそ1万字やな。質問要旨提出は来週の月曜日。久しぶりの代表質問なのでがんばろう!まずは、同和行政のことに触れるべく、12年前のぼくの市会本会議での質問を再読。自分で言うのもおかしいが、これは画期的な提起だったと思っている。市長選挙で歴史は繰り返したのだ。


●2月26日(火)
 市長選挙後の市会が告示。各会派は議員会を開き08年度の予算案や議案について各局と勉強会。新年度予算案は、骨格予算ということで継続的な事業が中心で、各局からの説明時間も30分ということで短い。教育、建設、理財、上下水道、文化市民、消防、選挙管理委員会、人事委員会、監査事務局から淡々と説明があり、それぞれ簡単な質疑。また小林理事からは、市会改革検討委員会の報告や今後の日程などの説明、
 夕方は、連合京都洛東地域協議会との懇談会。市長選挙のこと、今後の京都市政のことなど懇談。


●2月25日(月)
 小雪が舞う寒い朝、門川大作新市長の登庁式が市役所前広場で開かれる。議員や市職員、また選挙を応援した支持者等が待つことしばし、黒塗りの公用車で現れるのではなくて。地下鉄の駅から登場。拍手と花束で迎えられる。内海市会議長らの挨拶の後、「緊張感を持って現地、現場主義で大粒の汗をかいていく」。「厳しい選挙結果を厳粛、謙虚に受け止め、全身全霊で市政改革に邁進(まいしん)したい。職員不祥事を根絶、同和行政の市民の不信感を一掃する」」と決意表明。 健康に留意をして市政改革の舵取りに邁進してほしい。門川新市長のもとでの船出。前途多難やで。
 午後、以前から予定されていた議員団での産業技術研究所の視察。まずは、五条七本松はリサーチパークにある工業技術センターに。センター長の西島元京大総長のご挨拶の後、各研究室を見学。漆や陶磁器などの伝統産業の技術や金属やメッキ、デザインなど京都の工業技術の基礎研究などを行っているところ。麹の研究も行われており、清酒を試飲。それから烏丸上立売にある西陣の伝統産業を支えてきた繊維技術センターに。織機が置いてあり、染色、デザイン、また繊維業界の技術相談などをするところ。京都の産業は、これらの研究施設が役割を果たしているのだ。この二つのセンターは2年先にひとつのが建物に統合・合併され産業技術研究所として再出発することになっている。また繊維技術センター跡には、同志社のキャンパスが来る予定。
 夕方は、京都NPOセンターの深尾君らと懇談。代表質問で市民参加のことについて質疑をしようと考えていたのでグッドタイミング。色々と課題について議論。


●2月24日(日)
 雪の朝、この2月は、ほんまによく降る。昼、中国人歌手・李広宏(リ・コウコウ)さんを囲む会。来日20周年でエッセイ集「老いた一本の桜の木」の出版を記念した集い。編集者の竹内孝治さんと出版元の京都修学社の三宮庄二さんのご縁で参加。「夏の思い出」「千の風」、「早春賦」、「ふるさと」の日本の叙情歌を中国語もまじえて甘い透き通った声で熱唱。本人が作詞作曲の「大地」は素晴らしかった。夕方は、久しぶりに家族で行きつけの居酒屋「炎の火」でゆっくり晩飯。


●2月23日(土)
 午前9時から民主党京都府連役員会と常任幹事会。八幡市長選挙の敗北と京都市長選挙での薄氷での勝利など、ちょっと重苦しい雰囲気。3月の定期大会では、会長選挙もあり、また暫定税率・道路財源の確保のことで地方自治体と国会でのやり取りなど、色々と議論。そして京都市長選挙対策委員会の解散も確認されて、ぼくも重責からやっと解き放たれた。

 午後、「やった!できた!すごいやろ!-へんてこりんな子どもの世界園児の作品展」を見に三条京阪の「だん王保育園」に。子どもたちの夢のある共同作品や粘土による人形など豊かな表現力に感心。
 そして「犯罪被害者支援京都フォーラム」に。理事長は同志社総長の大谷實先生で、実はわがカミさんも電話相談や最近は直接支援ということで裁判の傍聴につきそったりボランティアをこの7,8年していて、フォーラムでは、3分間スピーチもしてちょっとびっくり。
 夕方は、京都府広告美術協同組合の懇談会に。新景観政策が施行されて屋外広告物の規制強化されて、業界もたいへん。京都にふさわしい優良な広告物をどう作っていくのか、課題は多い。色々とお話を伺う。外は、雪が舞う。午後8時過ぎにボーイスカウト24団の育成会に行く。青少年の健全な育成のためにスカウト活動にがんばっている人たち。外は、吹雪いていた。


●2月22日(金)
 久しぶりに、春うらら。昼、友人のC型肝炎の患者さんが来所。出産時にフィブリノゲンの投与があったらしく、C型肝炎を発症し、このたびの薬害訴訟の和解における国の賠償についてどうすればいいのか、の相談。厚労省とはすでに連絡を取っておられるものの、母子手帳は保存されているが、当時の病院が廃院になりカルテが存在しないこと、など課題はある。弁護士を紹介することになる。

 午後4時から市役所前広場で、桝本頼兼市長の退庁式。3期12年の間、市政の改革と京都創生策や新景観政策など大いなる成果を上げられたが、不祥事のことが心残りだったろう。市役所前広場には市職員や議員、また桝本市政を応援してこられた諸団体の人など市民が結集。星川副市長と内海議長が送る言葉を述べて、多くの人から花束の贈呈。そして感慨無量、笑顔で退任のご挨拶。そして門川大作新市長からも花束が贈呈されてバトンタッチ。最後に言われた「おおきに!」といかにも桝本さんらしかった。3期12年、ご苦労さまでした。


●2月21日(木)
 昼から連合京都など市長選挙を一緒に闘った組合まわり、安堵感が漂うが、左京はたいへんやったね、と多くの人に冷やかされてまいった!夕方、わが事務所では、ボーイスカウト北星地区の会議が行われていた。20数年前に愚息が24団のカブ・スカウトでお世話になり、ぼくもデンダッドなどしたこともあり、また京都市会のスカウト振興議員連盟の一員でもあるのだが、ボーイスカウトの知人が、会議の会場を探されていたので活用していただいたしだい。久しぶりに会う同級生や親しいボーイスカウトの役員さんたちもいてなつかしい気分。また使ってくださいよ。


●2月20日(水)
 市長選挙も終わって、厚生委員会が開催される。環境局からは報告案件なし。駐車場の請願については、留保。珍しく一般質問はなし。各委員、市長選挙でお疲れの様子。保健福祉局からは、伏見区に建設が予定されていたケアハウスが事業主体の法人から事業を断念したいと申し出があり、助成事業が中止になったという報告。色々な請願については留保。一般質問で中国で生産輸入された餃子問題で、委員会で報告があるものと思っていたところ、報告がなく、また他の委員が取り上げるのかなと予想していたが、誰も言及しなかったので、やおら挙手して、京都市の取り組みについて質疑をする。衛生公害研究所で敏速に検査をして対処したとのこと。午前中に散会。午後は、議員団室の机の上に溜まっていた資料の整理などでして、ぼんやりしていた。


●2月19日(火)
 久しぶりに事務所にて、溜まった市長選挙やその他諸々の資料の整理。来客は、朝日新聞の政治部の記者が東京から来所。市長選挙の結果を受けて、どう考えるか。国会では二大政党制が定着する中で、共産党が強いという京都の特殊事情があったとしても民主党として、どう総括するのか、辛らつな質問。神のなせる業で薄氷の勝利。民主が先に門川候補に出馬要請して自民と公明があとから出馬要請をしたことを京都方式と揶揄されたが、自民と公明と民主の相乗りになったのは、2大政党時代に一周遅れかな、とも思うし、一方、大連立も言われるときに、国会の与野党の対決構造が持ち込まれるのは、市民の為の地方自治にほんとうにいいのか、どうか悩ましいところだ。ただ、今回の結果を虚心に受ければ、有権者は3極を望んだということかも知れないし、また不祥事問題や庁内出身ということに対する異論があったのだ。考えることは多い。ただこのような選挙は、もう2度としたくないという実感もあるのも事実。ほんまに疲れたもの。久しぶりにひとくち日記を書き込む。


●2月18日(月)
 ほんまに疲れた!朝、立ち上がれず。一日中、爆睡。昼飯を食ってまたテレビで映画を見てウツラウツラ。


●2月17日(日)
 寒い市長選挙の投票日。午前中はゆっくりして、昼過ぎカミさんと投票所のわが母校の近衛中学校に。各町内の役員さんが投票所の受付に。投票率は悪そう。寒い体育館で、午前7時前から夜の8時過ぎまで寒い長い一日をご苦労さまです。事務所ではカミさんと後援会の方に棄権防止の電話をかけてもら手はずを整えて、選挙事務所に。
 選挙管理委員会の投票率の速報が気になるが、とりわけ報道機関の出口調査の途中経過を耳にするが、どうやら大接戦の様子。スタッフが、パソコンで数字をにらみながら分析するが、これはやばいぞ!15万票から16万票のせめぎ合いだ。そして民主支持者の票が、村山候補と中村候補に流れている。午後8時に投票箱は閉められて、すぐに当選確実が速報で出されることはなさそう。選挙事務所には、国会府市会議員や支援者がテントを張って急遽作られた会場に集まり、開票速報を固唾を呑んで見守る。途中、八幡市長選挙では、自公推薦の明田氏が勝利したと速報。自公の議員からは拍手。わが民主勢はむっつり。
 そして東山や上京、山科では、門川候補がしのいだが、そんなに差がない。南区では中村候補に負けた。そしてわが左京区では、予想どうり村山と中村両氏が18000票台で、門川は、15000票台。北でも右京でも中村氏にせり負けて、いったいどうなることやら。緊張感が漂う中、大票田の伏見区が3000票近くの差で、ようやく当選確実が出たのは、午後11時を過ぎていた。ようやく安堵の歓声。なんと951票!の差。投票率は、37.82パーセント。投票に行った人は、有権者114万人のうち43万人。門川候補には投票した人は、15万8472人。万歳三唱もされたが、盛り上がりはない。門川候補も硬い表情だった。ともあれ、門川市長が誕生した。この結果を謙虚に受けて市政運営をして欲しい。そして民主党にとっても大きな宿題が残ったよ。ほんまに疲れた!外では、雪が舞っていた。


●2月16日(土)
 色々とあった市長選挙もいよいよ最終日。午前中は、地元吉田を最後のビラ撒きを敢行。ビラ撒きは選挙の原点。この間、我ながらよく歩いたよ。去年の自分の選挙のときもこうしていればよかったやんな。3年先は歩くぞ!
 午後2時過ぎにはラスト・サタデー作戦ということで、例によって高野のイズミヤ前に自民、民主、公明の各議員と各後援会や自治労のメンバーが結集。そこに未来京都の確認車が到着し、次に選挙カーに乗った門川候補が登場、最後の訴え!共産党陣営も村山陣営も少し時間をずらして街頭行動。一触即発とはならなかったが、緊張感が漂う。自治労の部隊は桃太郎作戦。
 そして夕方5時前、三条河原町には、各所で街頭行動をしてきた連合京都と民主党の議員の支持者等が結集して、最後の街頭演説。まずは大型宣伝カーで立石会長、山田知事、桝本市長、そして民主党の国会議員が熱弁をふるい、続いて選挙カーで門川候補が到着。車の上に上がって、福山議員とともに最後の最後の訴え。2週間にわたった雪の降る寒い選挙もいよいよ最終幕。
 午後8時には街頭を走ってきた選挙車と確認車が無事に帰還。わが同輩の山本恵議員も街頭部としてノリノリだったし、青木芳香もウグイス嬢としてようがんばった。門川候補は最後の演説会に行っていたが、午後9時過ぎには、この2週間ぼくと一緒に様々な困難を乗り越えてくれたわが民主党の若いスタッフとともに選挙事務所を後にする。お疲れさんでした。ほんまに気苦労が多くて疲れたな。さて明日はどうなるやろうか。


●2月15日(金)
 朝の街頭行動の3日目。眠たいよ!ちょっと遅刻や。東山区は中野洋一議員が責任者になって京阪東福寺駅前で連合京都のみなさんと早朝のビラ撒き。あまり寒くなくて助かった。
 昼前、わが事務所の斜め向かいの中大路町の大角時昭さんの告別式。大角さんは、ぼくが小さいときからお世話になり、また吉田神社氏子講社の役員で、お祭のときや節分のときにお世話になった。昨年来、入退院を繰り返えされていて今年の節分は欠席された。享年73歳。ご冥福を。
 午後は、未来京都の機関紙3号のビラを地元一円を撒きに歩く。5時間ほどで1200枚を撒き切る。平松大阪市長の応援は断念。夕方は選挙事務所で最後の打ち合わせ。夜、久しぶりに友人と熱燗で一献。ストレスが溜まりまた疲れていて、ちょっと愚痴ぽかったかな。


●2月14日(木)
 朝の街頭行動の2日目。予定していた出町柳駅前は、共産党に先を越されていたので加茂大橋でビラ撒きと通勤途上のドライバーのみなさんに手を振る。前原、北岡、隠塚、そしてぼくの後援会のメンバーと連合京都は洛東地協の組合員さんら。雪は降ってないが鴨川に吹く風が冷たい!ほんまに寒い!その後、事務所にて。とある老人ホームのことで相談ごと。行政の対応が遅い、との指摘。
 午後、選挙事務所で正副事務長会議と記者会見。平松大阪市長が応援に駆けつけてもらえるかもしれないということで、色々と調整が始まるが、条件整備が難航。押したり引いたり。頭が痛いよ。
 夜は、隠塚議員が責任者の演説会がアピカルイン京都で開催。ぼくは1聴衆。300人を超える参加者。地元ゆえ、前原議員には来て欲しかったが、愛里さんが代理。終了後、各後援会の役員さんらに残っていただいて、世論調査の動向など説明、某放送局の調査では門川・中村、紙一重。左京区では村山、中村、門川の順番、ほんまに厳しいのですよ。頼みまっせ!


●2月13日(水)
 いよいよ終盤!最後の追い込み。民主党が連合京都のみなさんと協力して朝の街頭行動する初日。6時過ぎに目覚めたら、なんと雪や!車を出すわけに行かず、地下鉄で山科駅へ。山科駅前では、雪が降り続けるなかで、出勤や通学途上の人に対して門川候補をよろしくとビラ撒き。自治労の組合員と2区の国会・府市会議員の後援会のメンバーも数人。傘をさしている人も多くビラを取る人は少ないのが残念。そのまま選挙事務所に出勤。
 少し休んで昨日に続いて、小雪舞う中を宇都宮幹事長の運転で3区と4区の議員事務所に激励回りの継続。山本恵、田渕、山本ひろふみ、山岸事務所から、京都市の最南端は淀の安井事務所に足を伸ばし、続いて西京区は佐川、天方。右京区は、青木、熊谷、そして立派な北神事務所から最後は今枝事務所。市内一円を回った。これで追い込みの空気が入るだろう。
 夕方は、市役所で隣接の家と揉めている方の市民相談ごと1件。午後6時前には、市役所前に選挙車で門川候補が登場、桝本市長と車の上に乗って市役所職員や自治労組合員に熱い訴え!
 夜は、上京区は新町小学校で小林議員が責任者の演説会の様子を見に。寒いので聴衆の出足は悪く心配をしていたが、開会時にはなんとか埋まった。300人やな。寒い中、ご苦労さん。動員された人が多く、地元の人は少ないかな。応援弁士に伏見工業高校のラグビー部の監督だった山口良治さんが熱弁。候補者の到着が遅れて福山議員が少し長引かせた。門川候補、声がかすれてきたが、元気そうだ。校庭の水溜りには氷が張っていた。寒いはずや。



●2月12日(火)
 朝、相談ごと1件。新築マンション計画に新景観条例が関連してちょっと困っていると建築設計士さん。昨年の今頃市会で大いなる議論がされ、全会派一致して賛成し、条例が9月から施行されたが、色々と課題があるなあ。
 昨日キレて、市長選対事務長辞任表明もしたが、気を取り直して、宇都宮幹事長の運転で、昼から民主党の国会・府市会議員に、終盤の電話作戦を特にがんばってもらうように各議員事務所の激励・査閲?に回り始める。田中府会議員事務所を皮切りに、安孫子、福山、小林、武田、前原、北岡、隠塚、さらに山科の豊田、藤川、そして東山の中野事務所を回りきって、がんばってくださいよ、とお願いをする。 夕方は、岩倉のとある道路の舗装問題のことで市民相談を受けた後、前原事務所で前原後援会の役員さんに集まってもらって左京対策をどうするか協議。決戦場は左京だが、さてどうしようか!


●2月11日(月・祭日)
 選挙戦もいよいよ終盤。門川選挙事務所では、ほぼ毎日色々と会議をして調整をするために4階の民主党のブースに詰めているが、今日は事務所当番ということで、午前10時から一階に座る。各会派の議員も交代で座っている。機嫌よく座っていたが、とある事が勃発。プッツンくる。
 午後は、終盤を迎えて当初から予定していた民主党の選挙対策委員会。進行役を務めて、各部の責任者から報告をしてもらい、今後の日程など色々と


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