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       鈴木マサホひとくち日記 
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2008年1月

                 


●1月31日(木)

 住みよい京都をつくる婦人の会の左京支部の新年会が昼に。90歳近い人もおられて元気な高齢者の方が多い。ビールは出たけれど、ビールを飲まずにお茶で乾杯。午後は、はたまた民主党のスタッフ会議。本番を控えて色々な調整ごと。
 夕方、青年会議所主催の京都市長選挙マニフェスト型公開討論会に。門川、中村、岡田、村山の4人の候補が揃う。自己アピールの後、設問に従ってそれぞれの考え方を述べて討論になったが、景観条例や教育を巡ってのやりとりは緊張感があった。さて、参加者はどう判断するのだろうか?


●1月30日(水)

 選挙戦への協力や色々な打ち合わせで朝から組合まわり。また正副事務長会議も。夕方は。自治労清掃支部と文化市民支部の旗びらきをハシゴ。これにて旗びらきもおしまい。毎年のことながら、胃と肝臓と体力が勝負。


●1月29日(火)

 忙中閑あり。歯医者に行く。ブリッジをつけてもらうことになっていてその下ごしらえ。そしてまた地元をビラ撒き。わが事務所ではカミさんを中心に市長選挙には門川候補をよろしくと、さらに京都ホテルでの民主党主催の演説会に参加してもらうべく友人知人に電話作戦を始める。


●1月28日(月)

 朝、連合京都へ。民主党として市長選挙本番を控えて打ち合わせや動員の要請に。昼は、とある福祉施設の今後の運営のことで関係者と協議。そして午後は、民主党府連と未来京都の民主党のブースでスタッフと打ち合わせ。色々な調整が必要で気を使うよ。
 夕方は、地元の聖護院自治連の新年会に。事務所は聖護院から移転したけれど呼んでいただいて感謝。ゆっくりしたかったが途中で退席して、わが事務所で後援会の幹事会。ビラまきの協力や個人演説会会場の設営、公営掲示板のポスター貼りの段取りなど、色々と決める。


●1月27日(日)

 昼は恒例の「左京区民文化フエスティバル」が京都造形芸術大学内の「京都芸術劇場・春秋座」にて。今年で12回目か。フラダンスやおひさま太鼓、創作舞踊や大正琴の発表など。女性が元気。
 夕方、前原誠司衆議院議員の後援会の新年会は、例によってウエスティン都ホテルの大会場に1300人のの参加者。圧巻ですよ。ギタリスト、クロード・チアリさんがゲストでなつかしい曲を聞く。そして門川予定候補も登壇。迫力はイマイチやな。
大阪府知事に橋下氏当選。知事になる秘訣はテレビに出ることやね。


●1月26日(土)

 午後2時から京都会館で「未来京都」の決起集会。受付では、自民党、公明党、各種団体、連合京都そして民主党のブースが設けられて、それぞれ割り当てられた色違いの入場整理券をもって参加者が結集してくる。会場はほぼ満員の盛況。民主の参加者もほぼ予想どうり。立石会長、山田知事、桝本市長に続いて政党代表でわが民主からは福山哲郎府連会長が挨拶。門川予定候補もようやく演説が上手くなってきたかな。いよいよ来週の日曜日が告示日。夕方、わがスタッフに檄を飛ばす。


●1月25日(金)
 小雪舞う寒い1日、門川マニフェストなどを載せた「未来京都」の機関紙を地元の吉田、聖護院、岡崎を配布。久しぶりに地元を歩く。所々で知人に会い、声をかける。ちょっと疲れたね。
 夕方は、正副事務長会議の後、自治労公室支部旗びらき、田中支部の荊冠旗びらき、そして自治労に結集する埋蔵文化研究所、交響楽団、ユースホステル協会、住宅供給公社の労組の京都市関連労働組合連絡会の新年会にも顔を出す。


●1月24日(木)
 昼前、ぼくが起草した民主党京都府連の桝本市政の3期12年の総括文を巡ってとある団体と協議。色々と意見の相違はあるのだな。午後は、スタッフ会議。選挙告示日の2月3日に京都ホテルで大きな演説会をすることに。いかに多くの民主党の支持者に参加してもらうか作戦会議。
 夕方は、「住みよい京都をつくる婦人の会」の「新春のつどい」。会長の内藤しげさんは、カクシャクとしている。桝本市長に退任ということで花束の贈呈。左京はダイアナを歌う。古い唄や。若い議員も舞台に上がってえらい賑やかになった。


●1月23日(水)

 厚生委員会、環境局からは家庭ごみの組成調査の報告、一般質問で、ぼくは市原野のまちづくりについて質問。市原野に東北部クリーンセンターが完成したのは7年前、計画発表以来地元では反対運動がもちろん広がったが、当時の自治会の役員さんたちにほんとうにご苦労をかけて、公害防止協定が結ばれて稼動しているが、未だ地元便益施設も不十分なのだ。今後は、環境局だけではなく京都市として、市原野のまちづくりに支援・協力するべきではないかと質疑。
 保健福祉局からは報告案件がなかったがが、請願の審査と一般質問。市長選挙を控えて各委員、気もそぞろ。その後、「未来京都」事務所でポスターのことや選挙公報のことなど正副事務長会議。
 夕方は、自治労運動に取組んできた諸先輩を交えての「市政懇話会」。また自治労教育支部の旗びらき。教育支部のメンバーはみんな若くて元気。気持ちがいい。


●1月22日(火)

 昼前、暫定税率・道路特定財源のことで、京都市の幹部と懇談。地方公共団体として、どこの自治体も道路特定財源がカットされると、道路建設の仕事ができなくなります!と幹部。されど民主党としては、国会で対決しているところなので、集会には行かないと、明言。国会の与野党対立がどう市長選挙に影響するかのかな。
 午後は、「未来京都」事務所の4階に開設した民主党の部屋でスタッフと会議。演説会の持ち方や弁士や街頭の日程など色々と作戦を練る。ぼくが事務局長ということで進行、まとめ役。
 夕方は、わが鴨沂高校同窓会の役員会をかねて新年会。今年の10月26日に結成60周年の総会を開催する。卒業生のみなさん。ぜひぜひご参加くださいよ。


●1月21日(月)

 大文字山が雪化粧。昼、京都府美容組合支部合同新年会に。祝舞もあって華やか。党派を超えて府市会議員も多く参加。歓談や食事もほどほどに退席。
 京都ホテルオークラでの門川マニフェスト発表記者会見に。テレビカメラが待ち受けていたところで、124項目のマニフェストの骨子を門川予定候補が発表。高速道路の凍結問題と不祥事根絶や同和行政について質疑があるが、答弁はイマイチの印象。
 その後、色々と打ち合わせ。国では道路特定財源を巡って自公と民主の間で綱引きが始まっているが、その余波というか、京都府が呼びかけて緊急集会を開くという情報が入り、わが市議団や国会議員がどう対応するか、これまた悩みの種。色々と情報を集める。
 夕方は、自治労現業評議会の旗びらき。環境局のまち美化の職員や建設局の土木事務所の職員らの組合役員らが集う。真面目に市民サービスにがんばっている職員がほとんどだが、市民の視線が厳しいとき。しっかりがんばってほしい。


●1月20日(日)

 朝9時から民主党京都府連常任幹事会。市長選挙のことを中心に今後の日程や作戦を決めていく。午前11時からは門川選挙事務所になる「未来京都」の事務所開きのセレモニー。やっと事務所ができたのだ。挨拶で一番気合が入っていたのは桝本市長。
 午後は、今後の選挙戦について正副事務局長会議。事務長は自民党の田中セツ子議員、副事務長は井上自民党議員団団長、公明党は谷口議員、連合京都の細田事務局長とそして民主がぼく。これからこのメンバーで丁々発止しながら進めていくのだ。
 会議後、自分の車で左京区内を行動中の民主党の大型宣伝カー「ダッシュ号」を追いかけて岩倉などを回る。みぞれ混じりで寒い寒い。 夕方は、「未来の左京区をつくる有志の会」。宝ヶ池のプリンスホテルの会場は、寒い中にもかかわらず会場はほぼ満員になった。平安女学院の山岡理事長の司会で、各種団体の代表がパネラーとなって福祉やごみ減量の取り組みなどを語るところに門川大作予定候補が登場。前原誠司衆議院議員も挨拶。さて左京で何票出るかな?


●1月19日(土)
 一昨日の相談ごとの継続で右往左往。午後は、「未来京都」の事務所で打ち合わせをした後、少し時間があったので、以前から使っていたパソコンの調子がおかしくなってきたので、新しいパソコンを購入するために高齢者情報技術問題研究会を主宰している友人の高橋美充さんと一緒にとある電気屋に。ぼくはパソコンの基本的な活用はできるが、ややこしいことは苦手なのだ。色々とアドバイスをしてもらう。
 夕方は、福祉工房P&Pの新年会、部落解放同盟錦林支部の荊冠旗びらき、さらに左京区南部のクリーニング業界の新年会に。途中で前原誠司議員と一緒になって行動を共にする。で、クリーニング業界の人と話していて驚いたことは、テレビニュースをよく見られていて、前原議員の発言や民主党の動向をほんまによく知ってはるなあ、と感心。床屋談義ということがよく言われるが、ほんまにニュース通。


●1月18日(金)

 朝から事務所で雑務。最近届けられた行政資料や市長選挙関係の資料を読んだり、またとある局の部長が来所して相談ごと。また昨夜の相談ごとでバタバタする。そして宣伝カーでゆっくり走りながら「未来の京都をつくる会」のテープを流しながら歯医者通い。
 午後は、民主党の府連に立ち寄り、また「未来京都」の事務所で推薦ハガキの校正等で打ち合わせ。色々な調整で一日が過ぎる。2月3日が告示だから、告示までもうあと2週間余しかない。「未来京都」の推す前教育長門川大作候補、共産党の推す弁護士中村和雄候補、市議の村山祥栄候補、そして会社相談役の岡田登史彦候補と4人が立候補表明している。
 今川市政の後、1989年、田邊・木村・城守・中野の4氏で争われた選挙は、共産党の木村万平氏にわずか321票差で田邊朋之市長が誕生したのだが、ぼくは社会党で中野進さんを応援した。ぼくが1期目のとき。あれから19年経つのか。その後は、田邊・井上、桝本・井上、桝本・井上、桝本・広原という非共産と共産の2極選挙が続いたが、今回の選挙は岡田・村山両氏にどういう票が出るか予測はつかない。いずれにせよ厳しい選挙戦になるだろう。


●1月17日(木)

 久しぶりに寒い!雪が舞う。わが宣伝カーで左京を走り始める。昼からは未来京都の事務所で民主党府連の市長選対事務局会議。今後の日程や各部門の戦略などを協議。それから「未来京都」の会議に参加。選挙公報の原稿やポスターや選挙ハガキのデザインなど協議。

 夕方は、自治労経済支部の旗びらき。観光や産業技術振興や中央市場や農林業など多彩な職種の職員が集まる。今夜だけぼくはウーロン茶で乾杯。
 吉田下阿達町のレストラン「満佐留」のおじいさんの通夜に。ぼくのバス旅行会にもよく参加していただいた。88歳だった。ご冥福を。

 そして事務所で雑務をしていたら、とある相談ごとで警察に走る。
 深夜、この1月4日に東京ドームで開催された新日本プロレスのビデオを見る。新世代の中邑と棚橋の試合は見ごたえがあった。


●1月16日(水)

 川端署にわがポンコツ車を「未来の京都をつくる会」の広報車・宣伝カーとして、走らせるために申請書と車検証の写しとかを用意して道路使用許可申請に。手数料として千四百円がいるのだ。明日からテープを回して走ろう。

 午後は、わが歯と口腔ケアの主治医の吉田民夫先生の尽力で京都府歯科医師会の役員有志の方と民主・都みらい議員団の1年生議員有志との懇談会。口腔ケアの大切さと特に動脈硬化や心臓病や呼吸器疾患や糖尿病の遠因になる歯周病の予防が大事なことを知る。また医療制度改革の問題点や地域連携クリティカルパスの考え方や特定検診の課題等が話題に。京都市がいかに歯周病予防対策を支援できるのか委員会で議論をしよう。

 その後、わが自宅宛に友人が出してくれた年賀状が宛名不明で戻ってきたと指摘があり、左京郵便局に苦情の申し出に。も30年は住んでいるのにどういうこっちゃ!なんという杜撰なことか。しっかりしてよ。

 夜は、自治労市職の理財会計支部、建設支部、区役所の支部の役員さんらが集う区連の旗びらきをハシゴ。理事者も参加しているので、久しぶりに会うメンバーも多い。6期目の繰り上げ当選を喜んでいただく職員や市長選挙のことでがんばってや!と声をかけていただく。


●1月15日(火)

 午前10時から地下鉄東西線二条・太秦天神川間延伸開通式典。ほぼ5年間の歳月をかけて2・4キロメートルの延伸工事が完成して、東西線は六地蔵と所要時間34分で結ぶことになり、洛西への延伸計画はあるものの、烏丸線の着工以来ほぼ20年かけて京都の地下鉄工事が完了したことになる。右京区市民の交通の利便性はもとより、大津への直通電車も走ることになり、嵐山と琵琶湖を結ぶ観光ルートとしても利便性が大いに高まった。右京区役所などの新しい施設も含む再開発事業もあり、街は大きく変貌するだろう。工事に携われたみなさんご苦労さんでした。

 昼、「未来京都」の正副事務長会議。事務所開きや決起集会の日程、また機関紙2号の校正等、さらに民主党と連合京都のブースの設置などについて協議。ようやく艦隊が動き始めるのだ。
 夕方は、とある福祉施設のことで今後の運営のことなどで相談ごと。


●1月14日(月)

 二日酔い気味。昼前、大原の各種団体新年交礼会並びに大原消防分団出初式に。確か去年は雪景色だった。今年は暖かい。出初式は終わった後の交礼会に参加。恒例の廣山会・社中の中川廣山師の尺八と琴の演奏による「上を向いて歩こう」と「ふるさと」を歌い、昆布茶で乾杯。国会・府市会議員も揃う。大原では小中一貫校への移行や公共下水道の敷設が大きな課題。

 午後は、市長選挙のことで関係者と協議。そして昨年は副議長として祝辞を述べた「みやこメッセ」での成人式の雑踏を見て、忙中閑あり、京都市美術館での最終日の「日展」に。友人の娘の黒岩知里さんの「街のさざなみ」とわが口腔ケアの主治医の吉田民夫先生の奥さんの直美さんの「アナトリア幻想」などを鑑賞。日展に出品されるとはなかなかのもの。

 夜は、昨夜に続いて聖護院御殿荘での聖護院消防分団出初式。分団員さんの表彰が行われたが、聖護院学区では、600日を越える無火災が続いているのだ。消防団や自主防災会の努力の賜物。ほんまにご苦労さんです。


●1月13日(日)

 ぼくの59歳の誕生日。来年が還暦や!まあまあ元気だが、視力も体力も記憶力も落ちたし、髪の毛もすっかり薄くなったし、根気がなくなったし、物忘れもよくするし、徹夜もできないし、老いを感じるね。されど「燃える闘魂、いまいちど!」でがんばるぞ!
 
 午後、京都の冬の風物詩になった全国女子駅伝の応援に。熊野神社の交差点では山田啓二知事も商工会議所の女性部の人たちと応援に来られていた。ボーイスカウトや地域の交通安全委員さんたちがお手伝い。都大路をゼッケン番号26の京都チームのランナーがトップで快走。京都は大会新記録で4連覇。おめでとう!
 また京都会館では、京都市少年合唱団の修了演奏会。ぼくの娘が世話になり、親の会の立ち上げにも協力した。昨年が創立50周年。メダルが渡され、皆勤賞の児童等が表彰。

 夕方は、地元吉田学区民「新年の集い」が聖護院御殿荘で。近衛中や四錦小の校長や教頭先生や町内会長、消防分団、市政協力委員、民生児童委員、体育振興会。自主防災会、女性会、少年補導委員会、社会福祉協議会のメンバーが勢揃い。和気あいあいと楽しく懇談。帰途、行きつけの居酒屋「炎の火」で、「今日、おっちゃんの59歳の誕生日やね」と言ったら美味しいワインをプレゼントしてくれて、ハッピーバスデーの唄も歌ってくれて感謝。


●1月12日(土)

 朝8時前、小雨模様の吉田神社に。昨年に続いて、わが同僚の山岸議員に誘われて、京都掃除に学ぶ会「便きょう会」に参加。もうほとんど終わっていたが、作務衣姿で張り切っている門川大作市長候補もおくさんと参加。便器に手を突っ込み慣れた手つきで便所掃除中、ぼくは雑巾を少し洗っただけで作業はたいしてせず。松井孝治参議院も常連メンバー。ぼくは勤勉ではないなあ。豚汁をご馳走になる。同志社の学生や2人の小学生も参加。ほんまにご苦労さん。山岸議員が階段で転んだらしく足を引きずっているのが気がかり。

 午前10時から「未来の京都」議員連盟の総会。自民、公明、民主の市会議員と市内選出の府会議員が結集。ぼくが副事務局長ということで司会進行役。会長のオムロン立石義雄商工会議所会頭が冒頭に、続いて門川大作予定候補が力強く挨拶して、田中セツ子事務長から諸般の報告、また街頭や文書部の専門部部長の各議員から報告があり、行政区別の議員会が行われて、今後の日程や機関紙の撒き方などを決めていく。

 午後は、部落解放同盟の荊冠旗ぶらき。昨年は、大阪と奈良の事件、そして京都の職員不祥事事件に関わり荊冠旗びらきは中止された。同和行政や解放運動の在り方が根底的に問われているときに、今年はひっそりとした集まり。原点に戻って組織や運動のあり方が問われているのだ。

 夜は、公明党の木村力議員の奥さんの通夜。50才の若さでの逝去。心よりご冥福を。ところで山岸議員は、骨折していたとのこと。市長選挙の重要な担い手であるのに、えらいこっちゃ。


●1月11日(金)

 朝10時から恒例の京都市消防出初式が岡崎公園で。昨年は副議長ということでオープンカーに乗って緊張しながら観閲したが、今年は気楽なもの。好天に恵まれてポカポカ陽気で出初式日和。昨年の京都市の火災件数は前年比マイナス25件の231件。大都市では一万人に1・6の割合。これは快挙ですよ。消防車両の行進に続いて消防団員さんらが凛々しく分列行進。

 途中で退席して、韓国民団京都府本部の新春年賀交歓会に。新大統領の就任を控えて在日の人たちにも期待感がある。また昨年はぼくが儒学者・雨森芳洲の役をさせていただいた朝鮮通信使400周年で再現パレードも行われて多文化共生社会に一歩前進。団長の金有作団長らと固い握手。壇上では、各政党の国会・府市会議員が紹介される。ハングルで挨拶しようと思っていたら某市会議員に先を越されてしまった。

 昼は、今年最初の議員会。小林理事から政務調査費や海外視察のことなど改革の方向性の報告やぼくは市長選挙の今後の日程など説明。若手の某市会議員が市長選挙に出馬するということで気合を入れなければ。侮ってはいけないぞ!

 午後は、民主党府連の市長選挙対策本部の正副事務長会議。今後の日程や動員体制、また選挙のやり方などを詰める会議。

 そして夕方、左京区役所の自治労支部、自治労府本部、京都水道労組、京都交通労組の旗びらきで議員団有志が揃って、ブライトン、国際、タワー、ロイヤルホテルをハシゴして挨拶。いやはや毎年のことながらハードな夜。多少ゆっくりしたのは最後だけ。腹減った!


●1月10日(木)
 午前中、地元の岡崎と聖護院を散歩を兼ねてビラ撒きとポスター貼り。途中、緊急な相談ごとの電話があり、とあるところに急遽お邪魔して電話で相手方とやり取り。色んな相談ごとが舞い込むのだ。で、昼食も食べる時間なし。

 午後は、大先輩の梶宏さんが主宰されている「さわやか会」の会合で、おしゃべり。定年退職された方など60歳、70歳代の方が10数人の会。月刊「きょうとの論談」で自分史として「京都に生きて、京都を愛して」の連載も60回になる梶さんとの出会いやわが議員活動この20年の京都市政のことや市長選挙のことなど1時間ほど喋って質疑。女性陣が実に元気。10年、20年後のぼくはどんな生活を送っているかな?

 その後、市長選挙のことで会議をして、夕方は、連合京都の旗びらき。自治労府本部出身の木村幹雄新会長はわが同年代。少しシャイな感じの挨拶。山田知事と桝本京都市長はもとより、宇治、亀岡、向日、長岡京、木津川市長らも出席され、もちろん民主党の国会・府市会議員、連合各地協や各産別・単組の労組の役員さんが勢揃い。恒例で壇上で議員紹介があり、また各テーブルを挨拶回り。昨年は、候補者だった1年生議員も大張きり。ぼくはいたるところで悪運強いなと冷やかされたよ。


●1月9日(水)

 午前中は青少年活動センターなどで働いているユースホステル協会の職員組合の旗びらきを兼ねて門川大作氏を囲む会。門川大作さんは、自分の生い立ちや教育委員会での仕事を語り、また今後青少年育成施策に向けての決意を述べ、参加者からそれぞれの取組んでいることなどが意見表明。ぼくも傍で聞いていたが、ニート対策などどうするのか、課題は多い。

 昼は、前原誠司衆議院議員事務所に新年の挨拶に。解散・総選挙は春以降になりそうだが、がんばろう!

 午後は、厚生委員会委員として招待されている京都市社会福祉大会。社会福祉協議会、民生委員・児童委員、老人福祉員、など社会福祉関係者が集まり、桝本市長から表彰状が渡される。休憩の後、「介助犬アトムと共に地域で暮らす」と題して舘林千賀子さんが講演。1昨年の秋に同志社の総政会で講演してもらって以来で、今では読売新聞の名古屋で車椅子に乗りアトムと一緒に取材活動にがんばっている様子。

 その後、「未来京都」の正副事務局長会議。事務所のオープンももうすぐ。12日には議員連盟を開催して本格的に稼動する。夕方は、自治労市職労の旗びらき。門川大作市長予定候補も挨拶に。また桝本市長も万感の思いを込めた挨拶。


●1月8日(火)

 朝から、「未来京都」のビラを地元を中心に撒きに歩く。またポスター貼りをかねて地元の支持者に挨拶まわり。一軒一軒回るのもいい汗をかき、挨拶もできて一石二鳥。小学校時代からの友人の見舞いも。

 夕方は、わが後援会の主だったメンバーに集まってもらい新年の顔合わせを兼ねて、市長選挙への課題について市政報告。アルコールや軽食もなし。わが事務所のカルチャーガーデン「吉田之森」では柿阪紀美子さんの書道展も開催中だが、会場は満員の50人近い参加者で熱気。
 そこへ門川大作前教育長が登場。彼は堀川高校出身でわが同世代。ぼくより一学年下で昭和25年、1950年生まれ、高校を卒業して京都市役所に就職して、仕事をしながら立命の2部を卒業。以降教育委員会の職員として一筋。ぼくが初当選したときは、当時は薮本教育長の時代だったが、君が代や元号問題、外国人教育基本方針、管理教育のことなど委員会でも京都の教育のあり方について論戦をしたものだ。市長選挙に臨む考えをアピール。また参加者から景観政策や福祉のことについて質問も。


●1月7日(月)

 午前10時から「左京新春文化の集い」とした新春賀詞交歓会。社会福祉協議会や市政協力委員や消防団や女性会など各種団体の人、また左京区選出の国会・府市会議員が勢揃い。和服を着た波部区長が挨拶。いつものように中川廣山氏と中川景子さんの琴の演奏と花柳双志津さんの日舞。未生流笹岡勲風家元は、今年はゆりの花と竹による生け花の解説と「天数と地数」のことを話される。「天数」とは、七夕や虹の七色の「七」のこと、「地数」とは将棋の盤目などの「九」のこと。天地の号数の「十六」が最高の数字であると話される。去年は陰と陽のお話だったが、いつも勉強になる。各団体長さんも挨拶され、和気あいあいと交歓会。

 正午には、ライオンズクラブ335-C地区2R1Zの新春合同例会に。この間ぼくはサボっているが、京都高野川ライオンズクラブの会員。洛陽、堀川、天神川、北桑田、ときわ、ニューセンチュリー、チェリーが同じゾーン。ガバナーは京都産業大学の須藤眞志教授。被り物を着たテールツイスターが登場しての抽選会では、また賞品が当たった!

 その後、各組合や連合京都に挨拶回りを兼ねて市長選挙のことで会長や事務局長と懇談。また民主党府連で今後の市長選挙対策のことで打ち合わせ。


●1月6日(日)

 昼過ぎ、とある元気な工務店グループの新年のもちつき大会に。おでんや焼きそばなどもご馳走になる。昨年夏以降、建築基準法の改正や京都市の新景観政策で住宅やマンション建設業界は深刻な状況になっているが、その苦労を聞かしていただく。なんとか回復することを期待するが、政策的な論議も必要だと実感。

 夕方は、民主党京都府連の市長選挙対策本部の会議。国会議員、民主・都みらい市会議員団と市内選出の府会議員等が結集。確認団体である「未来の京都をつくる会」との連携をしながら民主党としてどういう存在感を見せるのか。組織体制、街頭宣伝カーの回し方、演説会、電話作戦、団体対策などやるべきことが多い。正月明け、気合を入れて、準備を進めなければいけないのだ。事務局長として、これら様々な方針について提案をして議論をしてもらう。正月気分はこれでおしまい。2月17日まで突っ走るのみ。


●1月5日(土)
 午前中、京都精華大学のわが友人の板倉豊さんが教え子と来所。元京都市職員で今や精華大学の環境学の名物教員。ちょうど精華大学の吹奏楽部の写真展も開催中で話に花が咲く。炭焼きもする板倉ゼミは面白そう。彼のような髭をぼくは生やしたいのだ!

 正午に三条京阪へ。恒例の民主党の2区総支部の正月街頭演説。前市会議員の山口幸秀二区総支部幹事長も元気そう。北岡ちはる府議会副議長は晴れ着姿。隠塚、藤川、中野市議と豊田府議が揃い演説しているところに各種新年会をはしご中の門川大作市長予定候補も駆けつけ、気合の入った演説。これからは街頭演説にも慣れてもらうようにしないとネ。

 その後、市長選挙関係で知人等と懇談。そして明日の民主党京都府連の市長選挙対策本部の会議用のレジメ作り。夕方は、日教組傘下の「きょうと教組」の新年会。少ない組合員だけれど家族的な雰囲気で和気あいあい。昨年の選挙ではほんまに世話になりました。
旗びらきシーズンの幕開け。


●1月4日(金)

 今日から仕事始め。事務所には来客。まずは、朋あり遠方より来るで、松山で印刷業を営んでいた佐藤えいちゃん。実家は京都。彼は、岩国の反戦喫茶「ほびっと」時代のメンバーの1人。店を閉めていつかは沖縄に住むという。ええなあ。

 左京区長や左京消防署長らも来所。昨年度の京都市の火災件数は前年度比マイナス25件で231件。わが左京はマイナス1件で20件。12月の火事でお2人が亡くなったのは残念。でも消防職員や消防団や自主防災会の地域力で大都市としては誇るべき少ない火災件数。無火災都市を目指そう。

 またインターネットで「自習ネット・英語広場」を立ち上げた青年も来所。この自習ネットでは、各都道府県の公立・私立高校の英語の入試問題を見ることができる優れもの。高校受験に勤しむ中学生にはもってこいのサイトですよ。ぜひ広めてください。


●1月3日(木)
 穏やかに正月も3日目。10時から吉田氏子講社の理事会。本宮、神楽岡社、今宮社を巡拝した後、講社長の鈴鹿隆男さんのご挨拶。人生80年の時代になって、老いと病と孤独に悩みながら人はどう生きるかというお話。身につまされる。理事会は、年間の予定など説明があって淡々と進む。いつものようにたこ焼きを買って帰宅。

 午後は、哲学の道の大豊神社へ。子年ということで「狛ネズミ」が祭ってる大豊神社は、多くの初詣客で大賑わいの長蛇の列。人の多さに驚きました。境内で神輿を担ぐ知人らのグループがたこ焼きやをしていたのでビールをご馳走になりました。夕方、事務所にてメールや年賀状を読んだり。おだやかに3が日が過ぎた。


●1月2日(水)

 昼前、車で奈良へ。久しぶりの家族サービス。斑鳩の里までドライブ。法隆寺から薬師寺へ。薬師寺には平山郁夫画伯の玄奬三蔵院大唐西域壁画が展示してあったが、その山々の美しさに圧倒される。帰途、薄暮の奈良公園に立ち寄って帰京。
 夕方、叔母と従姉夫婦がわが家に来ていて、また一献交わす。これもわが家の正月の風景。


●2008年1月1日(火)

 2008年。平成20年。昭和の時代ははるか彼方か。穏やかな元旦の朝、「初心に戻って、再生のスタート」。
 天気晴朗!午前7時過ぎにいつものように吉田神社へ。冷たい水で手を清めた後、本宮社殿での歳旦祭。毎年身が引き締まる。雅楽が流れ、厳粛に神事が行われれる。今年も穏やかな元旦で寒くなくてよかった。新年互例会では、「年のはじめ」を歌い、オチョコで乾杯。今年吉田神社は、1150年祭。

 9時過ぎには、自宅に帰って、かみさんと息子と娘の家族4人でお屠蘇とおせち料理と白味噌の雑煮で新年のお祝い。たくさんの年賀状に目を通す。ありがとうございます。
 夕方は、弟の家族も来て両親とともにお祝い。親父は89歳。母は82歳か。いつものわが家の正月風景。いまのところ元気で何より。


鈴木マサホ事務所
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