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1993年(平成5年)
自民党政権の崩壊、細川政権誕生

 細川政権が誕生、日本の政治は混沌とし政界再編の嵐が吹き始めた。田邊市長の再選を控えて、共産党が主導する国民健康保険料の引き下げを求める直接請求運動が起こり6月に臨時市会が開催された。しかし真夏の市長選挙で田邊市長再選。また全国在日朝鮮人教育研究集会(全朝教)京都大会が開催され、実行委員の一人として走り回った。交通水道委員会委員、同和問題解決推進特別委員会委員長に。
 9回目の登壇は3月の本会議で個人情報保護条例を巡って賛成討論に立った。
 「恐るべき情報管理社会―プライバシー保護のために」と題して、ドイツの視察の経験を踏まえて、旧東ドイツの秘密警察跡で考えたことや、大衆化したコンピュータ社会、市民の知る権利−情報公開、自己情報のコントロール、出生届から死亡届まで、情報管理ファシズムの危険性を訴えた。

「新京都市基本計画−平成の京づくり−文化首都の中核を目指して」策定。個人情報保護条例の制定、ヘルスピア21開館、高校ラグビーで伏見工2度目の優勝、市長への手紙制度がスタート、Jリーグ開幕。

細川連立政権の誕生、新生党(羽田代表)、新党さきがけ(武村代表)など45年ぶりの連立政権が成立、55年体制の崩壊、衆議院議長に土井たか子さんが、社会党委員長に村山富市氏、ゼネコン汚職問題で本間宮城県知事など逮捕、冷害で米不足、タイ米の輸入、曙が横綱に。

イスラエルとPLO平和協定、EU(ヨーロッパ連合)発足、映画「シンドラーのリスト」上映。


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