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1989年(平成元年)
平成の時代の始まり、田邊市政に
1月に昭和天皇が没し、昭和の時代が終わる。平成の時代がスタート。
大文字山ゴルフ場建設計画や鴨川ダム建設問題など環境問題や参議院選挙と市長選挙で右往左往した。環境保全と開発が市長選挙の争点になり、「京都水と緑を守る会」も結成された。1981年から始めた「核と戦争はごめんだ!市民定例デモ」は100回を越えた。文教観光委員会副委員長・公害対策委員会委員に。ワープロを購入した。
3回目の本会議の登壇は、8年間の今川市政その功罪、北部周辺整備事業・大見総合公園計画、大文字山ゴルフ場建設計画、国際交流会館と消費生活センターの運営、母子家庭児童の医療費支給制度の周知などについて質問。
そして夏は、まず7月に参議院選挙で、笹野貞子さんが大勝利。社会党が大躍進し「山が動き」与野党逆転。
続いて8月は市長選挙。田邊朋之、木村万平、城守昌二、中野進さんらが立候補。ぼくは中野進さんを応援、田邊朋之さんが321票の僅差で木村万平さんに勝利。
11月市会で4回目の登壇。市民に開かれた市政を!と田邊新市長に問い、開かれた市政への具体的プラン、機構改革、市会の情報公開、インフルエンザ予防接種問題、アトピー対策などについて質問をし、大見総合公園計画を白紙にと訴えた。

国際交流会館や琵琶湖疏水記念館がオープン、地下鉄東西線の起工式、当初の総事業費2450億円。JR山陰線複線化、連合京都発足、京阪鴨東線三条・出町柳間が開通し左京区も随分便利になった。国連軍縮会議が開催。

消費税導入、リクルート事件で6月竹下内閣退陣、宇野内閣発足、ところが女性問題ですぐに退陣、海部内閣に。カラオケボックス登場、美空ひばり死去。

米ソの首脳会談冷戦に終止符、中国で天安門事件。東ヨーロッパの共産党政権相次いで倒れ、東ヨーロッパの民主化。ベルリンの壁、崩壊。
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