京都市会議員 鈴木マサホ 公式Webサイト  www.masaho.com
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1988年(昭和63年)
反原発と景観論争

 反原発のニューウエーブの市民運動が盛んになり、伊方原発出力調整実験反対で四国へも行った。雑誌「現代人」や「京都TOMORROW」にはよく書かしてもらった。
 委員会は、財務消防委員会副委員長と同和問題解決推進委員会委員に。
 2回目の登壇は、チェルノブイリ原発事故を踏まえて、原子力防災対策や名神高速道路を走る核燃料輸送対策や放射能汚染輸入食品問題などを提起し、また山中越での野焼きによる不気味な北白川柿ノ葉落葉事件や、プライバシー保護と母子父子家庭実態調査と母子父子家庭対策などについてと、大見総合公園計画について質疑をした。
 市会では、小規模校問題が論議され始め、高さ制限が緩和されることになる総合設計制度の導入をめぐり景観論争が始まった。また7月市会では、市バス・地下鉄料金改定問題が論議され市バスが180円、地下鉄は160円になった。


障害者スポーツセンター開所、二条駅周辺新都市拠点整備計画の発表、地下鉄烏丸線京都・竹田間開通、京都国体や全国身体障害者スポーツ大会。

リクルート事件発覚、エイズ法案や消費税など税制関連法案が可決。中曽根内閣から竹下内閣に。秋には、昭和天皇が病に伏し下血。自粛問題と戦争責任問題が話題になった。前田明率いるUWF誕生。

イラン・イラク戦争終結、ソウルオリンピック、レーガン大統領からブッシュ大統領に。


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