1987年(昭和62年)
市民パワーを市政に。
清水府会議員とダブル当選。
4月、5097票。3度目の挑戦で初当選。涙が出た。清水達也氏も府会議員にダブル当選!鈴木マサホ・清水達也共同事務所として「市民センター・左京」を設立。京都の様々な市民運動と社会党が連携して、ニュース「トライアングル」などを発行、「市民センター・左京」は日々活気に溢れた。君が代訴訟も始まった。
日本社会党京都市会議員団は10人。財政消防委員会副委員長・公害対策委員会委員に。
京都市政は今川市政の末期で、古都税問題が日々論議され、秋には古都税条例が廃止された。市会の慣習を何も知らない1年生議員として、各委員会で密室市政と古都税問題、住民基本台帳電算化問題やインフルエンザ予防接種問題、君が代・元号問題、北山残土投棄計画―大見総合公園計画について各理事者とかなり激しい論議をした。
11月に本会議で初めての登壇。もちろん「大見総合公園計画について」。緊張しながら、北山残土投棄計画の諸問題を徹底的に追及した。当時の議員団の細川団長から「社会党議員団を代表して」と言わないでほしいと言われたのが記憶に残る。
 一般会計予算は4698億円。第1回世界歴史都市会議が開催、京阪本線の三条・東福寺間の地下化が開通、空き缶再資源化施設「横大路学園」開設。

地価が高騰し、地上げがいたるところで進み、まさに世はバブル経済。国鉄の分割、民営化が始まり、労働運動において連合も発足。世界柔道選手権で小川直也が優勝。

レーガン大統領とゴルバチョフ書記長が中距離核戦力撤廃条約に調印。大韓航空機ビルマ上空で墜落事件。
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