京都市会議員 鈴木マサホ 公式Webサイト  www.masaho.com
    

1999年(平成11年)
4期目の当選
民主・都みらい京都市会議員団を結成

 選挙の春、9人定数に13人の激戦を4313票、最下位で4期目の当選。旧社会党系、旧民社党系と新人議員ら13人で「民主・都みらい京都市会議員団」を結成。建設消防委員会委員長・環境保全対策特別委員会委員・市会運営委員会委員に。市会運営委員会では、市会の情報公開に向けての取り組みが進み始め、予算決算委員会はモニターテレビで傍聴できるようになった。
 3期目最後の2月市会で16回目の登壇。財政健全化の処方箋、高齢化社会への対応、少子化対策、透明な行政を、政策評価の手法、環境問題としての緑の保全、半鐘山の緑地保全を、人権文化の構築、鞍馬・貴船に地域水道を、と提言をした。
 選挙後の5月市会では、民主・都みらい議員団、最初の代表質問者として17回目の登壇。民主党の誕生に触れた後、仏教会との和解、中央市場、外国籍市民施策、議会の情報公開、公共事業再評価システムなど懸案の課題について市長に答弁を求めた。


京都新世紀に向けた市政改革行動計画、「くらしに安らぎ、まちに華やぎ」京都市基本構想を議決、「新京都市一般廃棄物(ごみ)処理基本計画―京めぐるプラン」策定、子育て支援総合センターこどもみらい館開館、外部監査制度実施、静原地域水道供用開始、日野小学校で男子児童刺殺される。

東京都知事に石原慎太郎、自民・自由党連立にさらに公明党が加わった小渕内閣、ガイドライン法、国歌・国旗法、通信傍受法など成立。東海村の臨界事故、深刻な不況、地域振興券が発行、コンピュータ西暦2000年問題、情報公開法成立、完全失業率5パーセント突破。

コソボ紛争、トルコ・台湾で大地震。


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