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1998年(平成10年)
最適都市を目指して、「京都自治体論」を出版
97年の秋頃から書き始めた大学院の修士論文「京都自治体論・序論−最適都市をめざして−21世紀京都グランドビジョンへの提言」を徹夜続きで正月明けに書き上げ、2月の予算市会で15回目の登壇をして、早速その成果を披瀝させてもらった。
題して「21世紀の京都―自治体のあり方を考える」。最初に太田光子元市議のご冥福を祈り、京都市の財政状況についての考察、歳入の構造―少ない自主財源、歳出の構造―投資的経費も少なく弾力性が乏しい、今後も厳しい市税収入、公共投資に市民の合意を、三都市の政策決定・実施過程比較、新世紀に向けた市政改革行動計画、大区役所制と分区・合区問題、高齢化社会対策、公的介護保険制度、監査制度のあり方、行政監査と不法投棄、外部監査制度の導入、地球温暖化防止会議の成果、環境自治体づくり、環境局が発足、まちの美化推進、精神保健福祉を問う、こころの健康増進センターの役割、社会参加できる地域づくりを、人権文化の構築に向けて―同和行政の改革、自治100周年に向けて、と多岐にわたって政策提言をした。
夏の終わり、修士論文と大学院でのレポートをまとめた「京都自治体論」を出版した。また介護保険制度の導入をひかえて、厚生委員会委員・介護保険制度特別委員会委員副委員長に。秋には、「介護保険制度のシンポジウム」を企画した。また市会運営委員会委員・理事として、市会の改革に向けて提言するとともに、ポーランドのクラコフ市での世界歴史都市会議にも参加、アウシュビッツ収容所跡も訪問、衝撃を受けた。なお長年お世話になった社民党を離党、第二次民主党に入党。

鴨川歩道橋計画白紙撤回、ラクト山科開業、新地域防災計画の策定、情報網洛中洛外・市の施設で運用開始。京都市自治100周年、京都市環境影響評価条例の制定、新庁舎整備懇談会から報告書。

日本列島総不況、橋本政権から小渕政権に。新進党分裂、参議院選挙で福山哲郎議員誕生、NPO法成立、第二次民主党発足、若貴兄弟横綱。

金大中氏が韓国大統領に、ワールドカップフランス大会、日本チームは3戦全敗。
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